2の100乗ビット

金星人

第1話

ここは特殊な新物質を探求している民間研究所。数々の有名な財団の資金援助を受けて日夜研究が行われている。何故財団が資金援助をしてくれるのかというと常温で使える量子コンピュータを作るために他ならない。もう少し詳しく言うならば、量子コンピュータに必要な素子の中に超伝導の性質を利用した物があり、キュリー温度まで冷却しないとその性質が現れない。つまり冷却装置がかさばると言うのが一部屋丸々使ってしまうようなサイズのコンピュータになっている1つの理由だ。つまり簡単に言うならキンキンに冷やさなくても日常的な気圧、温度の下で使える超伝導物質が欲しいわけだ。そうすれば普段使う電子機器の性能は格段に上がる。財団はそこに投資しているのだ。きっとこの技術が完成した頃にはスマートフォンは名前を変えてquantum phone とでもなっているだろうか。いや、その頃には体内埋め込み型かもしれない___。

そんな未来を夢見て研究している人たちがいる。


「あぁ、今回も失敗だ」

「おかしいなぁ、この元素の比率じゃ無理なのかな」

「恐らくはそうだろう。このリートベルト解析の結果を見るとブロック層が綺麗に出来ていないのは明らかだ。」

「はぁ、疲れたなぁ。早く帰って休みたいよ、もう年末なんだしさ。だいたい超伝導層がBiS2のやつは調べ尽くしたよ。もう見つかる気がしない。」

「いや、まだあるはずだ。きっとなんかあるはずだよ。諦めずにもう少し頑張ってみよう。」

「でもとりあえず腹ごしらえだ。とっくに一時半を回っているし。な?ちょっと息抜きするのも大事だろ?」

「ううん、まぁ、そうするか。」

二人は研究棟4Fから1Fにある食堂へ向かった。エレベーターが着き、疲れてフラフラした足取りで乗ると、一人が溜めに溜めた鬱憤を吐き出すように吠えた。

「そもそもだ、こんなに高温の下で存在できる超伝導があるわけないだろ!306Kで超伝導を示してるんだぞ?何でノーベル賞がもらえないんだ、全く」

「奴のせいだ。うちらの天敵、iCHIBAN-NORIが308Kに耐える物を作ったからだよ。あの企業があと三年発表を待ってくれたらうちの会社は究極高温超伝導の先駆け、とかって言われたのになぁ。俺らの発表と同時刻に論文発表しやがった。お陰で俺らの方は誰も誉めてくれない。それで挙げ句の果てに社長は躍起になって2年以内に350Kだー!、なんて言い出すしさ。こっちは冬休み返上だよ。」

「全くだ。大体スマートフォンとかに使えりゃ良いんだろ?だったらそんな高温でなくても十分だろ。」

「なに言ってるんだ。今スマホどこに持ってる?」

「ポケット」

「だろ? 人間の体温は310Kなんだぞ?それぐらい耐えないと実用的じゃないんだ。

「じゃあパソコンとかアンドロイドになら俺らのだって充分使えるだろ?」

「夏場はどうするんだ」

「えぇっと…アイスノンとかで」

「はぁ、それじゃあ結露で傷むよ。」

このように日常会話も超伝導の話で持ちきり。しかしiCHIBAN-NORI社が勢力を強めてきてからは二人の会話は文句や不満が増えるようになった。何しろ民間企業なのだから、いくら量子コンピュータ開発に熱が注がれている時代とは言え競争に負けたらあっという間に潰されてしまう。皆、焦りと不安を抱えていた。


カンコン、1階です


エレベーターのアナウンスが聞こえてドアが開くと先に昼食を取っていた職員たちのガヤガヤ声と同時に料理の美味しそうな匂いが漂ってくる。二人はさっきまでのモヤモヤを忘れて深呼吸のように匂いをかぐ。

