向き合うべきものが見えた場合
明日香は京子とは大の親友であるということは聞いていたので、彼女から京子のことについて何かしら話を聞きたいと思ったのだ。明日香の方も浩太に何事か話したいことがあったようで簡単に応じてくれた。
浩太と明日香はジェットコースターの側にあるジューススタンドで飲み物を購入すると、スタンドの横にあるベンチに腰を下ろした。
「こうして一対一でお話しをすることになるなんてね」
まず明日香が率直な感想を漏らした。
「まぁでも、この間の合宿ではお世話になりましたからね」
「あたし、実質何もしていませんでしたけど」
「そんなこともないですよ」
ひと通りやり取りを済ませた後、浩太はさっそく本題に入った。
「ところで、京子のことなんですけれど……」
「あら、今更奈良橋さんが京子のことであたしに聞きたいことなんてあるのかしら?」
「ええ、ありますね」
「一体何かしらね? ……ああ、答えられない質問もあるけれど、それでいいならば」
明日香は試すような目つきで浩太を見つめている。浩太はうなずいて言葉を続けた。
「……最近、京子のやつ、今ひとつ元気がありませんよね?」
「確かにそうね。学校でも何だか冴えてない感じであたしも心配していたんだけど」
「何か、変わったことはありませんでしたか?何でもかまわないんですけれど」
「学校で変わったことは特にはなかったと思うわ」
明日香は即座に言い切った。
「そうですか、じゃあ家で何かあったかな……?」
「それなら、奈良橋さんの学校には京子の弟がいるんですし、彼から何かしら伝わるんじゃないですか?」
「それもそうですね……」
言いつつ浩太はうつむいた。あまり考えたくないケースを考えてしまったからだった。
明日香はそんな浩太を静かに見やりながら単刀直入に言った。
「その原因は……もしかしたら奈良橋さんご自身にあるんじゃないですか?」
「え!? ……い、いや、それは……」
その言葉に浩太は敏感に反応して慌てて顔を上げたが、何も言うことが出来ずに顔を真っ赤にして硬直してしまう。
「あたしは別に奈良橋さんを責めるつもりはありませんし、原因について掘り下げるつもりもありませんけれど、今の奈良橋さんの態度じゃ何も良くならないだろうな、っていうことだけはわかります」
「……俺の、態度……?」
浩太は呆けた表情で明日香を見つめた。
「はい……こう言って良いのかどうかわかりませんけど、奈良橋さんは京子に甘すぎなんですよ」
「甘い、ですか……」
「ええ。詳しいことまでは分かりませんけど、奈良橋さんって多分京子に対してそんなに強く出れないんじゃないんですか? 例えば、何か京子がわがままを言ったとしてもさほど強く反発せずに受け入れてしまう、みたいなことってありません?」
「……わがままかどうかは分かりませんけど、あまり反発しないのは確かですね……」
明日香の指摘に浩太は
「やっぱりそうでしょう。でもそれって、良くないことだとあたしは思うんです」
「具体的には?」
「奈良橋さんが強く反発しないでいると、無意識のうちに「奈良橋さんにならわがままを言っても許される」って考えちゃうと思うんです。京子本人はきっと否定するでしょうけれど、そういうのって大抵本人がどんなに意識するまいと思っても行動に出てしまうものじゃないですか?」
「それが今の京子の状態と関係があると?」
「……これはあたしと
「ちょっと待ってくださいよ。今までの話は理解できますけど、京子は……」
「まぁまぁ。これはあくまで推論だから、100%正しいって訳じゃないとあたしも思います」
やや慌てたように京子をかばおうとする浩太をたしなめるように明日香は言った。
「その推論が正しいかどうかは置いておいて、今、問題なのは実際に京子の心が奈良橋さんから離れつつあることだと思います。それは奈良橋さんも感じているんでしょう?」
「……」
浩太は黙ってうなずいた。
「じゃあ、奈良橋さんがこれからやるべきことはたった一つだと思います」
明日香はそう言ってニッコリと笑った。
高宮ゆかりは京子から一緒に自由行動に来てほしいと誘われたときに一瞬戸惑ってしまった。
もちろん、ゆかりにとっては京子は憧れの先輩であったし、機会があれば二人きりで一緒におしゃべりでもしてみたいという願望はあった。
しかし、事前に情報を得ていたとはいえ彼氏持ちである京子が、本当にその彼氏を放置して自分に声をかけてくるとは思っていなかった。どこかで京子のことだから彼氏をちゃんとフォローするタイミングを窺っているのだろうと思っていた。
だから、京子が声をかけてきたとき、ゆかりは嬉しさと戸惑いと、わずかな失望を同時に感じていた。
「ゆかり……?」
京子から名前を呼ばれて我に返った。
