初めての闘い
そう思い、足を家の方へ向けた時だった。
「うぅ……うぁあ……」
「なに!?」
公園で耳元でささやかれた様な呻きに愕き、辺りを見渡す。
そこは、今までと変わらない、何の変哲も無い公園だった。
しかし、雰囲気がおかしかった。視線を感じるからだ。
刑事の2人がここまで追いかけてきたか、それともここら辺をたまり場にしている不良が俺を狙っているのか……。
何かは分からないけど、剣呑な雰囲気が周囲に漂っていた。
『どうしよう……。今までのやつが見られていた……?』
もしそうなら不味いことだ。
あんなおかしな超能力みたいなことばバレてしまったら一大事だ。
早くここから逃げた方が――。
「…………!?」
そこまで考えた時に、目の前に異常現象が現れた。
黒色のモヤで構成された巨人。
足下は遠くにあるというのに、体が前屈みの弧を描くように立っているため、俺をのぞき込むようになっている。
「なんだ……これ……?」
何だ何だ、と口では呟いているが、頭の中では一瞬でコイツが八塚のような化け物のい類いだと理解した。
「あんだぁ……これぇ……」
モヤの巨人は、今さっき俺が呟いたことを舌っ足らずの口調で繰り返した。
「あんだぁ……これぇ……」
モヤの巨人は俺から目をそらさずに、再び同じことを呟く。
「ハッ、ハッ」と荒くなる呼吸を抑え、なんとか平常心を保とうとする。
しかし目の前で起きている異常事態に一介の高校生が平常心を保てる訳がなく、息の震えは次第に全身へと伝わった。
「なっ、なんだよ……。何だよお前ッ!」
意思の疎通ができるできない、は関係ない。目の前で起きている異常事態の恐怖。
それに怯え大声を足した瞬間、モヤの巨人は大きく動いた。
「なんだぁー――お前ッ!!!!」
「ウボオオオオオオオオ」という頭の奥を揺さぶる大砲のような咆哮を上げると同時に、モヤの巨人は手近にあったジャングルジムを怪力で引きちぎりながら持ち上げ、無造作に放り投げた。
「ひぃっ!?」
ガインガン、と投げられたひしゃげたジャングルジムは、他の遊具にぶつかりながら回転を止める。
今まで静かだった公園が、一瞬のうちに異世界となった。
「なんだぁ――お前ぇ――!」
身長に対しての足の短さからユラユラと不安定に立つモヤの巨人は、俺への威嚇のつもりか大声を上げながら再び腕を伸ばしてきた。
「ヤダッ! ヤメロッ!」
ドン、と抵抗も逃げることもできず、大振りに飛んできた巨人の張り手が直撃し、俺は風に舞い上げられた木の葉のように宙を高く舞い、地面へ転がり落ちた。
「ゴホッ――う……」
ゴロゴロと何回転かして止まった。
立ち上がろうにも目が回っているのか、上手く立ち上がれない。そもそも、自分が本当に立ち上がろうとしているのかも分からない。
口の中が砂でジャリジャリしている。切ったのか、鉄の味が口いっぱいに広がる。
「なんだぁ、お前はぁ――」
あの声と同時にズスン、という地響きが聞こえそちらに目をやると、モヤの巨人が四つん這いになり、ジャングルジムの近くにあったフェンスを噛みちぎっていた。
『逃げなきゃ。あいつが別な物へ意識がいっている内に』強く思った。
力が入らない手足を必死に動かし、ナメクジのような速度でもその場を離れようと必死に動く。
だか、俺が動く度に砂が擦れ合い音がする。その音を聞き漏らさなかった化け物が大きな声を上げて俺へ突進してきた。
「来んな、来んな、来んな、来んなぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
無機質な存在に有機的な叫び声を上げながら突進してくるモヤの巨人に、俺は恐怖の余り仰向けになり手足をばたつかせるしかなかった。
「おごあぁぁぁぁぁあ!!!!」
「潰される!」そう思った瞬間、化け物は今までとは違う苦痛混じりの叫び声を上げて、俺を避けるように二つにわかれた。
ジュズズズズズズズズ、と砂の上を勢いが止まらず滑っていくモヤの化け物。
「何が起きたんだ?」と状況を理解する前に、俺の手に握られた【原初の剣】が目に入った。
顕現させる余裕もなく、切ろうと思ったつもりもない。
ただ恐怖に怯えて手を振り回しただけで、現れた原初の剣は化け物を真っ二つにしたのだ。
「ハハッ……ハハハ……」
冷や汗なのか脂汗なのか、立ち上がりビクビクと痙攣するモヤの巨人を見るとドッと出てきた。
「ざっ、ざまあみろ……」
精一杯の虚勢を張り化け物を睨みつける。
力だ。沙霧が車の屋根を切り、真島の拳銃を落としたように、特殊な力が俺にもある!
「来んなぁー……来んなぁー……」
ゾク――!
「
モヤの巨人の切断面から、新たな小さい歪な人型のモヤが飛び出しており、その手が俺の足を掴み、生々しい歯が生えそろう口でかみついてきていた。
「ひいぃっ!? なんだよ! クソッ! なんだよもう!!」
足をからモヤを振り払い、手に持った原初の剣を思い切り振るう。
ゴバァッ!!
土煙が巻き上がり、空を巡っていた電線がバチバチと音を立てて切れ落ちた。
ピーッピーッ、と車の警報装置がけたたましく鳴り響き、周囲は一気に騒がしくなった。
「おあー……――」
「来んなよ! 来るんじゃねぇよ!!」
舞い上がる土煙で化け物を見失う。しかし、声がした辺り、なおかつ化け物が少しでも見えたところを目がけて原初の剣を無造作に振るう。
原初の剣は、モヤの化け物も地面も金属も全て等しく抵抗なく斬り裂いていく。
破壊。まさに破壊といって相応しい行為だった。
それでも止まらなかったのは、ただ単に恐怖からだった。
殺人事件でたまに聞く数十カ所の刺し傷とか、怨恨とは関係なく「まだ生きているかもしれない」という恐怖から刺す、と聞いたことがあったが、これがまさにそれだった。
きって。キッテ。切って。斬って。
その先にあったのは、散り散りになったモヤの巨人と、破壊された公園とその周囲の家々だった。
周囲の家々からから警報装置の類いが鳴り響き、怒鳴り声や悲鳴も聞こえだした。
遠くからはサイレンも鳴り響き、阿鼻叫喚のさまだった。
「逃げなきゃ……」
化け物に襲われたときとはまた違う恐怖が体中にまとわりつき、思い浮かんだのがそれだった。
「違う。これは俺がやったんじゃない」誰にいうでもなく、小さく叫ぶように呟きながら駆け出した。
一歩一歩が重たかったが、その一歩一歩が跳ぶような距離と速さを出している。
これは、沙霧が俺を抱きかかえて跳んで逃げていたのと同じ状態だ。
俺にも、こんな力があったんだ!!
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