年々幸々

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年々幸々

 郵便屋さんのバイクの音。それに郵便受けに投下された固い音。

 元旦からご苦労様です。

 さっそく取りに立ち上がり、届いた年賀状にざっと目を通す。

 友人。職場の同僚。そしてダイレクトメール。

 メールで済ませてしまう友人も多いのでさほど枚数は多くない。そして差出人も毎年同じ顔ぶれだからこちらからも送っているので、宛名を見なくても大体誰から来たか見当はついた。

 が、それに該当しない年賀状が一枚。

 結婚式のものをそのまま流用したらしい写真に『結婚しました』の文字。ありがちといえばありがちな年賀状だ。

 ただ、ウエディングドレスを着た新婦にも、白のタキシード姿の新郎にも見覚えがない。

「誤配かなぁ」

 表返して宛名を見る。

「あれ、うち宛だ」

 住所氏名ともに間違いなく自分宛で、眉間にしわがよる。

 差出人の名前は『原 篤士・由美(旧姓 谷田)』

 原という苗字には覚えがないが、旧姓の方を見てようやく思い出す。

 谷田由美。

「いたね、そういえば」

 同期入社ではあるものの配属が全く別だったため、新入社員研修の時くらいしか顔を合わせていない。

 その上、谷田は一年も経たずに辞めたので印象が薄い。写真だけではピンと来なくても仕方ないだろう。

 大体、住所を知っていたことにも驚いた。

「結婚したのか」

 それはいいとして、三年以上も前に退社した会社のそれまで没交渉だった元同僚にわざわざ報告するか、普通。

 正直。

「めんどくさ」

 それでも、もらった年賀状をそのまま放置するのは性に合わないのだから仕方ない。

 コートを着込んで、ポケットに財布とペンと結婚報告年賀状をポケットに突っ込む。

 すぐに帰ってくるからエアコンはつけっぱなしでいいだろう。

「ま、新年早々引きこもってるのもあれだしね。ちょうど良いか」

 気分を切り替えて外に出たものの、冷たい風の直撃を受けて、やっぱり少し後悔した。



「和葉、出かけるのか?」

 神社へ上がる石段のわきに座っている少年がひらりと手を上げる。

「なぎ。またサボってるの?」

「人聞きが悪いなぁ」

「なぎは人じゃないじゃない」

 外見は高校生くらいの少年にしか見えないが、実際はここの神社の『主』だ。

 ひょんなことから知り合い、何故か気に入られて仲良くしている。

「言葉のあやというものだ。どこに行くんだ?」

「コンビニ」

「わしも行く」

 なぎは立ち上がり隣に並ぶ。

「良いの?」

 いつもは人気のない神社だけれど、お正月の今日はさすがに、ちらほらと参拝客がいる。

 一年で一番利用者が多い日に肝心の『主』がいないのはどうかと思う。

「かまわんだろ。わしには聞くことしかできないからな。人が願いをかけるのに、わしの存在はさほど必要はあるまい」

 去年も元日の朝から和葉の家でのんびりしていた実績があるので、返答は察しがついていた。

 ただ、一応確認しただけだ。

「いい天気だねぇ」

 風は冷たいが、陽ざしは暖かい。空がすっきり青い。

「実家に帰らなくて良かったのか?」

 隣を歩くなぎの静かな声に小さく微笑う。

「お盆には、帰ったから」

 気遣ってくれている。

 帰らない理由も、きっと察しているのに口に出さないでくれている。

「……和葉の手、つめたいな」

 黙って手をつないだ後、不満気な顔を向ける。

「心があったかい人は手が冷たいっていうからねぇ」

「手が冷たい人は心があったかいんじゃなかったか?」

「同じようなものでしょ。つまり私は心温かく親切で優しい」

 つないだ手をぶんぶんと振りながら歩く。

 あきれたように笑うなぎの手はあたたかかった。



「なぎ、ちょっとこれ書いちゃうから待ってて」

 コンビニのレジ前に置いてある年賀状から適当にかわいらしいものを選んで、ついでにコーヒーも買って支払いを済ませる。

 店員に一応断って、イートインスペースで買った年賀状に宛名を書きこむ。

 裏面のイラストの下にとりあえず『結婚おめでとう』と書く。

「これは友達か?」

 宛先を写すために机の上に置いておいた谷田からの年賀状を眺めて、なぎはどこか苦い声を漏らす。

「友達っていうか、元同僚」

「微妙に失礼な文面に見えるが?」

 なぎは向かいに座って、年賀状を指ではじく。

『26才になる前になんとか結婚することができたよ。和葉ちゃんも早く幸せ見つけられるようがんばってね!』

 かわいらしい丸っこい字が並んでいるのを改めて見直して苦笑する。

「まぁ、天真爛漫だよね」

 悪意があるのかどうかは知らないけれど、何年も接点のなかった相手に送るのにふさわしい文面でないことは確かだ。

「物は言いようだな」

「余計なお世話だとは思うけどね」

 毒を吐こうと思えばいくらでも吐ける。が、新年早々、こんなことでイラつくのもばからしいし。

 『お幸せに』と書き足してペンをしまいコーヒーを飲み干す。

「ところで、なぎ。それ何?」

「買ってくれ」

 足元に置いたかごには日本酒の小瓶五本入りの箱が窮屈そうに入れられている。

 大吟醸飲み比べセットとか、なんでコンビニに置いてあるんだ。品ぞろえ良すぎでしょ。

「手が冷たい和葉なら買ってくれると信じてるぞ」

 なぎは楽しそうに笑う。

 確かに心温かく親切で優しいとは言ったけどね。

「未成年はお酒飲めないよ」

 実際の年齢は考えたくもないけれど、とりあえずなぎの外見はどう頑張っても二十歳以上には見えない。

「お供えだから問題ない。大丈夫だ、和葉にも分けてやる」

 あまりにも堂々とした態度に、あきれる。

「しょうがないなぁ。じゃあなぎは、これポストに入れてきてよ」

 カゴを受け取り、かわりに今書き終わったばかりの年賀状を渡す。

「頼まれてやる」

 店の向かいにある郵便局に向かうなぎを見送り、つまみをいくつか追加でカゴに放り込んでレジに向かった。



「いただきます」

 帰宅早々、びんの一本を開けたなぎはうきうきと二つのぐい飲みに注ぐ。

 杯に口を付けて満足そうになぎは目を細める。

「和葉、何か願いはあるか? わしは聞くことしかできないが、聞くことはできるよ」

 なぎのくれたお酒を飲む。

 うん。おいしい。

「今年もよろしくね、なぎ」

 こうしてそばにいてくれて話を聞いてくれるだけで、充分だ。

 なぎは破顔した。

「その願いなら、叶えることもできるぞ。和葉が望むなら、いつまでもな」

 


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