「良い匂いだ。今日のオススメはビーフカレーだな。」

「間違いない」

二人は頼んだカレーで頭の中がいっぱいだったが席に着いて食べ出すとやはり研究のことを思い出す。

「いっそのことLaを変えて別の元素でブロック層を作ってみないか?」

「他のでやって上手く行くかねぇ。ここんところで試したやつではそれが一番上手く…いや、待てよ、そう言えば彼女もそんなことを言ってたな。」

「誰だ、その彼女ってやつは」

「いや、大したことじゃないんだ。この間、この会社のそばによく行くバーがあってね。いつも夜遅くに入るのもあるが客は大抵俺一人で店の雰囲気も良い。そしてまたバーテンダーをやってる女性が美人でさ、話題がよく合うんだ。だからよく行くんだけど1つ不気味なことがあってね。」

「何?」

「よく当たるんだよ、未来のことが。」

「おいおい、占いの話かよ」

「俺だって最初は話半分にしか聞いてなかった。でもびっくりするくらい当たるんだよ。例えば今回のiCHIBAN-NORIに負ける話。論文発表の3週間前にピタリと当てやがったんだ。俺らがあの会社にギリギリのところで競り負けるって。しかもキュリー温度までピッタリと分かってたんだぞ?」

「たまたまだろ。ニュースを細かく見てりゃ当たりがつくし。それで、良い組成の話も言ってたんだろ?早くそれを試そうじゃないか。」

「いや、それを前から聞こうとしてるんだけど、それを言おうとした途端ふらっとして寝てしまうんだ。」

「なんだそれ、お前には教えたくないって嫌われてるんじゃないのか」

「そんなことはないはずだ。色々良いことも教えてくれるし。この会社の入社試験だって彼女がいなけりゃ受かってなかったね。ここだけの話、彼女あの時の試験の答えを知ってたんだ。」

「嘘だろ、この会社のそういうセキュリティは高度だって聞くけどな。」

「何で知ってたとか、そういうことは聞かないことにしておいたよ。けど俺をこの会社に入れてくれたんだ。むしろ彼女は俺に惚れてるね。」

「はいはい、わかったわかった。ん?…あぁ、まただ。」

「どうしたよ、おい!まじか!」

彼が見せてきたスマートフォンの画面にはあるニュースが写っている。そのタイトルはこう、記述されていた。


「iCHIBAN-NORI社、超伝導素子利用のアンドロイド頭脳量子回路完成間近! プロトタイプによる試験開始」


「昨日行った時に彼女がこの事を言ってたんだ。」

「嫌なことばかり当てるなその女は。しかし、いよいようちの会社もまずいぞ。速く研究室に戻って続きを始めよう。」

「そうしよう。」


二人は急いで戻り、研究の続きを始めた。しかし急いだところでここ最近続いている手詰まり状態が解決するわけではない。色々試すが良い反応は見られなかった。そして時間ばかりが過ぎていく。

「駄目だ。もう試す元素も尽きた。」

「あぁ、彼女に来てもらって最高の組み合わせでも言い当ててもらいたいもんだ。呼ぶか?いや、呼んでも肝心なところで寝こけちまうんだったっけ」

「俺のことが好きで顔を見るとクラっとするんだろうな」

「酒飲んで金落としてくれる客が好きなんだよ」

「夢もない言い方しやがって。でも今日はもう遅い。そろそろ終わりにしよう。」

「そうだな」

片付けの後、会社を後にしてそれぞれの帰路についた。


しかし、何が不味いのだろうか。色々やったがもう少しのところで306Kも越えると駄目なんだよなぁ


帰り道もそんなことを考えているとあの行きつけのバーの前に来ていた。新物質の組成まで当てられるとは流石に思ってはいないが幾度に言いかけたところで寝られてしまうと嫌でも気になる。

