少しずつ成長する愛(二年生時代)
新入生を歓迎する場合
時は4月の中頃。
新しい教室にも慣れて、新入生たちと接する機会も増えてきた。
放課後のこと。
京子は親友の
「やー、今日からいよいよ新入生たちと一緒に部活だね、京子」
「何だか嬉しそうね、明日香」
「いやさぁ、新しい仲間が増えるってどこかワクワクしない? 今の三年の先輩たちにはちょっと悪いとは思うけど、前の三年の先輩たちがいなくなってから、人数が減っちゃって少し寂しかったもの」
「明日香はにぎやかな方が好きだものね。でも、その気持ちは少しわかるかな」
二人が所属しているのは『ハンドメイド同好会』という同好会で、編み物やペーパークラフトなどの手工芸を楽しむことを目的にしている。同好会全体の一応の目標としては秋の文化祭に作品を展示することがあるが、それ以外は特に縛りもなく、取り組む内容もある程度まで個人の裁量に任されているため、いい意味でも悪い意味でも「ゆるい」同好会として校内では知られている。
「部活の志望届を部室まで届けてくれた子は結構多かったけど、どのくらい来るかしら?」
「先輩に聞いた話だと、毎年志望を届ける人自体は多いみたい。けど、そこから実際に活動日に来てくれる人って、その半分もいればマシなんだって」
「やっぱりそんなもんかぁ……あたしたちの代も結局あたしと京子だけだったもんね」
京子の言葉に明日香はそう応じて苦笑した。
「まぁ、私たちの活動って最終的には個人活動みたいなものだから、人数の多い少ないでどうこうなる話でもないけどね。新入生があまりにも少ないとかゼロだったりしたら、それはそれで考えなきゃいけないとは思うけど……」
「京子はドライに物事を見るのが上手よね~。次期同好会会長はやっぱり京子かしら?」
「何言ってるのよ。私は明日香みたいにフランクな人のほうが向いてると思ってるわよ」
そんなことを話しながら京子と明日香が部室に指定されている被服室に向かっていると、その途中で後ろから声をかけられた。
「あの~、すいませ~ん!」
控えめではあるがはっきりと通る声に二人が振り向くと、そこには一人の眼鏡をかけた女子が立っていた。二人よりか幾分小柄で、制服がまだ新しい。一年生のようだった。
どうやら緊張しているらしい1年生の女子に、京子が声をかけた。
「あら、あなた、私たちに何か用かな?」
「あ、あの、私、今度ハンドメイド同好会に入会することになった
「あっ、新人さんか! それであたしたちに声をかけてくれたの?」
明日香がそう声をかけると、高宮ゆかりと名乗った女子は緊張のためか少し体をピクリと震わせて頷いた。
「は、はい! そうなんです……それで、えーっと、先輩たちのお名前は……?」
「ああ、あたしたちも名乗らないとね。あたしは征矢野明日香っていうの」
「私は白板京子よ。今日からよろしくね、高宮さん」
「よ、よろしくお願いしますっ! 先輩」
三人は自己紹介を済ますと改めて部室へと向かった。
その日ハンドメイド同好会の活動に顔を見せた新入生は、高宮さんを含めて5人。今の部員が京子たちと現三年の先輩を合わせて6人なので、人数比率で考えるならかなりの人数が来てくれたと言うべきだろう。ちなみに全員が女子だった。
今日は新入生歓迎行事ということで、全員で折り紙をしながら親睦を深めることになっている。
「折り紙ですか……何でまた?」
「詳しいことまでは知らないけど、同好会設立当初から続くしきたりなんだって」
「は~、そうなんですか……」
「でも、折り紙だからって案外バカにできないのよ。やってみればわかるけど」
緊張が解けてやや気が抜けた様子の高宮さんに、京子はそう言って注意を促した。
三年生の先輩から簡単な説明を受けたあと、何人かのグループに分かれて折り紙を折ることになり、京子、明日香、高宮さんは3人で1グループということになった。
