何が二人に起こったか?

冷門 風之助 

その一

 彼女は俺の事務所オフィスに、いつもテレビで見かけるのとは違う、薄化粧に縁なし眼鏡。

地味な黒のタートルネックのセーターに薄茶のジャケット。それにグレーのストレートパンツにショートブーツという、極めてラフな服装で現れ、いつも歌い終わった後にするような深々としたお辞儀をしてから、


『どうぞ』という俺の言葉に従って、ソファに腰を下ろし、ほうっと息を吐いた。


 コーヒーか?日本茶か?どっちにしますか?


 俺の言葉に迷わず、


『コーヒーを』と答える。


 意外だな、と思った。


『日本のこころ』とやらを歌い上げる演歌歌手にしては、好みが洋風なんだな。


 俺は苦笑しながら、彼女の言葉に従って、淹れたばかりのブルーマウンテンをカップに注ぎ、彼女の前に置いた。


『ミルクと砂糖はありませんので、その点ご承知おきの程を』


 彼女は俺の断りに何の異議も挟まず、黙ってカップを取り、口をつけた。


 彼女の名前は・・・・藤堂ゆう子・・・・聞いたことくらいはあるだろう。


 今年でデヴュー20周年を迎える演歌歌手である。


 18歳の時、素人参加の歌謡選手権番組で優勝し、某有名作曲家に見いだされてこの世界に飛び込んで以来、地味だが常に順調にヒットを飛ばし続けてきた。


 俺は演歌には殆ど興味はないが、たまにラジオやテレビなどで聴く歌声は、なかなかと感心させられるものを持っていることくらいは理解出来る。


 彼女が俺の所にやってきたのは、昔ある調査で一緒に仕事をしたことのある探偵仲間からの紹介だった。


 歳が明け、三が日の最後、つまり一月三日の金曜日である。


なんだって?


(探偵には正月はないのか)?


 当り前だろ。


 俺達はフリーランスだぜ。


 働ける時に働く。


 だが休む時は休む。


 そんなのは世間の正月だの何だのとは無関係だ。


 ま、それはともかく・・・・彼女は何杯目かのキリマンジャロを飲み干すと、やっと依頼を切り出した。


『これが、姉です』


 そういって取り出したのは、随分古い写真だ。


 カラーだったが、色が褪せて、完全にセピア色に染まっている。

 三つ揃えの紺色のスーツにブルーのネクタイをした少し痩せ気味の男性と、


 和服に羽織姿の、典型的な日本美人と言った女性、それに海老茶色のセーラー服に、お下げ髪の、目鼻立ちのはっきりした少女と、もう一人はそれよりやや年下と

思われる、クリーム色のワンピースを着た少女という、合計四人が写っていた。


『私がまだ小学校に上がる少し前、幼稚園の年長組いた頃、正月に写した写真です。』


 つまりはワンピースを着た年下の少女が、今をときめく演歌歌手の藤堂ゆう子という訳だ。


『セーラー服の方が私の姉・・・・名前をみや子といいます』


『なるほど、つまりご依頼の件と仰るのは・・・・・』


『そうです。この姉の行方を捜して欲しいんです』






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