第100話 別に優しくはなかった

「ウホオオオオオオオオッ!!」


 巨大な猿の魔物が雄叫びを轟かせる。


「か、かかれええええっ!」

「「「おおおおおっ!!」」」


 指揮官の号令を受け、決死の覚悟で特攻する聖騎士たち。

 だが大猿が振り回した丸太のごとき腕によって、彼らは宙を舞った。


「何という強さだっ……」

「くそっ! 急いで港に向かわねばならぬというのに……っ!」

「いや、あれはこの辺りでは見かけない魔物……恐らく獣人どもが連れてきたのだろう……」

「なっ、獣人はあんな魔物まで使役するというのかっ!?」


 大猿が街道を完全に塞いでいることで、港町への援軍が足止めを喰らっているのだ。


 彼らが推測する通り、獣人が船で別大陸から連れてきたのである。

 この大陸と比べても、強力な個体が多いのが異大陸の魔物だ。

 聖騎士たちが苦戦するのも頷ける。


 しかもすでに獣王軍の先遣隊らしき一団が上陸し、港を荒らしているとの情報があった。

 このままでは援軍を送る前に、港町が占拠されてしまう。


 そうなると獣王軍本体の上陸を許してしまうことになるだろう。


「どうすれば……」


 と、そのときだった。

 空から何かが降ってきたかと思うと、それが巨大な大猿へと激突する。


 ドオオオオオオオオオオオンッ!!


「ウホオオオオオオオオオッ!?」

「「「……え?」」」


 気づけば大猿が遥か遠くまで吹き飛んでいた。

 代わりにその場に現れたのは、空から降ってきた何か――いや、人だ。


「あ、あの大猿を一撃で……?」

「ていうか、今、空から降って来なかったか……?」

「だ、誰なんだ、あの白髪の青年は……」


 大猿は遠くの岩山に激突し、動く気配はない。

 聖騎士たちが呆気に取られる中、謎の青年は彼らの方を振り返ることもなく、そのまま再び空へと飛び上がった。


「な、何者だったんだ……?」

「港の方へ飛んでいくぞ……っ!?」


 その青年が去っていったのは、まさしく彼らが向かっている港町の方向だった。


「味方……なのか?」

「おい、街道が通れるようになったんだ! 俺たちも急ぐぞ!」


 聖騎士たちは慌てて街道を前進した。




   ◇ ◇ ◇




 途中、街道を塞いでいた巨大な猿の魔物を吹き飛ばしたりしつつ、俺は空を飛んで港町へと辿り着いた。

 俺たちが船でこの国に着いたあの港である。


 突如として海から攻めてきたという獣人の軍団。

 それに対抗するため、力を貸してほしいと頼まれたのだ。


 俺は善良なるアンデッドなので、助けを求める声を無下にはしない。

 そこで単身、港町へとやってきたというわけだった。


 援軍と一緒に向かうより早いしな。

 それにコミュ障の俺には単独行動の方が気楽だ。


 聖教国がアンデッドを操っているなどと思われては問題なので、そもそも独自の判断で勝手に協力しているという体である。


「って、すでに大分やられてるんだが……」


 空から見下ろしてみると、建物が無残に破壊されていたり、獣人や魔物が我が物顔で闊歩していたりと、もうほとんど占領されていると言っても過言ではない状態だった。

 建物に籠城して交戦中の人たちが辛うじて残っているものの、それもいつ陥落するか分からない様子だ。


 海の方に目をやると、まだかなり沖の方ではあるが、港へ大量の船が向かってきているのが見えた。


 巨大宗教組織の総本山ではあるが、聖教国自体はそれほど大きな国ではない。

 あれが上陸したら一巻の終わりだろう。


 港町に着陸した俺は、ひとまず目についた順番に魔物や獣人を倒していくことにした。


「グルアアアアアギャウッ!?」

「ほう、まだ人間の生き残りがいぶぎゃっ!?」

「何だ、こいつ!? 強いがぁっ!?」


 どうやら今この港を占拠しているのは熊の獣人たちのようだ。

 どいつもこいつも魔物のオークやオーガに引けを取らない巨体で、それでいて言語を使えるほどの知能があるのだから厄介な相手である。


 それに熊らしく鼻が利くらしい。


「隠れても無駄だぜ」

「ひぃっ!?」


 甕の中に身を潜めていた住民が見つかり、中から引き摺り出されていた。


「ん? 何だてめぇぶごぉっ!?」


 そうした住民を助けたり、決死の籠城戦をしていた人たちを救ったりしていると、どうやら獣人たちに俺の噂が広がったらしく、


「いたぞ! あいつだ!」

「はっ、人間のガキじゃねぇか」

「見た目に騙されるんじゃねぇ! 仲間が何人もやられたらしいからな!」


 獣人たちが俺のところへ押し寄せてきた。


「ぐおあっ!?」

「ぶげっ!?」

「がぁぁぁっ!」


 そいつらも千切っては投げ千切っては投げしていると、今度は奴らの親玉らしき熊の獣人が現れた。


「貴様か、うちの連中を可愛がってくれたのは」


 とにかくデカい。

 身長は二メートル半ばくらいあって、全身は岩が張り付いたような筋肉で覆われている。


 まるで毛の生えたゴーレムだ。

 魔物と言われても納得できるだろう。


「オレはうちの連中を家族だと思っている。だから手を出した奴には容赦しない主義でな……」


 ドスの効いた声でこちらを威圧しながら、悠然と近づいてくる。


 ……いや、自分から攻めてきておいて、その主張はどうよ?


「さっきもそれで人間を一匹、半殺しにしてやったところだ」


 半殺しなのか……意外と優しい?


「すぐ殺すなんて真似はしない。自分がやったことを十分その身に刻み込んでやらないとな」


 別に優しくはなかった。


 目の前までやってきた巨大なボス熊は、腕を大きく振りかぶった。

 ゴウッ、と爆風のような音とともに迫りくる拳。


 バァンッ!


 それを俺は片手で受け止めたのだった。


「……は?」

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