それぞれ各テーブルに置かれているテキストのコピーを参照しながら、折り紙を折り始める。
「あ、あれ……ここは山折り……? いや、谷折りかな? ……あれれれ?」
折り始まってから数分後、高宮さんが折り方が分からなくなって戸惑いの声を上げた。他のグループでも次々に新入生たちが同じテーブルにいる上級生たちに助けを求めている。
「どれどれ、ちょっと見せて高宮さん……あー、ここはこうやって折るといいのよ」
明日香が高宮さんの折っていた折り紙を手慣れた感じで修正して形を整えた。
「あ、そうやって折るんですね……征矢野先輩、ありがとうございます!」
「流石明日香、手慣れてるわよね」
「京子は大丈夫?」
「新歓に備えて、3月からある程度練習してたし、このくらいなら大丈夫よ」
「征矢野先輩は折り紙がお得意なんですか?」
二人のやり取りを一通り聞いた後、高宮さんが明日香に質問した。
「んー、そんなでもないよ。ちょっとだけ上手い、って程度かな」
「嘘言わないでよ。去年の新歓の時から、難しすぎて先輩も作るのを尻込みしてたような作品仕上げてたじゃないの」
「あー、まぁ、そんなこともあったっけ?」
「全く、とぼけるのが上手いんだから明日香は……」
素知らぬ顔でとぼける明日香に京子は呆れてしまったが、そんな二人の様子を見て高宮さんがすっかり感心した、というような顔で言った。
「白板先輩と征矢野先輩って、すごく仲が良いんですね」
「んー、まぁね。京子はお硬いところもあるけど真面目で頼り甲斐があるし」
「頼られる方は大変だけどね。でも、明日香のそういうところは嫌いじゃないかな。誰とでもすぐに打ち解けられるし」
「いいなぁ……そういう風にお互いを信頼しあっている先輩たちがちょっと羨ましいです」
高宮さんは羨望の眼差しで二人を見ている。
「あら、高宮さんにはそういう友達はいないの?」
「あ、あの、私、同じ中学から一緒の子もいないし、まだクラスに今ひとつ馴染めていなくて……」
「あー、なるほどね。クラスに必ず一人はいそうよね、そういう人」
高宮さんの言葉に、明日香はちょっと真面目な表情で頷いた。
「でも、私と明日香だって高校からの付き合いだし、そのうち慣れてくるんじゃないかな、って私は思うけどね」
「そうそう。あんまり固く考えすぎちゃダメよ。雰囲気が暗く感じられる人には、やっぱり人って声をかけにくいものだから」
「は、はい、参考にします……でも、私、引っ込み思案だし、うまく人と喋れるかどうか不安で……」
二人の言葉にも緊張が解けないのか、少しこわばった表情で高宮さんは答えた。
それを見た京子は、緊張で固く張り詰めている高宮さんの肩をポンポンと軽く叩いてやった。
高宮さんは驚いたように体をぴくりと震わせた。
「え!? ……白板先輩……あの……?」
「明日香の言う通り、考え過ぎは良くないわ。自然体でいきましょ、ね?」
そう言って京子はにっこりと高宮さんに笑いかけた。それが効いたのか、高宮さんの表情がようやく少し柔らかいものに変わった。
「あ、ありがとうございます。白板先輩!」
少し固さの取れた高宮さんの姿を見て、明日香が意外そうな顔で京子を見た。
「ふーん、中々やるわね、京子」
「まぁね」
京子がニヤリと笑みを浮かべると、明日香はなるほどと言わんばかりの表情に変わった。
「あー、なるほどね、つまり、これが彼氏持ちの貫禄ってヤツかぁ。そりゃ今のあたしじゃ真似できないわね」
「ちょ、ちょっと!? それは今関係ないでしょ明日香!」
明日香の冷やかしに露骨に焦る京子を見て、高宮さんは目を丸くした。
「えっ、白板先輩って彼氏がいらっしゃるんですか?」
「そうよ~。しかも幼稚園時代からずっと一緒に居た幼馴染なんですって!」
「ええええええ!! 本当なんですか、白板先輩!?」
「ちょっと明日香! そんなことまで今日会ったばっかりの新入生に話さないでよ!」
