初めてのデートの場合(上)
その日、
このところ部活が忙しくなってきて、ついつい帰宅も遅くなりがちな京子であったが、「約束の日」を明日に控えた今日ばかりは部活の最中も気がそぞろで、先輩から「白板さん、もっと集中して!」とお目玉をくらってしまう一幕もあった。
しかし、誰に何を言われようと明日の約束だけは外すわけにはいかない。
京子は家に帰るなり着替えもそこそこにクローゼットの前に立ち、明日来ていく服の検討をはじめた。
京子が、幼馴染の
それより更に二ヶ月ほど前に起きたあの一件以来、京子と浩太はお互いにそれ以前よりも距離を縮め、それまでは邪魔になるからと避けてきたスマホでのやり取りも増えた。
京子としてはもう少しくらい二人で一緒にいる時間を増やせれば、というような気持ちもあったのだが、お互いに違う学校に通っていて、それぞれ部活にも精を出しているとなると、スケジュールの調整というのはそれなりに難題である。
「浩太はその辺りのことをどう思ってるの?」
部活が休みの日の夕方、久しぶりに帰宅途中の浩太と一緒になった京子は、思い切って浩太に聞いてみた。
それを聞いた浩太は妙に難しい顔をしながら、「確かに、もうちょっと色々してみたいよな」と京子に歩調を合わせた。
「色々って、例えば?」
「え? ……うーん、そう言われると、具体的な話は何もなかったりするけど……」
「ちょっと、しっかりしてよ浩太……! 二人っきりでどこかに出かけたりだとか、一緒に美味しいものを食べに行ったりだとか、浩太はそういうことに興味ないの?」
「いや、したくないってことはないよ。考えたら、まだそういうことをやったことが無いもんな」
「でしょ? 今度、どこかの休みに出かけてみてもいいんじゃないかなって思うけど。どう?」
京子はそこまで言ってから、もっと積極的に「浩太とデートしたいから行こ?」と可愛く言ってみても良かったかな、と軽く後悔したがどうにも京子はこういう時に素直に自分を出せない性格だった。
ただ、それが幸いかどうかは議論の余地がありそうだが、浩太という人間はその手の機微には微妙に疎いところがある。今回も京子の内心の葛藤などどこ吹く風で、
「そうだな。それじゃ、どこかで予定合わせてデートってことにするか」
と、あっさり言ってのけた。
浩太らしいズバッと直球一本な物言いに内心で苦笑しつつ、京子は頷いた。
そこから先はスマホでのやり取りが主になったが、日取り、デートコース、待ち合わせ場所など細かな点について二人で詰めていくうちにどんどん日にちが過ぎていって、気がついたら浩太との初めてのデートまであと一日、となってしまったわけである。
京子は熟考の末に二着の最終候補を決めた。
天気予報によると明日は快晴で、雨の心配はほとんどないということだったので、そういうことを気にせずに服を選べるのはひと安心だったが、その分選べる選択肢も多くなったので労力的には大差がなかったかも知れない。
浩太がどういう格好で来るのかも気にかかったが、浩太という人間は基本的にオシャレにはあまり気を使わない人間であるのを京子は知っている。ゴテゴテとアクセサリーを身につけるような気遣いもなく、動きやすくシンプルでスポーティーな格好をしてくるに違いない。
京子自身はどちらかといえば落ち着いたシンプルシックな格好が好みではあったのだが、浩太に合わせて多少活動的に決めてみる方向性も捨てがたく、そこが悩みどころであった。
「うーん、こんなことなら浩太にそれとなく好みとか聞いておけばよかったなぁ……」
浩太の好みが分かればそれに合わせていくのも楽になったのだが、どうにも浩太に対してはお姉さん目線になりやすい京子にはその手の話を自分から切り出せなかった。
「……まぁいいか。下手に合わせるんじゃなく自然体でやってみよう、っと」
そう言うと最終候補に残っていたうちの一つをクローゼットの奥にしまい込み、今度は残ったもう一つにあわせる小物を何にするかの検討に入った。
そんなこんなで迎えたデートの当日。
浩太はデートで遅刻するのも格好悪いとばかりに、約束の時刻より二〇分も早く待ち合わせ場所に姿を見せていた。
格好はやや大きめのライトグレーのパーカーに青のジーンズ、白いスニーカーでシンプルにまとめている。
「ちょっと早すぎたか? ……いやでも、ギリギリにここへ来るよりはマシか……」
浩太はそうひとりごちながら、手元のスマホに視線を落とした。
浩太はそこそこ身長も高く体も引き締まっていて、黙って立っていると中々決まって見えることもあり、朝早くではあるが時折通り過ぎる女性たちからちらりと視線を送られることもあったが、浩太はそれにはまるで取り合わず、淡々と京子を待った。
そして、京子が姿を見せたのは、待ち合わせ時間のきっかり五分前のことだった。
服装は黄緑のニットにベージュのタイトスカート、黒のブーツ。やや地味目の色合いのようにも見えるが、秋から冬に向かっている今の季節には温かみのある黄緑やベージュが程よくマッチしていて、全体の印象を優しく見せている。大人な色使いを見せつつも明るく清楚な印象も見せたい、京子なりに考え抜いたコーディネイトだった。
「お待たせ、浩太。ちょっと待たせちゃったかな?」
「いや~、それほどでもなかったぜ。気にすることもないと思う」
「それにしても、浩太はやっぱり背が高くて格好良いよね。遠くからでもすぐ分かるし、その分だと女の子の視線も結構集めてたりしたんじゃないの?」
「どうなんだかなぁ。普段そんなことを気にしたこともないし……それより京子の方こそ、今日はちょっと大人っぽくて中々可愛いな」
「そう見える? ……中々どうして、浩太も見る目が高いじゃない」
「……そう言いつつ、微妙に人のことバカにしてないか?」
「あ、バレちゃった?」
「こいつ」
ひとしきりお互いのことを褒めそやしたあと、二人は電車に乗って一駅先の比較的大きな映画館へと向かった。
お目当ては先週封切られたばかりのSF映画で、これは浩太の希望だった。今回のデートの基本的な流れは京子が主導して決めたが、浩太の希望に関してもしっかり話し合った上で取り入れている。
かなり人気のあるシリーズの最終作ということもあり、封切り直後ではとてもとても……、ということでその翌週朝一番の上映を二人は狙ったのだが、それでもそれなりの人が切符売り場の前に列を作っていた。
「やっぱり結構な人がいるね」
「翌週の朝一なら、って思ったけどそう甘くはないってことか」
「まぁ、今から見る映画を変えるのも何だし、おとなしく並んでましょ」
「そうだな」
幸い、それほど長く並ぶこともなく、二人は映画館の中に入った。
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