明日香からも、京子と浩太の共通の友人であるという恵美からも「普段通りに接してくれればいい」と念を押されている。ここで戸惑っている場合ではなかった。
「……私でいいなら、喜んでお供します」
「喜んでお供だなんて……桃太郎と動物のやり取りじゃないんだからね」
京子がそう言って苦笑するのを見て、ゆかりも内心でほっとひと息ついた。
その後、ゆかりは京子と一緒に遊園地内を目的もなくぶらぶらとおしゃべりしながら散策した。ゆかりはそもそも遊園地で遊ぶという発想をあまりしない人間なので、積極的にアトラクションに乗る気もなかったのだが、京子は京子でやはりそういう気分ではないらしい。
京子はゆかりにあれこれと学校や家庭のことなどについて話しかけてきたのであるが、彼氏である浩太のことについては一言も触れようとはしなかった。
そのことを、最初はそれほど気にしなかったゆかりだったが、何度か話題が恋愛の方向に向かう度に露骨に話題を切り替えようとしてくる京子の態度が段々と気にかかるようになってきた。あまりにもらしくない。
ゆかりは京子の話がひと段落するのを待って、自分から話を切り出すことにした。
「……京子先輩、奈良橋先輩のことを今日は話さないんですね」
その言葉に、京子はそれまで穏やかだった表情をはっきりと曇らせた。
「……気になるかな? ……いや、気になるわよね、やっぱり」
「……気にならないと言ったら嘘になります。京子先輩らしくないですよ」
そう言うと、京子は頬をゆがめて笑みの形を作った。苦しげな表情だった。
「らしくない、か……。そうかも知れないわ。今までこんなことなかったもの」
「……どうして奈良橋先輩に直接言わないんですか? 何か嫌なことがあるならば、直すように言ったらいいじゃないですか」
「そんなに簡単じゃないわ」
京子はゆかりの問いかけを避けるような物言いをした。
「どうしてですか? 単に自分の気持ちを伝えるだけじゃないですか」
「……怖くないかしら? 自分のありのままを伝えるということが」
「……怖い……?」
ゆかりは京子の顔をまじまじと見つめた。京子の顔からは生気が失われていた。
「浩太は優しいから、言えば何とかしようとしてくれると思うし、実際今までもそうしてきてくれたから、問題はすぐに片付くとは思うんだけど、それをするには自分の正直なところを話さなきゃいけない。でも、私は臆病だからきっと素直にそれを話せないと思うの。浩太にそれを否定されてしまうのが怖くてね。だから、悩んでいるの」
京子は感情のこもっていない、うつろな声で話した。
ゆかりは京子の言葉を黙って聞いていた。終わった後もしばらくは口を開こうともしなかった。
しばらくの間、無言で歩く二人。
人気の少ない
京子も立ち止った。
ゆかりは恐怖に圧し潰されそうになる自分の心を何とか奮い立たせて口を開いた。
「……ひきょうです……」
「……え?」
「せんぱいは……先輩は、卑怯です。ただの卑怯者です!」
「ゆかり……?!」
京子はぎょっとした表情でゆかりを見つめた。
ゆかりは瞳に涙をうっすらと浮かべながら次々に思うがままの言葉を吐き出した。
「話を聞いていると、先輩は自分だけ傷つかないように安全な場所で好き勝手なことを言って、思うがままに奈良橋先輩を動かそうとしているように思えます。しかも、奈良橋先輩の事情なんかこれっぽっちも考えようともしないで」
「……そ、そんなことないわよ、私だって……」
「嘘です。もし本当に奈良橋先輩のことを想っているんだったら「否定されるのが怖い」なんて台詞、口が裂けたって言えないはずです。本当に信じているのなら、疑ったりなんてしませんよ……だって、大好きな恋人じゃないですか……」
「ゆかり……」
涙交じりに言葉を紡ぐゆかりの純粋な思いを感じ取り、京子は何も言えず立ちつくしていた。
「……私が、私が憧れていた先輩はそんなこと言いません。……きっと毅然とした態度でしっかり恋人と向き合って、困難なことがあっても恋人と二人で仲良く立ち向かっていって……きっと……きっと……!」
ゆかりはなおも言葉を続けようとしたが、それ以上は口がうまく回ろうとしなかった。
ゆかりの言葉が途切れても京子はなおも呆然と突っ立ったままであったが、ややあってゆっくりと歩み寄ると静かにその体を抱き寄せた。
「せんぱい……?」
「ごめんね、ゆかり……そんなに、泣くほどに心配させちゃって……」
憑き物が落ちたような穏やかな声で京子は言った。
「……先輩……」
「……私、もう逃げないわ。……ちゃんと浩太と向き合ってみるね」
その言葉は声は小さくも力強かった。
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