いらないことまで高宮さんに吹き込もうとする明日香に対して京子は思わず声を荒げてしまうが、そのせいで他のグループの部員たちにまで注目されてしまい、京子は結局残りの活動時間すべてをハンドメイド同好会全員からの質問攻めに費やす羽目に陥ってしまった。
そして、活動が終了した帰り道でのこと。
「あーもう、とんでもない目に遭ったわ。全く明日香ったら!」
「いや、だからごめんってば! ……悪気はなかったのよ、京子、ね?」
先輩後輩問わずの執拗な質問攻めに疲れ果て、露骨に不機嫌な京子に明日香は必死で謝り倒していた。
「……あ、あの、なんて言ったらいいかよく分からないですけど、とにかくお疲れさまです、白板先輩」
帰り道がほぼ同じということで二人と同道していた高宮さんが控えめに京子を労った。
「ああ、別に高宮さんがなにか悪いことしたわけじゃないんだから。気にしないでね」
「え~、少し不平等じゃない? 高宮さんだって質問に加わってたじゃん」
「そもそも明日香があそこであんな事言わなきゃ、ああはならなかったでしょうが!」
「それはそうだけど、話に乗ったって意味では同罪でしょ?」
「往生際が悪いわね。そこで今日知り合ったばかりの下級生を盾にしないの!」
なおも屁理屈で対抗しようとする明日香を京子はバッサリと切って捨てた。
「あ~もう、分かったわよ。じゃあ、何で手を打ってくれる?」
「……そうね。まぁ親友のよしみってこともあるし、『緑のコンビニ』のレーズンバターサンド二個とコーヒーSサイズ一杯でどう?」
「えーっと、あれはいくらだったっけ? ……ギリ500円には届かないか……了解、今度おごったげる」
「わかったわ。じゃあ、この件はこれでおしまい!」
京子と明日香が何とか和解に持っていったのを見て高宮さんはホッと安心した表情を浮かべた。
「……何ていうか、先輩たち、ちょっとカッコいいですね。あんなに喧嘩してても水に流せるなんて」
「いやぁ、高宮さんには恥ずかしいところを見せちゃって、むしろ心配だったわよ」
「ま、どんなに仲が良くてもズレちゃうことだって、たまにはあるからね」
「そうなんですか?」
「まぁ、そうかな。たまにはそうやって本音をぶつけ合わなきゃいけない時ってのもどうしてもあると思うし」
「勿論、あんまりケンカばかりでも楽しくないけどね。けど、良いことも悪いことも言い合えてこそ本当の友達だとあたしは思うわ」
「良いこと言うじゃない、明日香」
そう言って顔を見合わせて笑い合う二人を見て、高宮さんの目には強い尊敬の念が浮かんでいた。
「やっぱりすごいです! 私、今日、先輩たちと出会えて良かったです!」
「高宮さんにそう言ってもらえると助かるわね」
「あ! ……あの、それで、ひとつお願いがあるんですけれど……」
「お願い? 何かな?」
「あの……私のことはこれから、『ゆかり』って呼び捨てで呼んでいただけますか?ずっと『高宮さん』だと私が逆に緊張してしまうので……」
高宮さんがそう言うと、京子と明日香は顔を見合わせた。
「うーん、何だか悪い気もするんだけど……明日香はどう思うの?」
「本人がそう言っているんなら、そう呼んであげたほうが良いとは思うな」
京子の問いに明日香はあっさりそう答えた。こういうときの明日香の判断は素早く正確なのを京子はよく知っている。
「分かったわ。でも、その代わり、私たちのことも名前で呼んでくれるかな?それならお互い平等でしょ?」
「そうね。あたし的には先輩呼びもこそばゆい感じだけど、そこは先輩って呼ばないとゆかりも落ち着かないでしょうし」
「……というわけだから、今後ともよろしくね、ゆかり」
「はい! 京子先輩、明日香先輩!」
そう言ってゆかりは二人に改めて深々と一礼した。
こうして、新たに後輩との交流も交えながら、京子の高校2年生生活は本格的に幕を開けたのだった。
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