8話「真実の不安」
8話「真実の不安」
お風呂上がりのミネラルウォーターと、ホットコーヒーを準備した空澄は彼にホットコーヒーを渡した。
「コーヒーでよかった?」
「あぁ、悪いな。準備しようとも思ったけど、なんか勝手にキッチンを勝手に使うのも悪いと思って」
「………いろいろ詳しいんだね」
「まぁ、鴉だったし」
質問の返しの意味がわからず、首をかしげると希海は笑った。
彼は会ったときからずっと楽しそうにしていた。何がそんなに彼を笑顔にさせたのかはわからない。けれど、希海の笑顔は、空澄をドキドキさせてしまっていた。大人の男の人なのに無邪気に笑う姿は可愛いとも思え、そして少し色気があるようにも見えるのだ。初めて会ったばかりの男性に対してこんな思いを抱くのは不思議だった。
「…………希海さんはお風呂に入らなくていいの?」
「希海でいい。ずっと海って呼び捨てにしてただろ?」
「………そうだけど。年上でしょ?」
「30歳だから年上だけど、さん付けは嫌なんだよ。だから呼び捨てで呼んでくれ」
「わかった。じゃあ、希海はお風呂入らなくていいの?」
「俺は水の中入ってないし、さっき魔力使って汚れは落とした」
「………本当に魔王なんだね」
空澄は信じられない者を見るように希海を見ると、彼は苦笑した。生まれつき魔力を持つ者は自分が望んでそれを取得したわけではないのだから、珍しいもの見るように言うのはよくないとわかっている。けれど、やはり見たことがない力に対しては、気になって見てしまったり、疎んだり怖がったりしてしまうのが人間なのだろう。
けれど、彼の表情を見てあまり良い言葉ではなかったと気づき、空澄は咄嗟に「……ごめんなさい。こんな事を言ってしまって」と謝った。すると、「いいさ。仕方がない」と優しく希海は微笑んで許してくれる。
やはり、彼は優しい。
「落ち着いたことだし………詳しく話していいか。もしかしたら、空澄が知らない方がいいことかもしれない」
「………それでも知りたい。知らないといけないと思うの」
自分が知らないだけで、いろんな事が起こっているのではないか。
このたった約1日で、想像も出来ない事が起こったのだ。それは、もしかしたら空澄の知らない所で何があったのではないか。そう思ったのだ。
知らない方が幸せなこともある。確かにそれはそうかもしれない。けれど、そのせいで璃真がいなくなってしまったのではないか。そう思えてならないのだ。
空澄はジッと希海の深海色の瞳を見つめながら強くそう言うと、彼も真剣な表情で「わかった」と、頷いてくれた。
「まず、俺の話からさせてくれ。俺はお前が生まれる前から鴉として生きてきた。その理由は呪いのせいだ」
「呪い………?」
「俺の家系は昔から魔力を使える人間ばかりが生まれていた。そんな俺の祖先はその魔力を悪事に使った。それを魔女達に見つかり裁かれ、罰として呪いを受けたそうだ。それが鴉となりとある魔女に遣えること。それが10代先まで続く俺の家、黒鍵家の呪いだった」
「………そんな呪いがあるなんて」
空澄は唖然としながらその話を聞いていた。
自分の知らない魔女の世界。
そんな世界で生きている人が自分のすぐ傍にいたなんて、思ってもいなかった。
「そして、俺が使い魔として使えていた魔女。それが空澄の母親である、尚美さんだよ」
「………お母さんが魔女?」
「君の家系、花里家はこの国では有名な魔女の純血の家系なんだ。空澄の両親も魔女なんだ」
彼の言葉を理解するのに、いつもの倍はかかったかもしれない。
ポカンとしたまま言葉の意味を考えた。
お父さんもお母さんも魔女。
今までそんな事は思いもしなかった。気づきもしなかった。知らなかった。
「そんなだって……そんな事一言も……」
「2人は空澄を魔女にさせたくなかったんだ。だから、隠してた。世間からも空澄からも」
「……どうして?」
「純血の魔女は狙われるから。……それが尚美さんがいつも言っていた言葉だ。純血の力は強い。だからこそ、その力を獲ようと悪い奴らが寄ってくるんだ」
「悪い奴ら………それから守ろうとしてくれたって事?」
「そうだよ。だから、秘密にしてたんだ。だから、話さなかった2人を悪く思わないでやってくれよ」
「……………うん」
希海の言葉を聞いて、彼は自分よりも両親の事を知っていたんだという事がわかり、少し羨ましかった。いつも忙しい父と、優しくそして美しかった母は空澄にとって自慢の両親だった。けれど、そんな温かく環境は、両親が必死に守ってくれていたから成り立っていたのだとわかり、空澄は胸が苦しくなった。
「黒鍵家の呪いは10代まで。それが俺だった。だから、俺が尚美さんの使い魔を果たせば呪いは終わる。だから、尚美さんが死んだら呪いは解けるはずだったんだ。けれど、尚美さんがまた呪いを俺にかけた」
「え………」
「空澄が魔女として力を使うまで、おまえを守る事。空澄が力を使えば呪いは解ける。」
「じゃあ、私があの呪文を唱えたから」
「そう。俺は鴉の呪いがなくなった。10代続いた黒鍵家の呪縛から解放されたんだ」
「…………じゃあ、あなたは自由なのね、希海」
空澄は笑顔でそう彼に言った。
けれど、上手く笑えてないのではないかと思った。
ずっと一緒だった海が人間で、それが呪いのせいであり、希海はやっと自由になった。それは良いことのはずだ。
それなのに、空澄は嬉しくなかった。
希海の話を聞く限りでは、空澄が呪文を使った事で魔女としての力が覚醒してしまったのだ。自分が魔女としての1歩を知らない間に進んでしまった。だけれど、これからどうすればいいのか何もわからないのだ。
魔女になったら何をするのか?
それを教えてくれる人がいない。このまま魔女にならずに今まで通りの生活をおくれるのだろうか。それさえもわからないのだ。
希海は母の使い魔。
空澄とはもう何も縁がないのだ。
やっと彼は解放されたのだ。これからは、希海がやりたい事をやって生きるべきだろう。
そう思うのに、隣に座ってくれる温かさや心地よさ。この家に居てくれる安心感。それを知ってしまうと、彼が家から出ていってしまう事を考えると、胸が締め付けられるほど切なくなってしまった。
そんな事を考えていると、希海は空澄を見て困った表情を浮かべながら微笑んだ。そして、大きな手でポンポンッと頭を優しく撫でてくれる。
「そんな顔をしなくても、おまえを放っておいてどこかにいかないさ」
「…………そ、そうなの?」
「魔力の使い方も魔女の仕事もわからないんだから、俺が教えるさ。まぁ、おまえがそれを望むなら、な」
「…………希海。ありがとう」
彼が傍に居てくれる。
それがわかると、空澄は涙が溢れてくるのがわかった。
咄嗟に俯き顔を隠す。すると、希海は優しく空澄の肩に腕を回し、抱き止めてくれる。
「頑張ったな……空澄」
「………っっ…………」
温かい体温。そして、心地いい声。そして、空澄の気持ちを理解して、受け止めてくれる存在。希海の優しさ。
それらを感じ、空澄は緊張の糸が切れてしまった。
ボロボロと涙をこぼして、希海の体にしがみついた。
怖かったし、苦しかった。悲しかった。
独りになるのが怖かった。
自分が違うものになるのが恐ろしかった。
そんな複雑な気持ちを洗い流すのには、時間がかかり、長い間希海に抱きついていた。
けれど、彼は何も言わずにただただ空澄の背中を擦ってくれていた。
希海は、全てを知っていて全てを受け入れようとしてくれる。そして、空澄の涙をも………。
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