第03話 新年どすえ

 本日はついに大晦日、今年も残るところあと4時間とちょっとだ。


 ミヤコが湯気の立つ湯呑を持ってきてくれた。


「お茶どす」


「ありがとう」


 京都の名店、逸宝堂の“いり番茶”だ。スモーキーの香りが特徴である。

 この茶葉を購入してからというもの、ミヤコは頼まなくても淹れてくれるようになった……。


「ミヤコ、そろそろ蕎麦を頼む」


 年越し蕎麦を食べる時間については昔から議論が絶えないが、俺は20時頃に食べると決めている。


「わかりました。お待ちやす」


 しばらくすると、ミヤコは葱が山盛りの蕎麦が持ってきてくれた。

 残りの九条葱を全部使ったのか……。

 まぁ、九条葱といえば山盛りだから、しょうがない。


 あとは、昼間にスーパーで購入しておいた海老天を自分で乗せて完成である。

 ミヤコに揚げさせてもよかったのだが、これで十分だと判断した。


 俺が住んでいるのはあくまでマンションの狭い一室。

 台所も広くなく、端的に表現するなら料理には向いていない。


「それじゃ、いただくとするか」


「お食べやす」


 ずるずる――。

 う、う、美味い!


「うむ、大成功だな。湯で時間、出汁の濃さ、共にパーフェクトだ」


「よかったどすなぁ」


 ミヤコはニコニコしながら俺を見ている。


 今年最後の風呂は、ちょっと無理してミヤコと一緒に入ることにした。

 何が無理かというと、ここの風呂が狭いのである。

 ちなみに、オートドールは代謝しないのであまり風呂に入らなくていい。


「ミヤコは年越しは初めてだな……」


 俺は湯船の中で向かい合っているミヤコに話しかける。


「そうどすなぁ……」


「おまえを買った時にはまさかこうなるとは思わなかったぞ……」


「そうどすか……。ところで京介はんは実家に帰らんでよかったんどすか?」


「交通機関が混んでいる時に動くものではない。あと、寒い時や暑い時も良くないな」


 そもそも遠いし。


「なんとまぁ……」


 ミヤコは感心しているのか呆れているのか複雑な表情を見せる。


「そもそも、どないして京都から下ったんどすえ? 今の時代、“内職”もぎょーさんあるやろうに」


「在宅ワークを“内職”とかいうな。それはいいとして、高い給料が欲しかったからかな。おかげでおまえが買えた。あとは……違う土地に住んでみたかったのもある」


「ウチを買うためにこないな田舎まで……さぞ辛かったやろうなぁ……」


「いや、京都のほうがリニアも停車しない田舎なのだが?」


 風呂から上がってダラダラとすごしていると、ついに年明けまで5分を切った。

 時計から目が離せなくなる。ミヤコが俺のすぐ側にやってきた。


 残り、5、4、3、2――。


「え――?」


 今年の残り時間が本当にあとわずかという時、ミヤコが静かに素早く動いたのだ。


 ミヤコの唇が俺の唇に重さなる――。


 0時を5秒ぐらい過ぎたあたりでミヤコは離れる。


「新年、あけましておめでどうございます」


「お、おめでとう。ど、どうしたんだ?」


「いや、せっかくの年越しやから、なんかボケなあかんのちゃうかと思うたんどすが、こんなんしか思いつかへんかったんや」


「ちょっと大阪が入ってるぞ」


「ほな、新年早々汚れてしもうたんで、洗浄してくるどすえ」


 ミヤコそう言って洗面台の方へ向かった。


「おい……」


 本当に、“よろしい”性格してるなぁ……。


    *


 朝、目を覚ましすと、ミヤコはすでに朝食の準備をしていた。

 鍋を覗くと、人参と大根が茹でられている。


「雑煮か?」


「そうどす」


 白味噌、丸餅を入れて少し煮込み、お椀によそった後、鰹節と三つ葉を乗せて京風雑煮の完成である。

 ちなみに出汁は顆粒である。


「お食べやす」


「それではいただくとしよう」


 やはり白味噌は美味い。

 美味い割に世間であまり出回っていない気がするなぁ。


 朝食後、すぐに出かける準備を始めた。


「初詣どすか?」


「そうだ、おまえも行くんだぞ」


「人がぎょーさんおって大変そうどすなぁ」


「そうとは限らないぞ」


「なるほど……」


 ミヤコは察したようである。常時インターネットに接続されているからだ。

 自分がどこにいるのかわかるのはもちろん、どこに向かっているのかも推測できる場合がある。


 自宅を出て後、少し歩くだけで目的地に到着した。

 それは、街の中にひっそりと佇む小さな神社。

 鳥居と祠だけの最小の構成。


「さて、着いたぞ」


「小さいお稲荷さんどす」


 そう、ここは全国に3万あるとされる稲荷神社の一


「社が大きかろうと小さかろうと祀っている神様は同じウカノミタマだからな」


 本来、宇迦之御魂神ウカノミタマノカミは穀物神であったが、現在では商工業の神としても信仰されている。


「そうどすなぁ」


「さて、お参りするぞ」


 俺は賽銭箱に500円玉を入れた。久々に現金を使った気がする。

 500円玉なのは最大硬貨(効果)という語呂合わせである。

 

 そして、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。


「京介はんは何をお願いしゃはったんどすか?」


「そりゃ、健康しかないだろう」


「お稲荷さんは穀物の神さんやで?」


「伏見稲荷大社の公式ウェブサイトに書いてあるから大丈夫だ」


「ほんまどすな……」


「というわけで、次はおまえだ」


 俺はミヤコに500円玉を握らせた。


「冗談キツイどすな。ウチはアンドロイドどすえ」


 ミヤコは掌の500円玉を見つめながら言った。


「なーに、祈る真似ぐらいできるだろう? それにお賽銭を入れる者を神は拒まないはずだ」


「ふふっ、そうどすなぁ」


 ミヤコはそう言って、俺と同じように礼拝をした。


「ミヤコは何をお願いしたんだ?」


「ジェネシスAIの願いは人間、特に主の幸せと決まってるんどすえ」


 胸を張ってそう答えた。

 その姿はあまりにも尊い。もう、おまえも神でいいよ。


「そうか……。んじゃ、拝むもの拝んだし、さっさと撤収!」


 寒いからな。


    *


 帰宅後――。


「京介はん、この辺には“いけず石”があらへんなぁ」


 突然、ミヤコはそんなことを言い出した。


「それはなんだ?」


 確か、“いけず”というは“意地悪”という意味だったな……。

 まぁ、俺も京都出身だから多少はわかる。


「京都人が敷地の道路際に置く大きめの石どすえ。こんなんどす」


 タブレットに通知が届く。

 俺は送られてきた写真を見て思い出した。


「確かに京都に住んでいた時はこういうものをよく見た気がするけど、これはなんで置いてあるんだ?」


「京都の道は狭もうて車に壁を壊されやすいやさかいに、自衛手段として石を置くんどすえ。車に傷ができることがおますけど、石が敷地内にある以上、自己責任として責めることがでけへん。京都人の美しい知恵どす」


 ミヤコはまるで自分のことのように誇らしげに話す。


「確かに上手い考えだよなぁ」


「そうでっしゃろ」


「だけど、そもそも道が狭くなければよかったんじゃないのか?」


「昔の道がそのまま残っている証拠どすえ」


 ミヤコは京都に関しては譲らなかった。


 はてさて、今年はどんな年になるのやら……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

京都ロイド、ミヤコちゃん! 森野コウイチ @koichiworks

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