第76話 食事をしてみた

 聖騎士少女と共に検問を潜り抜け、街へと入った。


「そもそも私がいなければ街に入ることもできないというのに」

「夜になれば城壁を超えようかと……」

「それで万一見つかったら大ごとだったぞ? ……ちなみに船が出る場所は分かっているのだろうな?」

「あ」

「まったく……上手く合流できなかったら一体どうするつもりだったんだ?」

「……」


 呆れ顔で指摘されて、俺は何も言い返せない。


 もっとも、一人でここまで来たことが間違っていたとは思っていない。

 実際に冒険者たちに襲われたわけで、もし彼女がいたら確実に巻き込んでいたはずだからだ。


 船の出航は明日なので、今日のところは宿に泊まることになった。


 港町のため宿は多い。

 適当な宿を見つけ、中に入った。


 かなり広いエントランスだ。

 どうやら高級宿らしい。


 王都で泊まった宿も立派なものだったが……結構お金を持っているのだろう。

 もちろんすべて聖騎士少女に払ってもらっている。

 俺は無一文だしな……。


「いらっしゃいませ」


 丁寧なお辞儀とともに、若い女性スタッフが出迎えてくれる。

 フードで顔を隠した俺が気になったのかチラリと見てきたが、それには触れずに「お二人様でしょうか?」と訊いてくる。


「ああ。二人だ」

「お部屋はいかがなされますか?」

「二人部屋で頼む」

「畏まりました」


 ……は?

 ちょ、ちょっと待った。


 今、二人部屋って言わなかったか?

 王都で泊まったときはちゃんと一人部屋を二つ取ったはずだが……。


 しかし悲しいかな、指摘したいことがあっても指摘できないから俺はコミュ障なのだ。

 あと、見知らぬ人が近くにいると上手く喋れなくなる……。


「ではごゆっくりどうぞ」


 結局、何も言えないまま、同じ部屋へと案内されてしまった。


 二人きりになったところで、ようやく恐る恐る訊いてみる。


「えっと……何で同じ部屋なんだ……?」

「そうしないと貴様がまた逃げるかもしれないだろう」

「さ、さすがにもう逃げないって……。これから船に乗るんだし……」

「ふん、どうだかな。貴様なら一人で海を泳いで行ってしまってもおかしくない」


 なるほど、その手があったか!

 思わず手を叩きかけたが、すんでのところで我慢した。


 確かにそうだ。

 今の俺ならわざわざ船に乗らなくても、無限に泳ぎ続けることができるだろう。


 いや、むしろ空を飛べばもっと早い。

 もちろん聖騎士少女はまだ知らないはずだが、俺はこの短期間で飛行魔法を習得したのだ。


「ぜ、全然方向が分からないし、下手したらまったく違う場所に着いてしまうって……」


 とはいえ、乗っていれば勝手に目的地に着いてくれる船と違い、自力では大いに迷って、いつまで経っても到着できない可能性もある。

 やはりここは大人しく船を使った方がいいだろう。


「……は?」

「え?」


 聖騎士少女が急に変な声を出したので、俺はびくっとしてしまう。

 また何か怒らせるようなことをしてしまったのだろうか?


「なんでベッドが……」

「あ」


 彼女の視線を追って部屋の奥を見てみると、そこにあったのは通常より大きなサイズのベッドが一台。

 恐らく二人用なのだろう。


「ちょ、ちょっと待て。なぜベッドが一つしかないんだ? くっ、そうか……よく考えたらちゃんとシングル二台と伝えていなかったな……」


 聖騎士少女は踵を返し、部屋を出て行こうとする。


「部屋を変えてもらおう」


 どうやら店員に部屋の変更をお願いしにいくらしい。


 ……さすがコミュ力がある人間は違うな。

 俺みたいなコミュ障二人だったら、間違いなくこのまま何も言わずにこの部屋を使っていただろう。


「申し訳ございません……今はダブルベッドの部屋しか空いておらず……」


 だが先ほどの店員に事情を話すと、二人用の部屋は先ほどのものしかなかったようだ。

 申し訳なさそうに謝ってくるスタッフを責めるわけにもいかない。


「少し割高になってしまいますが、一人部屋なら二つ用意できるのですが……」

「ぐ……そうだな……」


 聖騎士少女が頭を悩ませている。

 ここは仕方がないから二部屋にしよう、と俺は後ろから密かに〝念〟を送った。


 だが俺の思いは伝わらなかったようで、


「いや、ならば先ほどの部屋で構わない。手間をかけたな」

「大変申し訳ありません」

「君のせいではない。気にするな」


 えええっ!?

 ちょっ、何で二部屋にしないんだよ!?


 部屋に戻ると、俺の不満が伝わったのか、聖騎士少女が口を開く。


「さっきも言ったが、やはり貴様が逃げるかもしれないからな」

「逃げないって……」


 ……まぁでも、俺が床で寝ればいいだけか。

 冒険者時代から野宿には慣れているし、室内というだけで十分過ぎるほどだ。


「……一応言っておくが……変なことをしてきたら許さないからな?」

「しないって!」


 それから俺たちは食事を取ることにした。

 と言っても、アンデッドの俺には必要ないのだが、


「一応、味覚はあるのだろう? せっかくだから食べてみたらどうだ。幸いこの部屋まで運んできてくれるサービスがあるらしい」

「なるほど。じゃあ試してみようかな」


 注文してしばらくすると料理が運ばれてくる。

 その中にやたらと香ばしいにおいを漂わせる、不思議な円形の食べ物があった。


「何だ、これは……? 焼いたパンに具材が乗っているようだが……」

「貴様、ピザを知らないのか?」

「ピザ?」


 聞いたことのない名前だ。

 どうやら薄く伸ばした小麦粉の生地の上に色んな具材を乗せ、窯で焼き上げた料理らしい。


 港町だから目の前のものは海鮮がふんだんに使われているが、他にも色んなバリエーションがあるそうだ。


「そうか、貴様が生きていた頃にはなかったか、もしくはまだ世の中に浸透していなかった料理なのだな。今ではごく一般的で、誰もが知っている料理の一つだぞ」


 考えてみたら、この時代の料理を見るのは初めてだ。

 俺が生きていた頃にはなかった料理があってもおかしくない。


 俺は恐る恐る口にしてみる。


「う、美味い!?」


 俺は思わず目を見開いた。

 幸いアンデッドになっても味覚は失われていなかったようだ。


「そうだろう。ピザは美味いだろう。ただ、食べ過ぎると太ってしまうのがな……」

「もぐもぐもぐ……」


 これは確かに食べ過ぎてしまいそうな美味さだ。


「こっちは……魚?」

「生魚の切り身だな」

「えっ? 魚を生で食べるのか?」

「ああ、この辺りでは最近になって一般的になってきた食べ方だな。東方から伝わってきたらしい」

「へえ……」


 試しに食べてみる。

 生きていた頃なら腹を壊してしまうのではないかと躊躇しただろうが、アンデッドなのでそんな心配は不要だ。


「あ、これも美味いな」


 久しぶりに味覚が刺激されたからか、気づいたら一人で結構な量を食べてしまっていた。


「貴様、よくそんなに食べることができるな?」

「アンデッドだからか、まったく腹が膨れない。永遠に食べることができそうだ」

「そもそも消化されるのか……?」


 そう言えば、アンデッドになってから一度もトイレに行ってないな。

 食事をしたらさすがに排泄するのだろうか?

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