第13話 やーまーねー
生活安全課にはいろんなセクションがあることは前述したとおりであるが、実は東江戸川署の一課と三課は場所的に明確な区分はされておらず、あくまでも三課は理論上の存在である。
だから、日暮のんのの机と今度三課へ配属された山根匠の机は元々隣同士であるし、警部補と巡査部長では階級が高いのんのの机の方が課長に近い、いわゆる「上座」にあったから、山根が三課へ異動したからといって席を変わることもなかったのだ。ただ、二人の席は生活安全課の中では一番端っこ、というか隅っこに位置している。
部屋に帰るとまず、一課の全員に三課に異動となったことを伝えて回る。
「おっ、子守か。大変だな」
みんなはすでに異動の情報を聞いていたようで、一課の上田係長にこそこそと耳打ちされてポンと肩を叩かれた。
「舐めてかかるなよ」
「体力には自信があるんで、しっかりと守りますよ」
そう言って向けた背中に、上田係長は「そっちじゃねえよ」と呟いたのは山根は聞こえてないみたいだ。
ひと回り終わると、机で何か熱心に書き物をしているのんのの元へ向かう。
「日暮警部補、本日付けをもって生活安全三課へ異動になりました巡査部長の山根匠です。よろしくお願いします」
直立で立ち、山根は元々名前を知っているのんのにも、組織の掟に従い律儀に階級と名前を名乗った。高卒でこの職場に就職してから、上下関係を叩き込まれてきた体育会系の山根にはごく当たり前のことだ。
山根に気がついたのんのは書き物の手を止め顔を上げた。薄くリップを引いた桜色の唇に笑みを浮かべ、透き通るような青い瞳で山根を見つめた。
——うわっ、超可愛い……。って、あの目が青いんですけど。確か今、勤務中ですけど。
と心でツッコミながら、言えずにいると、
「えっ、山根巡査部長が三課へですか」
と、のんのがうれしそうに言う。様子から山根の異動は聞いてなかったらしく、そこへちょうど倉橋課長がやって来た。
「ああ、日暮警部補。今日から部下を一人つけますので、……って目が、あ、青いですが、何か、あの、ご気分でも悪く、いやいや、さすがに勤務中はそれは」
「変ですか? 改造少女ルルルンみたいで素敵だと思うんだけどなあ」
「えっ、ルルルルルルルル?」
「ルルルンです。改造少女ルルルン。今、女の子に一番人気があるんですよ。それにほら、ここも可愛いくないですか」
そう言って左手の人差し指で指す目元には、よく見ると小さな三連星があしらわれている。
「これ、作るのに苦労したんですよね。違う色のラメの入ったシールを切り抜いて重ねて作ってみたんです。ルルルンのコスチュームも今手作り中なんです」
楽しそうに話すのんのに、さすがの百戦錬磨の倉橋も返答するタイミングを完全に逸して頭を抱えているようだ。
「とにかく、勤務中ですので、そのカラコンと星は外していただいて、またお休みの日にでも」
倉橋から噛んで含んで諭され叱られて、渋々カラコンとシールを外したのんのであった。
「で、今日からこの山根が日暮警部補の部下ということになります。この街には詳しいので、わからないことはなんなりと聞いてください」
それだけ言うと、倉橋は逃げるように自分の席へ帰っていった。
「部下! ぶ、か。いい響き! 山根さん、よろしくね」
「あっ、警部補、改めてよろしくお願いします」
「固いなあ。うん、固い。のんの、でもいいよ。私は匠くんって呼ぼうかしら」
「いや、さすがに名前呼びはまずいですよ」
「そう? じゃ、山ちゃん? そっか。やーまーねーって呼ぶか、って嘘」
——もう好きに呼んでください。
そんなのんのが可愛いと思ってしまう山根巡査部長25歳である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます