THE SEVEN KILLERS NO MORE DIE !! ~殺し屋ラモンと七人の刺客~
じょにおじ
第1話:≪フォークロア=ラモン≫
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星々がネオンの明かりに溶けて消え、月だけが天空の彼方に煌々と輝く頃。夜の帳の下りぬ街を、一人の男が歩いていた。
全身黒づくめの、ジャージ姿の男である。やや俯きがちに、ゆるやかな足取りで、それでいて、体軸には僅かなブレもなく。
猫のようなしなやかさで、男は歩道を踏みしめて歩く。その足跡が残っていれば、彼の歩調が驚くほど真っ直ぐ、均等に伸びているのが知れただろう。
安酒と、血潮と、吐瀉物の臭気とが入り交じった、人の生ぬるい生活臭が漂う通りであった。
目を上げれば電飾は痛いほどの光を放ち、怒号とも嬌声とも知れない人の声が、方々から耳に入る。
ただの酔っ払いもいれば、客引きの黒人もいる。人待ちの娼婦もいれば、ゴミを漁る浮浪者もいる。
喧騒のその街にあって、彼だけが静謐を湛えているかのように歩いている。密やかに、目立たぬように、しかしながら確かな目的意識を持って。
しかしその喧騒も、ひと度路地を曲がれば遠いものへと変わり果てる。音は遠退き、光は届かず、腐乱臭だけがその主張を増して強くなった。
彼の靴音だけが、薄暗い路地のビルの壁面へ吸い込まれる。まるでビルの作る影に呑まれてしまったかのような、そんな錯覚すら覚える光景だった。
男は規則正しい歩幅を保ち、十分ほどの時間をかけて路地を進んだ。人気は次第に失せ、ついには彼の他誰もいない、路地の行き止まりへとたどり着く。
そこには、半地下に設えられたバーの看板が立っていた。
入り口には、屈強な男が一人、腕組みをして佇んでいる。その様子をチラリと見ながら、彼は無造作に男へ声をかけた。
「入れるかい?」
屈強な男は、声をかけてきた男の姿を不審げにねめつけた。男は黒い上下のジャージに黒いニット帽を被り、足元まで黒いスニーカーで固めている。
全身黒づくめの出で立ちは、どんな贔屓目に見たところで怪しくないとは言い難い。まさかジョギングがてらここへ立ち寄った、という訳でもあるまいに。
「何の用だ?」
「例のブツ、売ってくれるんだろ?ここに売人がいると聞いた」
男は屈強な男の視線など物ともせず、自らの要件だけを手短に伝えた。それを聞いた途端、屈強な男の眼が座り、口調は尋問めいて強くなった。
「誰の紹介だ」
「
「……紹介状は?」
屈強な男は指をくいくいと数度、己の体の方向へ向けて曲げる。
「急な話だったんでな。書面の類いは用意してない」
「なら、中に入れるワケにゃいかねぇな。諦めろ」
「そうか」
言うや否や、ジャージの男はポケットから何かを取り出した。屈強な男がそれを視認するよりも早く、彼の首にその『何か』が走る。
「……あ?」
表情を変える間もない刹那の時間。屈強な男の首に、赤い筋が描かれた。ジャージの男は何事もなかったかのようにその脇をすり抜けると、地下の入り口へ足を運ぶ。
「待て、コラ……」
屈強な男の放った言葉は、それが最後であった。次の瞬間、彼の首からは血が迸り、地面の上へ悲壮な落書きを施した。
男は振り向こうとした中途半端な姿勢のままで、前のめりに倒れていった。まだかろうじて息はあるが、それも長くは続くまい。
黒ジャージの男は血がかからない半地下の階段からその様子を見つつ、屈強な男のズボンをまさぐった。
そして地下へ続く扉の鍵を発見すると、それをジャージの袖越しに握り、階段の先にあるドアへと向かった。
男がその扉を開けると、女が卑猥な声を上げているBGMが聞こえてきた。椅子と机が数脚設置されているだけの、シンプルな内装である。
店内は換気が上手く成されていないのか、タバコの煙がもうもうと立ち込めている。どうやら、あまり品のいい店ではないらしい。
もっと有り体に言えば、人を呼ぶことで稼ぐ気のない店とも言えるかもしれない。
男が店内へ入ると、店中の人間の視線が彼へと集中した。ジャージの男はいつの間にか、ニット帽を目深に被り直している。
「なんだテメェ?」
「どこの人間だコルァ!!」
「客か?」
店内はにわかに色めき立ったが、ジャージ男はそれを一顧だにしなかった。無言のまま彼は、ポケットに差し入れた手を抜く。
そこに握られていたのは、一丁の拳銃であった。
「野郎、カチコミか!!」
そう叫んだ男が、最初の犠牲者だった。ジャージ男の銃弾は、彼の眉間をこれ以上ないほど正確に撃ち抜いていた。
音はなく、煙だけがその発射口から昇っている。ジャージ男は拳銃を正眼に構え、居並ぶ男たちを精密に撃ち落としていった。
「うっ……」
「ぐぁっ!」
今際の際の言葉は、どれも全て短かった。全員、銃弾一発で頭部を撃ち抜かれていたからだ。
わずか数秒で、見るからに屈強な男どもが倒れ伏してゆく。その速射は、尋常な手腕では到底なし得ないことが伺える。
一人に対して弾一発以上の損失なしに、男は全ての敵を殺して見せた。
目に見える場所の敵を片付けると、ジャージ男は銃を構えたまま、店の奥へと進む。
店舗の奥には従業員の待機スペースがあり、そこにも誰かいるようであった。
焦れることなく、彼は歩みを進めて行く。逃げ道が入り口しかないのは、事前に調べがついていた。他の場所から逃げられることはない。
その証拠に異変を察知した店の人間は、みな応戦する構えを見せて、男の進路をふさいでいた。
「止まれ!」
「どこの組のモンだ!!」
その手には男と同じく拳銃が握られていたが、そこから弾丸が発射されることはなかった。
彼らの姿を見とめるや否や、ジャージ男は彼らの脳天に、またしても鉛を埋め込んだからだ。
血と脳漿を垂れ流し、男たちは無惨にも崩れ落ちる。ジャージ男は死体となった男たちの横を抜けて、待機部屋へと至った。
そこには二人の男が、絡み合い横たわっていた。
「ヒィッ!」
「な、なんだキサマは……何者だ!?」
部屋の中にいたのは、机に背を預けるギョロ目の男と、その下半身をさする幼い容姿の青年であった。
突然の侵入者にうろたえるギョロ目の男は、あからさまに局部を露出している。
その腹は丸々と肥え、上に重なった男の倍はあるように見えた。
そしてもう一人の男は、ギョロ目の局部に細い指を添えて、ガタガタと体を震わせていた。
体の線が細く、唇がやけに赤い男だった。どうやら二人は、同性ながらに情事の最中であったらしい。
不埒な行為を隠そうともしていない辺り、この二人が施設のリーダー格なのだろう。
ジャージ男はその光景に快も不快も見せず、上になっている童顔の男から躊躇なく撃ち殺した。
「ギャッ……!?」
短い悲鳴だけを残して、童顔の男は力無くどさりと倒れた。
「クッ……クソがぁっ!!」
男は机の上にあった銃を取り、ジャージ男へ向ける。しかしジャージ男は、銃を取った男の手をいとも容易く撃ち抜いた。
「ぐがっ……!!」
鮮血が滴り、男は銃を取り落とす。痛みに激しく顔を歪ませる標的を、ジャージ男は鮫のように淡々と追い詰めた。
ジャージ男はゆっくりと、敵がどう足掻いても的を外さない位置まで近寄る。ギョロ目の男の顔には、もはや恐怖の感情しか写されていない。
手足は凍りついたように震え、局部は最大限に萎えて蕾のような醜態を晒している。
そしてそれとは対照的に、ジャージ男の瞳からは、どのような感情も読み取ることは出来なかった。
「な……何なんだよ、一体……誰が、こんな……」
ギョロ目は呆然としながら、誰に聞かせるでもなくそんなことを呟いた。
「忠告はした。『組織』の庭で勝手をするなとな」
「『組織』、だと……?」
ギョロ目男はハッとして、大きな黒目がちの瞳をさらに見開いた。
「お前まさか、フォークロア……!!」
男はそのセリフを、最後まで言い終えることが出来なかった。
無慈悲な銃口は、彼の運命を死の他に何ら変えはしなかったからである。
「……」
ジャージ男はニット帽をまくると、ギョロ目の顔を数秒間見つめた。そして踵を返すと、累々たる屍の山を通り抜けて、元の入り口から表へ出ていった。
ジャージ男の侵入から、僅か六分。彼の衣服には、一滴の返り血すら付着してはいなかった。
男は元来た道を戻りながら、ジャージの胸ポケットからスマートフォンを取り出した。その所作に、逃亡の焦りは全く感じられない。
行きと同じように、等間隔の歩幅で一定の速度を保ち歩いている。
男はスワイプして画面を開くと、前にかけた番号へリダイアルする操作を行う。程なくして電話は、相手方へと繋がった。
『よう、ラモン。首尾はどうだ?』
電話越しの相手は、男へ向けて低い声で経過を尋ねた。ラモンと呼ばれたジャージの男は、淡々と結果だけを報告した。
「犬は八頭、みんなよく寝てる。後はそっちで好きにするといい。それと、電話口で名前呼ぶな。迂闊すぎる」
『犬』とは彼の殺した標的の隠語であり、『寝る』とは標的の死亡を確認したという意味だ。盗聴の危険を回避するために、敢えてこのような言い回しをしている。
『あぁ、悪かったよ。後の事は任せて、お前はゆっくり休みな』
「そうさせてもらう」
そして通話を切ると、彼は喧騒の表通りへとまた帰ってゆく。行きと違うのは、道中の路肩に灰色のバンが停まっていたことだった。
「ア~ニキィ~!!」
バンの運転席から身を乗り出すようにして、一人の若者が大声を張り上げる。髪を金髪に染め上げた、今風の若者だった。
赤いスカジャンを身に纏っているが、それが絶望的なまでに似合っていない。
険のある、彫りの深い顔立ちとは裏腹に、妙に愛嬌のある仕草が不調和を引き起こしているように見える。
どうやら彼は、ジャージ男……ラモンのことを呼んでいるようであった。ラモンはそれに返事をせず、器用にガードレールを跨いでバンの後部座席へと乗り込んだ。
「いや~いつ駐禁切られるかヒヤヒヤしたッスよォ!今日も早い仕事ッしたね!」
男は言葉をぶつ切りにしたような、短いブレスでまくし立てる。その忙しなさが、男の軽薄さに拍車をかけているように見えた。
「無駄口はいい、早く車出せ」
ラモンは興味のないものを見る顔をして、運転席を後ろから蹴り催促する。
「了解ッス!」
邪険に扱われたにも関わらず、男はどこか嬉しそうにしながら車を発進させた。
ラモンはというと、着ていたジャージとニット帽を全て脱ぎ、傍らに置かれていたゴミ袋へと突っ込んでいた。
硝煙反応の出る衣服は、早々に捨てるのがこの稼業に従事するものの常識である。ラモンはそれを済ますと、車内に備えられていた替えのジャージに袖を通した。
運転席の男は、車を走らせながらルームミラー越しにラモンをチラチラ伺っている。
「なんだ、デル。男の着替えを覗く趣味でも出来たのか」
ラモンが皮肉を言うが、デルと呼ばれた男はそれを一向に気にかけない。
「ヤだなぁ、アニキ。俺はいつもみたく、アニキの仕事の話を聞きたいだけッスよ~」
「どうってことない、いつもと同じだ」
ラモンは芯まではリラックスせず、ゆるりとした体勢で座席に体を預けている。そんなラモンへデルは、屈託なく質問を浴びせかけた。
「でも、十人くらいはいたんでしょ?ターゲット」
「八人だ。別に、誰が何人いてもやることは変わらん。来て、見て、殺る。その行程の繰り返し、それだけだ」
「さっすがアニキ!!パネェッスよ~~~!!」
デルは運転中にも関わらず、ハンドルから手を離してバンバン叩く。そのせいでバンは左右にふらふらと揺れ、ガードレールを擦りそうになった。
「……事故るなよ、デル」
無表情の中に諦めを見せ、ラモンは軽くため息をつく。
「当然ッスよ!組織の宝を、俺の事故で亡くす訳にゃいかないッスからね!」
デルは急に真面目くさった顔になり、ようやく運転に集中しはじめた。
「しっかし、奴さんもバカッスよね~。うちらの島で後ろ楯もなくヤク売ったりなんかして」
デルはリズムに乗るかのように、意気揚々とラモンへ語りかける。
「それとも奴ら、フォークロア=ラモンの名前も聞いたことない田舎モンだったんスかね?」
「うちの島で無礼する奴は、アニキに皆殺しにされるって有名だってのに」
問われたラモンは、やれやれと言った風に言葉を返した。
「知ってようがいまいが、結果は同じだ。受けた仕事は確実にこなす、例外はない」
「クゥ~~~ッ!!そういうとこ渋いッスよね~~~アニキは~~~!!」
はしゃぐ男、デルのせいで、車はまたも荒れた運転になる。ラモンは強めに運転席を蹴ると、ドスの効いた声で彼を諌めた。
「デル、同じことを二度言わすな。普通に前を見て運転しろ」
「す、すんません……」
デルは冷や汗を流し、ラモンへ謝罪する。彼とラモンがコンビを組んで二年ほどになるが、一事が万事この調子である。
決して無能な男ではないのだが、一度興奮して羽目を外すと、際限なく情緒を崩してしまうのである。
適切な箇所でラモンが彼へブレーキをかけ、ストッパーとなるのが彼らの日課となってしまっている。
それ以降目的地に着くまで、二人が車内で会話を交わすことはなかった。
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そして三十分後、彼らは街の中心から離れた場所にある、安アパートへ行き着いた。
二階の角部屋が彼らの部屋であるが、そこに着くまでの廊下も階段も、錆びが浮いて今にも抜け落ちそうである。
どこから漂っているのか、
住人は、彼らを含めて五人しかいない。全てワケ有りの者ばかりだと専らの噂である。
違法滞在の外国人や、薬物に溺れた元キャバ嬢も住んでいるとのことだが、顔を付き合わせたことは一度としてない。
アパートの外装を見るに、そのろくでもない噂も案外否定できるものではないかもしれない。
もっともそれは、相手方も同じように思っているのだろうが。
二人は軽く荷物をまとめると、足早に車を後にした。ラモンは錆びた廊下を鳴らしながら、三十分ぶりにデルと口を聞く。
「頼んであった替えは、もう届いてるか?」
「ハイッス。用意してありますよ~!」
「帰ったらすぐ取り替える。準備しとけ」
「了解ッス!」
替えとは銃身の替えのことを指している。旋条痕から銃を特定されないため、ラモンは殺しの度に銃身を交換していた。
人によっては銃を使い捨てにしてその都度変える者もいるが、ラモンは使いなれた道具を捨てる気にはなれなかった。
細やかな配慮であるが、誰しもがそこまで徹底しているわけではない。それが出来るからこそ人は彼を殺しの伝導者、≪都市伝説のラモン(フォークロア=ラモン)≫と呼ぶのだ。
神出鬼没にして痕跡を一切残さず、顔を見たものは死を免れえない。そういう意味の二つ名であった。
そんな剣呑な雑談を交えるうち、彼らは自室へとたどり着いた。軋むドアを開けるとそこにはちゃぶ台が一台と、子供の使うような勉強机が一台あるのみだった。
その他の家具や調度品の類いは、全く見当たらない。服すらタンスに入れられず、畳んで床に直接置いてあるような有り様だ。
ラモンはまず勉強机の方へ向かうと、机の下から銃を掃除するための工具箱を取り出した。そしてポケットから銃を取り出すと、慣れた手付きでそれをバラす。
S&Wの40口径オートマチックに、サプレッサーを取り付けた物である。比較的入手が簡単であり、プロでこれを使うものはあまりいない。
元は官品からの横流し品であったが、使ううちに手に馴染んでしまったため、ラモンは今でもこれを愛用している。
手際よく分解し、パーツごとに分けて机へ置き、汚れがあれば布で取り除く。それが一見すると無造作な動きに見えるのは、彼が銃の構造を知り尽くしているためだ。
その動きの合間を見て、デルは替えの銃身を机の空きスペースへと置いた。
「そういや、聞きましたかアニキ」
「何をだ」
影を作らないよう少し遠めから作業を眺めていたデルが、遠慮がちにラモンへ声をかけた。
「うちのボスの病状、そろそろヤバいみたいッスよ。今日、緊急の幹部会が召集されたらしいッス」
「そうか」
ラモンは特別関心を払った様子もなく、銃のスプリングから煤を払う。
「アニキはボスの後釜、誰になると思いますか?やっぱり俺たちボスの直系としては、気になるとこッスよね?」
「予想したところで、俺たちのやることは変わらん。餅は餅屋、掃除屋は掃除を、だ」
「……そッスか」
ボスの直系とは、ボス本人から直接殺しの手解きを受けた者を指す。ラモンもデルも、その殺しの技を直接ボスより指導された数少ない人間だった。
そんな彼らの耳に、組織のトップの容態という重要な情報が、入ってこないはずがない。
実際、彼らのボスに当たる人物が危篤状態であることは、ラモンも伝え聞いていた。しかし、その跡目争いにまで話が及ぶと、途端に彼の興味は消えて失せる。
「うちの組織も、ボスのカリスマ性あってのもんだったからな。奴が死んだら、内部情勢が荒れるのは間違いないだろう」
「気にならないんスか?ボスの後に誰が組織のトップに立つか」
「問題は誰に着くかじゃない、どうやって自分を生かすかだろ。違うか?」
「……じゃあアニキは、これを機に独立するとかは考えてないんスか?」
「あ?」
そこで、スムーズに動いていたラモンの手が初めて止まった。
「聞いてないはずないッスよね、『ロマネスクの恩赦』のこと。アニキなら絶対に恩赦を勝ち取れるッスよ!!」
『ロマネスクの恩赦』。それは彼らのボス、リチャード=ロマネスクが病床で呟いたという、奇妙な指令だった。
彼は枕元に幹部を呼ぶと、組織小飼いの殺し屋たちへ、こう通達するよう命じたという。
『組織の殺し屋へ恩赦を与える』
『恩赦を受けた者は組織を抜け、それを追うことはまかりならない』
『但し、恩赦を受け取るのは一名のみである』
『我こそはと思う者は、自分が殺したと分かるよう誰かを殺し、参加意思を表明すべし』
『参加した殺し屋は命を懸けて殺し合い、最後まで生き残った一名へ恩赦を授ける』
『参加表明は、今日より三日を期限とする』
これが、ロマネスクの恩赦の概要である。幹部たちは無論困惑したものの、ボスからの強い叱咤を受けて、渋々ながらこれを殺し屋たちへ通達した。
その連絡がラモンの元へ届いたのは、ちょうど二日前のことであった。
「せっかく組織を抜けれるチャンスなんすよ!ラモンさんも参加しましょうよ!」
「デル、俺は別に組織を抜けたいと思ったことなんざ一度もねぇよ」
ラモンは組み立て途中の銃を置いて、デルの方へ体ごと向き直った。デルは不服そうにしているが、ラモンが上手い話に飛びつかないのには理由があった。
殺し屋はその仕事の性質上、それを命じた組織と一蓮托生であることがほぼ確定している。
何の目的で、誰をどのように殺したのか、それを知るのは命じた者と殺した本人だけなのだ。
いかにボスの死に際とはいえ、それらの情報を持った人間を、易々と逃がすなどあり得ないとラモンは考えている。
加えて、ボスが死んだ後にまで幹部が約束を遵守するという保証もない。
「それに、今回のことは色々と事が急過ぎる。離れて様子を見ておくのが賢明だ」
「でも……」
「ボスが危篤なら、しばらくは俺らの仕事もないだろう。せめて今だけは、ゆっくり養生しとけ」
そしてラモンは、再び体を机へ向けて作業に戻る。その背中には、これから先その会話には取り合わないとハッキリ記されている。
背後のデルはその態度に、不満げな顔で佇むしか出来ないでいるようだった。
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東都市、蕪新町(とうとし、かぶらしんまち)。それがラモンたちの住む街の名である。かつて東京と呼ばれた都市は、今はもうない。
戦後、アメリカの植民地支配を受けた日本は、アメリカの一部へと併合された。その際に、首都名を東京から東都へと変更させられたのである。
元より有用な資源の少ない日本を、アメリカは何故、植民地支配しようと考えたのか。その答えが、列島の娯楽化である。
産業の中心を第三次産業へ推移させることで、戦後の経済と物流の復興を図ると同時に、その中枢をアメリカが握るという政策だった。
生産性の少ない国への植民地政策のモデルとして、日本は利用されたのだ。
一次産業の衰退により、アメリカ本土からの輸入に頼るしかなくなった日本は、甘んじてそれを受け入れなければならなくなる。
20××年現在、日本の主権は未だ回復されていない。もはやそれを取り戻そうという意思すら、民衆からは消え去ってしまった。
今では日本はアメリカの保養地と揶揄されるまでになり、国民の六割が米国との混血児で構築されるまでに至った。
言語もアメリカ英語が主流となっており、日本語と英語の両刀を使えるものは年々少なくなって来ている。
そして娯楽を先鋭化させていった結果、日本列島はラスベガスもかくやという賑わいを見せることとなる。
それは、その利権に群がる魑魅魍魎が後を絶たないという、覆い隠し難い事実をも孕んでいた。
夜になればきらびやかなネオンと、酒と女と博打の気配を漂わせるカジノの街。それが、蕪新町という街である。
戦災から復興する際、日本の中心部に程近いこの街を、米国は娯楽化の拠点にしようと躍起になって開発したらしい。
そのせいで、蕪新町はアメリカ様式の建築と古くからの日本家屋が入り混じる、奇妙な街と成り果てていた。
そしてこの街こそ、ラモンの属する組織が賭博利権を握っている街でもあった。ラモンは蕪新町の大通りを、いつもの歩調のままに歩いている。組織の連絡員から、呼び出しを受けたためだ。
ラモンの知るところではないが、毎夜莫大な額の金銭が、この街のカジノでやり取りされているとのことだ。
その最中に揉め事が起こり、火消しに彼が呼ばれたことも一度や二度ではない。今回呼ばれたのも、その手の話かもしれない。
生臭い話は絶えないが、それにいちいち関心を示しているようでは、この街で生きていくことは困難なのだ。
そんな物騒な街も、昼間は随分と静かで落ち着いた様子を見せている。ラモンが向かったのは、個室のある一軒の古風な食堂だった。
内密に進めたい話がある時、組織はその個室を借りてラモンに指令を出す。そこに呼ばれたということは、往々にして彼へ仕事の依頼があるということだ。
(ボスも危ういってのに、忙しないもんだ)
ラモンが組織に対して思うことと言えば、その程度である。
蕪新町の中でも比較的古い店の並ぶ路地に、その店はあった。作りそのものはコンクリート仕立てだが、内装は和を基調としている。
外国人誘致が主産業とされる昨今、靴を脱いで上がる座敷がある店は珍しい。
ラモンは無言のまま木戸をくぐり、店内の奥座敷まで歩いた。店員も勝手知ったるもので、ラモンをちらりと一瞥したまま、案内したり問い質したりしない。
座敷の上座には、ラモンのよく見知った顔があった。
「いよお、ラモン。遅かったじゃねぇか」
赤黒い肌の、酒焼けしたダミ声の男だった。ラモンが懇意にしている連絡員である。
「人を呼び出しておいて駆けつけ一杯なんざ、いいご身分になったらしいな」
ラモンはテーブルの上のお銚子を見て、男をじろりと睨んだ。
「そう怒るな。飲まにゃやってられんこともあらぁ」
「そいつは、ボスのことか?」
「あぁ……」
男は空になったお銚子を、舐めるように指で浚う。ラモンは下座に立つと、油断なく辺りを見回してから着席した。
「どうもボスの容態、良くないらしい。持ってあと一週間てとこだそうだ」
「デルから聞いたよ。危篤状態だって?」
「らしいな。詳細は幹部連中しか知らんそうだが」
「そうか。せめて苦しまずに逝けるといいがな」
「お前よぉ……ウソでも長生きしてほしいとか言えよな」
「おべっかの使い方は習ってないな。それより、要件はそれだけか?」
「んなワケねぇだろう」
男はテーブルの上に、一枚の茶封筒を差し出した。
「なんだ、こいつは?」
「いいから、開けて中を見てみな」
ラモンは怪訝な眼をして、封筒の中身をテーブルへぶちまける。
「……おい、なんだこれは」
その中身は、数枚の写真だった。ただしそれは、どれを取って見ても普通の写真ではない。
そこに写されたのは全て、明らかに人の手によって殺められたと分かる、死体の写真だった。
「なんだはこっちのセリフだよ、ラモン。お前なんだって、ロマネスクの恩赦なんぞに参加したんだ?」
「……なんだと?」
ラモンは冷静に、しかし視線を鋭くして対面の相手を睨んだ。
「その写真の被害者は、ぜんぶロマネスクの恩赦の参加者に殺された奴らだ」
「その写真の六枚目、そりゃお前の仕業じゃねぇのか?」
ぶちまけられた写真から、男は一枚を取り出してラモンの前に置いた。
その写真に収められた男は、首を横に真っ直ぐ裂かれて殺されていた。男は壁に寄りかかるように死んでおり、その隣には血糊で大きく「R」と書かれている。
「その写真は、手前の物ほど早く参加を表明してる」
「六枚目と七枚目は、昨日組織へ向けて送られてきたもんだ」
「組織の連中はお前の仕事と思い込んでるようだが、まさか違うのか?」
男の言葉に対して、強い口調できっぱりとラモンは返す。
「違う。どんな理由があろうと俺は、現場に証拠は残さない」
それを聞いた男は、困惑したように鼻の頭を指で掻いた。
「ナイフでの殺害は、お前の得意とするところだ。おまけに壁にはラモンのR……誤解なら解けそうにないな」
「ナイフの使い方に特徴がある、イニシャルRの殺し屋は他にいないのか?」
「さてな……みな口を揃えてラモンが来たと言っていた。心当たりが他にあるなら、ああまで騒ぎはしないだろうさ」
「ならこれは、俺を陥れようとする誰かの罠に、ハメられたってことだ」
ラモンは封筒に写真を戻し、ジャージのポケットへ突っ込んだ。そしてそのまま席を立つと、食堂を後にしようとする。
男は何も言わずに去ろうとするラモンに驚いて、思わず引き止めてしまっていた。
「どうするつもりだ?今さら俺じゃないなんて言っても、取り消しは効かんぞ」
「犯人に心当たりがある。落とし前はつけさせるさ」
「本気か?たったこれだけの情報で、犯人の目星がついたってのか」
「俺が仕事をやると言ったら、寝かせる以外の結末はない。今までそうでないことが一度でもあったか?」
「……!!」
その鬼気迫る静かな迫力に、思わず男は押し黙った。
「連絡、ありがとよ。知らん間に利用されてたんじゃ寝覚めが悪いところだった」
「犯人に教えてやる。俺を舐めたらどうなるかってことをな」
そしてラモンは去り、個室には男だけが残される。
「……おっかねぇ~」
もう一本酒をつけねば、昼間なのにどうにも寝付かれなくなりそうだった。
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ラモンは店を出て、自分の住む汚いアパートへ帰宅する。その所作に無駄はなく、どこどこまでも自然で、力みがない。
たとえば彼が今、警察官とすれ違ったとして、これから人を殺めようとしている人間とは思われないだろう。
その道中、ラモンは薄汚い路地を横切り、ビール瓶を一本失敬していく。まるでアル中のような、それまでの自然体を台無しにする小道具である。
彼は瓶を腰へ差し、何食わぬ顔で歩く。相当に目立つが、ある意味でこれはやむを得ない姿なのだ。
やがてアパートへ到着すると、彼は通りからの死角になる裏手へ回り、周囲に人目がないことを確認した。数度、短く息を吐いた後、彼はふっと全身の力を抜く。
「……ハッ!」
コンクリート塀に足をかけると、ラモンは駆け上がるようにして、一気に二階のベランダへと跳躍した。
彼が潜入の際に使う、パルクールの技能である。まるで一時重力を無くしたかのように、ラモンの体は軽やかに宙を舞う。
そこは彼がアジトにしている、二階の角部屋だった。ベランダの柵にしがみつき、腕力のみで自身の体をその上へと引き上げる。
ラモンはベランダに身を潜め、中を伺った。そこにいるはずの男の姿は、見当たらなかった。
代わりに、声だけが室内から聞こえてきた。
『アニキ?アニキっすよねぇ?そんなとこで何してんすかァ~、ちゃんと玄関から入ってくださいよ』
それは間違いなく、デルの声である。ベランダから姿が見えないのに声だけは聞こえる。即ち、ラモンから隠れているということだ。
音を殺し、気配を絶ったラモンを、彼は鋭敏に察知していた。
コンビを組んで二年になるが、窮地での危機察知能力に、デルは人並み外れたものを持っていた。性格に難はあるが、ボスがコンビを組むよう命じるだけのことはあるようだ。
しかし、その声はまるで酔っているかのように芯がなく、へなへなとしている。
「デル。お前に預けたナイフと銃、どこにやった?」
ラモンは居場所がバレるのも折り込み済みで、すぐさま言葉での陽動に切り替えた。
『いつも通り大事に保管してるに決まってるじゃないッスか!だから早く取りに来てくださいよぉ、アニキィ~~』
無論、そんな言葉を信用して室内へ入る輩はいないだろう。
「その前に、一つだけ聞かせてもらう。俺のフリをしてロマネスクの恩赦に挑んだのは、お前で間違いないな?」
沈黙で応えるかと思ったが、デルはすぐさまその疑問を否定した。
『そんなこと、するはずないじゃないッスかァ!どーしてそんなすっとんきょうなこと……』
「死体の傷口は、左から右へ向けて走ってた。あれは左利きの人間がよくやるナイフの使い方だ」
「デル。お前たしか、左利きだったな?」
デルはへらへらした声音を崩さず、それを再度否定してみせる。
『たまんないッスねぇ~。それくらいで俺を犯人呼ばわりするなんて。兄貴もついにヤキが回っちゃいましたか?』
「それだけじゃねぇ。お前、致命的なミスを犯してる」
『はぁ?だから何の話……』
「ラモンの綴りは、L.A.M.O.N。イニシャルはLだ。レモンの綴りと一字違い、知らなかったのか?」
デルはそれを聞いて、壊れたようにけたたましく笑った。
『そんなかまかけ、俺が引っ掛かると思ってんスか!兄貴のスペルは間違いなくRッスよ!』
「あぁ、その通りだ。だが、今のでお前が犯人だと分かった」
『はぁ?』
「俺は現場に、俺の名前が残されてたとは一言も言ってない」
『……あっ!?』
「名前の話をかまかけだと思うのは犯人だけだ。そこに何の疑問も持たない時点で、お前の負けなんだよ」
『……』
「お前は無能じゃないが、単細胞が過ぎるのが珠に瑕だ」
言うやいなや、彼はベランダの出入口の戸にビール瓶を叩きつけた。戸のガラスと瓶は派手な音を立てて同時に割れ、風が室内へ流れ込む。
それが開戦の狼煙だったかのように、室内から銃弾が数発放たれた。銃声はなく、弾だけが真っ直ぐベランダの手すりに当たって弾ける。
すぐさまベランダの隅へ身を隠したラモンに、弾は当たらない。だが、このまま待っていてもジリ貧になるばかりだろう。
彼が屋外から侵入したのは、不用意に玄関から入って狙い撃ちされるのを防ぐためである。
ベランダからデルの姿が見えないということは、こちらから見て死角となる、玄関側の片隅に立っていることになる。
正直に玄関から入っていれば、簡単に的にされていたということだ。
それを掻い潜るには、デルの意表を突くことが必要不可欠となるだろう。だが現在、デルの危機察知能力はラモンの警戒心を大きく上回っていた。
ならば、どうするか?
