5話「一人きりの家」






   5話「一人きりの家」





 認めたくない。

 けれど、現実を突きつけられれば、頷くしかないのだ。それは、両親が死んだ時もそうだった。

 木の箱で寝ている2人を、別人だと言い張っていたけれど、冷たくなった顔、そしていつまで経っても家に帰ってこない母と父。それを見て、実感してしまえば、両親が死んだと認めなければならないのだ。




 魔女対策部。通称「魔女部」と呼ばれる警察官小檜山は、泣きじゃくる空澄を慰めることなく見守った後、落ち着いた頃に別室に案内した。

 そこは来客室なのか、立派なソファが向かい合わせに置いてあった。そこには他の魔女官がおり、空澄よりも若い女性がお茶を運んできてくれた。その後もその場に残り小檜山の後ろに立っていたので、空澄の話を聞くつもりなのだろう。

 小檜山は、空澄がソファに座った瞬間に、話を始めた。



 「今回、新堂さんが遺体で見つかった事に関してですが、昨晩あなたが新堂さんと一緒にいた事が確かですと、一晩で白骨化するのは難しいです」

 「………昨日は2人で食事に行っていました。お店の人に確認してもらえればわかります」

 「そうですか。それですと、先程話した通りやはり魔女の力が必要ですね。それに白骨が数年前にものと言うのも気になります。10年前に新堂さんが死んでいた可能性も考えられます」

 「そ、そんな!……じゃあ、私は一体誰と暮らしていたのですか?」

 「………それは私たちが調査します」



 感情的になってしまう空澄とは一転して、目の前の小檜山は冷静に言い捨てる。そんな彼から視線をそらし、空澄はうつ向きながら、小さく息を吐いた。



 「これから、新堂さんだと思われるご遺体のDNA検査を行います。検死調査もさせていたはだきますが、よろしいですか?」

 「はい………」

 「新堂さんの髪の毛などもいただきたいので、1度家にお邪魔してもよろしいでしょうか?」

 「わかりました」



 空澄はもう何も考えたくなくなり、小檜山の言うことに従う事にした。自分では何もできない。璃真を探すことも出来ないのだ。



 「…………そう言えば、あなたは花里という苗字でしたね」

 「えぇ、そうですが」

 「花里というのは、あの純血の?」

 「…………え?」

 


 小檜山は突然そんな質問をしてきた。「純血」という言葉の意味がわからずに、空澄が聞き返すと、彼は空澄をジッと見つめた後に「いえ、何でもないです」と、言いさっさと部屋を出ていってしまった。


 不思議に思いながらも、他の事は考えられない空澄は小檜山の後を小走りで追いかけた。






 小檜山とお茶を出してくれた女性は、空澄の家に来てすぐに璃真の部屋に入った。簡単に部屋の中を調べた後、落ちていた髪の毛を数個採取した後はすぐに帰ってしまった。


 その頃にはすっかり日が落ちて夜になってしまった。


 残されたのは、空澄だけだった。


 一軒家に一人だけ。

 もう普段ならば璃真は帰ってくる時間。それなのに、彼がドアを開けては「ただいま」と帰ってくる事はなかった。

 呆然とリビングに座り、キッチンを見つめていた。璃真が黒いエプロンをつけて料理する事もないのだ。「今日は何を食べたい?」「手伝いはいいよ」「ほら、空澄。一緒に食べよう」そんな声と彼の笑顔が思い出せるのに、そこには誰もいない。璃真用の茶碗やコップなどの食器も使われる事がない。


 ガタッと窓が鳴った。

 空澄はすぐに立ち上がりカーテンを開ける。

 けれど、そこには誰もいない。ただ風で窓が軋んだ音なのだろう。庭に木々が揺れていた。



 「璃真………どうして、こんな事になっちゃったの………ねぇ、璃真………まだ、告白の返事もしてないよ……また真ん中バースデーやろうよ………璃真……あき…………っっ」



 ボロボロと大粒の涙が流れ落ちた。

 璃真の白骨と対面した時よりも、空澄は泣き続けた。この涙は止まるのだろうか。そんな事も考えられないほど泣いて泣いて泣いた。



 空澄の生活にも記憶にも全てに璃真がいる。そんな彼が突然いなくなってしまったのだ。それを受け入れる事など出来るはずもない。

 目や鼻を真っ赤にして泣き続けた後、空澄は引き取ってきた彼のバックを抱き締めたままリビングのソファで倒れるように眠った。


 





 心身共に疲れていたのだろう。

 璃真は夢にも出てきてくれなかった。

 空腹と寒気を感じた空澄は、モゾモゾと体を動かした。起きてしまえば、また璃真がいない現実と向き合わなければならない。完全に覚醒してしまっていたけれど、空澄はキツく目を瞑った。


 ドサッ


 何かが落ちる音がした。空澄は仕方がなく起きて確認すると、空澄が持っていた璃真のバックの中身が床に落ちてしまった。



 「………ごめんね、璃真……」



 空澄はソファから起き上がり、床に落ちた物を揃った。書類やメガネケース、ハンカチやペン、そして昨日彼にあげたばかりの財布も落ちていた。璃真は、家に帰ってから財布の中身を変えてすぐに使ってくれていたようだ。

 彼の優しさを感じまた、空澄は瞳に涙が溜まっていくのがわかった。



 「あれ………そう言えば、スマホがない?」



 空澄はそう思い、バックの中や床にもなかった。彼が出掛ける時は必ず持っていたはずだ。

 どこかに落としたのだろうか。

 それとも彼が見つかった公園の沼に落ちているのかもしれない。だが、警察も捜査したはずなので、見落としはないだろう。


 だが、空澄は璃真のスマホが気になって仕方がなかった。もしかしたら、彼がいなくなった理由がわかるかもしれない。

 そう思うと止められなかった。



 空澄はトレンチコートを着て、厚手のマフラーを首に巻き、スマホと鍵だけ持って家を飛び出した。


 随分寝てしまっていたようで、空はうっすらと明るくなっていた。春になったばかりの朝は寒い。空澄はポケットに手をつっこみながら近くの公園まで走った。

 公園には脇道があり、そこから降ると大きな沼がある。そこは大きな魚もいるようで、釣りをしている人も多い。冬場には白鳥が来るぐらいに大きな沼だ。けれど、朝早いとあって今は誰もいない。薄暗い中を空澄は沼へと向かった。すると、「keep out」と書かれたテープ、規制線が貼られている場所があった。きっと、その周囲で璃真が見つかったのだろう。

 空澄はキョロキョロと辺りを見渡し、誰もいない事を確認すると、そのテープをこっそりとくぐった。



 「…………璃真……ここで何があったのかな………どうして、こんなところに来たの?」



 そこは何もない木々が生い茂っている場所だ。璃真は何をしたかったのか。どうして死んでしまったのか。いなくなってしまったのか。

 そう思うだけで、また鼻がツンとしてくる。


 腫れ上がった目をゴシゴシと擦り、涙を我慢した後、空澄は沼の近くをゆっくりと歩いた。

 璃真の白骨が落ちていた場所で泣くために来たのではない。スマホが落ちていないか見に来たのだ。空澄は自分に言い聞かせて、その沼の周辺を歩き回った。葉の葉の間を見たり、道の端を見たり、木々の間に入り奥の方まで探してみるが、彼のスマホはなかった。



 「警察も探してるし、あるはずないよね………」



 大きくため息を付き、沼を見つめた。その沼はとても綺麗だと言えるものではない。濁っていて、そこに魚がいるのが信じられないぐらいだった。


 

 「沼に落ちてたら、璃真……見つからなかったよね……見つけてくれた人に感謝だなー……ん………あれって………」



 独り言を呟き、沼の端に目を向ける。すると、自然物とは言えない黒い物が落ちていた。沼の端に流されているようだった。璃真のスマホも黒色だ。



 「もしかして、璃真のスマホ?!」



 空澄はそう思うと、すぐに行動していた。

 トレンチコートとマフラー、そしてスマホと鍵を通路の端に置いた。沼に落ちてしまった時に無くしては困ると思った。一気に寒さを感じたけれど、そんな事を気にしている暇もなかった。

 沼へ入るために腰ぐらいまである柵を越えて、沼ギリギリの草が生えているところを慎重に歩く。木を掴みながらスマホが落ちているところまで歩いていく。シューズはすっかり泥だらけになってしまったけれど、そんな事は気にしてはいられない。


 沼の丁度真ん中ぐらいまで来たところに目的のスマホがあった。



 「よしっ!もう少しだっ!」



 空澄は自分の真下にあるスマホを取ろうとゆっくりと体をしゃがませた。手は細い木の枝を掴み、落ちないように慎重に腕を伸ばした。

冷たいスマホの感触を指先で感じ、空澄はそれを掴んだ。



 「やった!とれ………っっ……きゃっ」



 バランスを崩してしまったのか。それとも地面がぬるんでしまったのか。空澄の体はぐらりと沼へと傾いた。枝を必死に掴むけれど、細い枝だったのが失敗だった。空澄の体重に堪えきれずに無惨にも折れてしまった。


 空澄の体は沼へと投げ出された。

 持っていたスマホを守るように、空澄はスマホを胸に抱きしめたまま、空澄の体は沼に落ちていった。






 

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