勿論、あの娘の寝顔がかわいいなんて…全然思ってない。

と考えているうちに店のなかに入って

「やぁ、また来たよ。」

と声をかけていた。今日は家に帰って早く寝ようかと思ったのだが__。


「あら、今日も来たのね。昨日も突然眠くなっちゃってごめんなさい。それで研究は進んでるの?」

「いや、あまり進捗なしだ。マティーニを1つ。」

「甘口よね?」

「いや、今日は辛口のがいい。」

彼女が作っている間、店内をぼぉっと見ていた。彼女の立つ後ろ側にはお洒落なラベルのついた瓶が沢山並んでいた。酒はあまり詳しくないが、その陳列した瓶が程好く薄暗い照明に照らされてこの店のシックな雰囲気を醸し出し、とても落ち着く。

「はい、マティーニ辛口ね。それで昨日の研究の話の続きなんだけどLaと結合させてるのが酸素と鉄じゃなくてここは別の方がいいと思うわ。」

「ん? あぁ、超伝導素子のブロック層の話ね。昨日そんな話をしたっけ?」

「えぇ、色々ね」

「前から気になってたんだけど君は一体何者なんだい?研究の話をしても普通に理解できるし予言ができたり。まぁ、色々助かるときもあるから嬉しいんだけどね。」

彼はそう言って微笑んだ。すると彼女は慌てて目線を反らす。

「な、何だって良いじゃない。ただのバーテンよ。それよりもっと研究の話をしてよ。気になるわ」

「でもあまり言いすぎるとどうやって情報が漏れるかわからないからなぁ。一応企業でやってるし。」

といって断ろうとするも、ついついしゃべってしまう。

「実は今日はね、こんな研究をしたんだけどね…」

彼女は真剣に聞くだけでなく的確なアドバイスもくれる。ちゃんと理解してくれるのだ。そう思うと気分が良くなって研究の詳しい内容まで喋ってしまう。何せ、美人で聞き上手なのだから話題が見つかったら会話は続けたくなってしまうものなのだ。

いつも研究の話。試した材料の混合比がどうとか試料にかけた圧力がどうとか…

様々な話をするが実験は目的の超伝導体を作れているわけではないので結局最後はこの台詞を言うことになる。

「…こんなに君は詳しいんだ。どうだい、一緒に研究をしてみないか?」

そう言われるとまた彼女はすぐ目線を反らす。

「一緒にだなんて、恥ずかしいわ。無理よ。」

「いつもそうやってフラれてしまうなぁ、じゃあせめて君が予想するブロック層に使える元素を"予言"してみてよ」

「それは…」

そう言いかけて彼女は彼に目を合わせた途端、ぱたりと寝てしまった。

「また寝てしまった。いつも口説いて聞き出そうとするんだが、重要なところで教えてくれないんだよなぁ。まぁ、でもこうやって話を聞いてくれるだけでもストレス解消にはなる。今日はここで帰るか。閉店の時間だし。ご馳走さま。」

彼は酒代をカウンターにおき、店を出ていった。



店には彼女を残して静かだった。彼女の寝息すら聞こえてこない。いや、全く息をしていない。すると暫くして誰も居ないことを確認したように恐る恐る、店の奥から男が1人現れた。そして彼女を見てため息をつくと彼女の髪の毛をよけて頭をパカッと開けた。

「おかしいなぁ。何であの台詞を言わせようとすると落ちてしまうのだろう。いつもあの台詞を言う直前に彼と目を合わせるとここの超伝導素子がイカレちまうんだ。くそ、人間みたいに頬を赤らめやがって。まぁ、いいか。こうやってアンドロイドのプロトタイプの試験は出来ているし、ライバルの会社から情報は抜き取れる。これでまた我がiCHIBAN-NORI社は競争で勝てるな。」

男は傷んだ素子を丁寧に抜き取りスペアパーツを奥へ取りに行く。

そして彼は足を止め、彼女の方を振り替えった。

「まさかアンドロイドが恋心でも覚えてショートしているなんてことは………ないよな」

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2の100乗ビット 金星人 @kinseijin-ltesd

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