ラモンは無言のまま、砕け落ちたガラスを集めて左手に握った。そしてタイミングを計りながら、室内へ突入する機を伺う。
室内へ入るには、銃の射線から逃れる必要がある。デルはベランダから見て斜めに構え、いつでも銃を撃てるようにしているだろう。
ラモンは体を低くして、割れたビール瓶の一部を室内へと投げ込んだ。そして自身は投げ入れたビール瓶とは逆方向に、低い姿勢のまま横っ飛びに飛んでいく。
瞬く間に銃弾が飛んでいくものの、それが囮のビール瓶と知れるやすぐに発砲は止んだ。
「アニキィ!!」
デルは近づいてくるラモンへ照準を合わせ直そうとした。しかし、照準を合わせようとした矢先にラモンは体を切り返し、的を絞らせない。
屋内での至近距離にも関わらず、ラモンの動きは驚くほどに素早かった。狭い室内を鋭角になぞるように、ラモンは徐々にデルへ近づいていく。
(この距離じゃ装填してる隙に殺られる……なら!)
デルは弾の切れた銃を投げ捨て、獲物をナイフへと切り替えた。デルが銃を捨てたのを好機と見てか、ラモンはフェイントを止め、一直線に彼の元へ走った。
「来いよ!!フォークロア=ラモン!!」
ラモンの殺しの技をよく知る彼は、ナイフを構え体の前面を防備する。相手が丸腰ならば、攻撃の届く範囲はどうしても正面に限られる。
仮に側面や後方へ回り込んだとしても、デルのナイフがカウンターで切り込む方がかろうじて早い。
彼とてボスの直系と呼ばれた一人である。一通りの戦闘訓練は受けて、この場に立っている。
たとえラモンであろうと、その圧倒的不利からの逆転はあり得ない。
だが、通り一辺の修羅場など、ラモンの敵ではなかった。
「フッ!」
鋭い呼気と共に、彼はデルへ向けて何かを投げつけた。
「うっ……!?」
それは、ベランダで拾っていたガラス片であった。思わぬ目眩ましを食らい、デルの動きに動揺が走る。
その動揺を、殺し屋ラモンが見逃すはずはなかった。
デルが予測していたより遥か遠間から、ラモンの腕が伸びる。本来なら届かないはずの間合いから、鋭利な刃が光って見えた。
それはまるで、目前の獲物の命を刈る、死神の鎌のようであった。
「終わりだ、デル」
その刃はデルの喉笛に食い込み、すぐさま通り抜ける。
「カッ……!!」
熱いものが迸る感覚だけが、デルに残された。迎撃するはずだったナイフを手から落とし、毛羽立つ畳の上に膝を着く。
ラモンはぶつかりそうになる寸前で足を止め、何も言わずそれを見つめた。
その右手に握られていたのは、彼が行き掛けに拾ったビール瓶の、首の部分だった。
ラモンはデルが犯人と予測した時から、預けた武器が用を成さないであろうことにまで思い至っていた。
そのため、非常時の備えとしてビール瓶を小脇に抱え、移動していたのである。
割れた瓶で相手の首を裂く。言葉にすれば簡単だが、実はそう容易なことではない。瓶を突き立てるならまだしも、研いだ訳でもないガラス片で物を切るのは難しいのだ。
割れた瓶で果物を綺麗に切り分けるよう言われれば、その難易度が想像出来るだろう。
ラモンの、異常なまでの腕の振りの早さと、敏捷性があって初めて成せる技であった。
「デル。なんでこんなことをやらかした?」
ラモンは、デルの前に立って彼を見下ろした。首筋の傷はグロテスクに開き、まだ暖かい血が滴り落ちる。
だが彼にはもう、その痛みを覚える感覚すら無くなりかけているようだった。
デルは虚ろな瞳を数秒瞬かせ、小さく笑った。
「へ……へへ……だって、アニキは……最高の殺し屋じゃないッスか……」
「最高の殺し屋が……こんな最高な祭りに参加しないなんて……あり得ないッしょ……?」
「アニキの凄さは……俺一番分かってますから……」
そこまで言って、デルは前のめりに倒れた。血溜まりから血液が跳ねたものの、一歩退いたラモンの服を汚すことはなかった。
「……バカめ」
デルはラモンに、傍観することなく火中の栗を拾い続けることを望んだのである。
そしてその願望は、彼の死と共に叶えられることとなった。もはやラモンのどのような訴えも、組織へ受け入れられることはない。
一度吐いた言葉は飲み込めない。それは彼らの世界の鉄則なのである。
「……厄介なことになりやがったな」
ラモンは銃とナイフを回収すると、デルの死体処理を依頼するため連絡員に電話する。
物言わぬ骸となったデルの顔は、思いの外満足げに、微笑んでいるかのように見えた。
その笑みを見た瞬間、ラモンはどうしようもない破滅の足音を、聞いたような気がしたのだった。
≪続く≫
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