皆の心のよりどころ

「ふぅ、まったく。リーズは昔から、こうと決めたらアーシェラがいないとてこでも動かないからな。ここで教えなかったら、そのまま世界の隅々まで探しに行きそうだ。…………最低限、ほかの仲間に教えないと約束できるなら、教えてやるよ」

「うん、分かった。シェラの居場所を知りたいのは、リーズだけじゃないんだものね」


 ロジオン以外にもアーシェラの居場所を聞きまわったリーズだが、聞くたびに仲間たちは「むしろ自分たちが知りたい」「知っていたら一緒に働いてもらいたかった」と必ず言っていた。

 リーズが王国で散々その人気と力を求められるのと同様に、アーシェラの実務能力や隠された戦略眼は、彼を知る仲間たちにとってみれば喉から手が出るほど欲しいことだろう。

 ロジオンがリーズにアーシェラの居場所を教えたくない理由はそれだけではないのだが、ほかの理由も言いにくいものばかりなので、あえて触れないことにした。


「アーシェラは今、数人の新たな仲間たちと……荒廃した故郷に戻って、開拓という名の隠遁生活をしているよ」

「シェラの故郷…………それって、旧カナケル地方だよね」

「よく覚えているな。おそらくギンヌンガガプよりも遠い、この世界の果てのような場所だ」


 リーズが一番会いたかったアーシェラは、彼女の予想よりもはるかに遠い場所にいた。

 そういえば彼は、いつだったか自分の故郷を再興するのが夢だとは言っていたような気がするが、旧カナケル地方は今でも魔神王がまき散らした瘴気のせいで、人が住めるような場所ではないはずだ。そんなところにわざわざ向かうなど、ほとんど自殺行為でしかない。


「あたしたち夫婦は、年に3回、隊商を率いてあいつの住む場所に補給品を届けているの~。けど、一度行くと一か月以上は帰ってこれない遠い場所……。次に行くのは冬になる直前の予定だから、悪いけど道案内はできないよ」

「ううん、大丈夫。シェラがちゃんと生きているってことがわかっただけでも、リーズはとっても嬉しいよ。みんな全然教えてくれないから、もしかしてって思って」


 アーシェラはきちんと生きている。そして、その居場所もわかった。まだ会えるかどうかわからないが、リーズの顔はまるで暗雲が払われて晴れ間が覗いたかのように、とても明るくなった。

 王国から渡された、かつての仲間たちの訪問リストの中にはアーシェラの名前はなかった。王国も嫌がらせをしていたわけではなく、いくら調べても行方が分からなかったのだ。それゆえリーズは半年間ずっと心配していたが、アーシェラに会える道筋が見えただけでも、非常に喜ばしいことだった。


「それで……早速会いに行くのか? リーズの足なら、ここから10日もあれば行けるとは思うが」

「そうしたいのは山々だけど、ロジオンはもう次の町にいるアルディーニに、リーズがそっちに行くって手紙を書いちゃったんでしょ? あんまりみんなを待たせるのは悪いから、まずは待ってる人たちに会いに行くよ」

「まあ、なんだかんだ言ってリーズさんの自由だし、時間がかかるようなら王国に手紙でも書いて「魔神王が復活しそうだから帰るのが遅れる」とでも書いとけばぁ~、あっはは!」


 こうして、ロジオンからアーシェラの居場所を無理やり聞き出したリーズは、その日の昼に町の人々に見送られながらアロンシャムを発った。馬よりも速く走れるリーズは、馬車の手配をすることもなく、案内人もつけずに、一人で次の仲間のいる町に向かっていく。

 リーズが来てから毎日お祭り騒ぎだったアロンシャムの町は、彼女がいなくなってすぐにいつもの表情を取り戻したが、その熱気はしばらく冷め切ることはなかった。

 ロジオンが経営するザンテン商会に集う冒険者たちの間では、しばらく勇者リーズの話題ばかりになり、そのリーズとかつて一緒に冒険していたロジオンも、しきりに羨望のまなざしを向けられ、店も急激に忙しくなってしまった。


「ふーっ……たく、リーズがちょっと顔を出しただけですごいことになったな。アルディーニんとこには手紙を書いたけど、リーズのほうが先に着いちまわないか心配だ」

「あの調子じゃ確実に追い越すわよぉ~。だって、前の順番の人からのお知らせがまだ私たちのところに来ていないんだもの」


 リーズが去った次の日も、二人はいつも通り石碑の手入れにいそしむ。

 昨日のアレがあった直後なので、どこからか野生のリーズが飛び出してこないか無駄にびくびくしていたのは内緒だ。


「手紙と言えばアナタ、結局アーシェラさんには手紙を出すの? さすがに今からシェマに頼めば、リーズさんより先に届けてくれるかもしれないわぁ」

「……………いや、アーシェラには手紙を送らないことにした。あいつにリーズがそっちに行くなんて言ったら、俺たちやリーズに迷惑をかけたくないからとかいって、どこかに逃げる可能性がある」

「うっ……確かに」


 ほかの仲間たちだけでなく、念のためアーシェラにも手紙を出すべきかどうか悩んでいたロジオンだったが、やはり出さない方がいいと判断した。

アーシェラが逃げてしまわないかというのは、冗談でも何でもない。アーシェラはいつかロジオンに語っていたが、彼はいまだにリーズに未練があるようで、諦めよう諦めようと思っていても、時々リーズのことを考えてしまうのだという。それゆえアーシェラは、自分を俗世から遠く離れた場所に置くことで、リーズの存在に依存しきった心をリセットしようとしているのだ。

ロジオンはその話を聞いて、とても悲しくなったことを覚えている。

アーシェラほどリーズのことを真剣に想っていた人物はいないし、リーズもアーシェラのことを絶対的なまでに信頼していた。それなのになぜ、この二人は引き裂かれなければならないのか――――


「同じ逃げるんだったら、アーシェラとリーズは一緒に逃げちまえばいい」

「ま、そうなったらあたしとアナタも夜逃げしましょ♪」


「逃げるのもいいけどよ、立ち向かってみるのも悪くないかもしれないぞ」

『!?』


 突然石碑の後ろから声が聞こえた。

 死んだ仲間がよみがえったのか、いやしかし、ここには遺体はないはずだし、そもそもこの声には聞き覚えがある――――などとパニックを起こしたロジオンとサマンサの前に現れたのは、ぼさぼさの銀髪に黒の法衣を着た男性。大魔道ボイヤールだった。

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