第65話 確かに会ってた
「まさか、本当に連れて来てくれるとはな」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、どこかで会ったことのある壮年男性だった。
立派な顎鬚の偉丈夫で、全身から醸し出される威厳は、明らかに大物のそれだ。
ただ、一体どこで会ったのか、俺は咄嗟に思い出すことができなかった。
「申し訳ありません、陛下。このような場所までわざわざお越しいただいて……」
「いや、こちらこそ、余の願いにこたえてくれたにもかかわらず、城で持て成すことができずに申し訳ない。さすがに世間を騒がせているアンデッドを、城に招き入れるわけにはいかぬからな」
威厳があるのも当然だ。
なにせ聖騎士少女が「陛下」と呼んだこの男こそ、ここロマーナ王国の国王だというのだから。
しかも英雄王などと呼び称えられるほどの名君らしい。
そんな人物が、わざわざ王宮を抜け出し、俺に会うためこの宿の一室まで訊ねてきたのだ。
お忍びだからか、品がありながらも地味な衣服を身に付けている。
うーん……どこで会ったんだっけな……?
彼は俺がいまいちピンときていないことに気づいたのか、
「覚えていないか? 先日、貴殿に助けてもらったのだがな」
「……?」
助けた?
英雄王なんて呼ばれるような人物を、俺が?
ますます理解できない。
「もし貴殿の助けがなければ、余はあの恐るべき雷竜帝によって殺されていただろう」
「あ」
そこでようやくピンときた。
そうだ、あのときのおっさんだ!
最初いきなり俺を追いかけてきたので思わず逃げて、その後はあのドラゴンと戦って死にかけていたところを助け、代わりにドラゴンを倒したのだ。
軍の中でも偉い人物なのだろうと思っていたが、まさかこの国の王様だったなんて……。
「余だけではない。あのまま貴殿がいなければ、この王都は雷竜帝によって滅ぼされていたかもしれない。このような場所で非常に申し訳ないが、個人として、そして国王として、貴殿に心からの礼を述べたい。ありがとう」
そう言って、英雄王は深々と頭を下げてきた。
前世を含めても、一国の王から頭を下げられたことなどあるはずもない。
俺はこの信じがたい状況にあたふたすることしかできなかった。
そんな俺の戸惑いを余所に、英雄王は頭を上げると、
「無論、言葉だけでは貴殿の活躍に報いることなどできぬ。何か相応の褒賞を出そうではないか」
ほ、褒賞……?
いやいや、俺は別に欲しいものなんてないんだが……。
そもそもアンデッドだし、これから浄化されに行くのだ。
何かを貰ったところで、役に立たないだろう。
「どうした? 何でも言ってみるがよい。余はこれでもこの国の王だ。よほどの難題でない限り、叶えてみせよう」
俺がどんな褒美をもらおうか迷っていると思ったのか、英雄王はそんな風に促してくる。
だがコミュ障の俺に、一国の王からのせっかく提案を断るなんて真似、できるはずもなく。
「……陛下」
俺が助けを求めるように視線を向けると、聖騎士少女が察してくれた。
「彼は見ての通り、人間との会話を非常に苦手としています。ですので、代わりにわたくしがお話ししてもよろしいでしょうか?」
「む、そうか。もちろん構わぬ」
……よかった。
英雄王の視線が聖騎士少女の方を向いて、俺はホッと安堵の息を吐く。
そうして彼女が英雄王に語ったのは、俺が先日彼女に教えた内容そのままだった。
ダンジョンで死に、アンデッドとなって彷徨い続け、そして自我を取り戻していくまでの経緯である。
しかも俺が一時間かけたものを、たった十分ほどで過不足なく。
……横で聞きながら、自らの言語能力の低さを改めて痛感させられる俺だった。
「なるほど……まさか、あのエマリナ帝国の時代に生きた人間が、アンデッドとなって今の世に蘇ったとは……」
すべてを聞き終えた英雄王が感嘆の声を漏らす。
アンデッドだし、蘇ったとは言わない気もするけど。
「ざっと五百年も昔に栄えた国だぞ。もしこのことを知ったら、歴史学者たちは狂喜乱舞するだろう。場合によっては定説が覆るかもしれない」
歴史に興味があるのか、英雄王は興奮したように言う。
「もちろんアンデッドが語ったことが、歴史の証言として認められるとは思わぬが……しかし余個人としては非常に興味がある」
いや、残念ながら俺はただの冒険者だ。
当時のことについて、学者の参考になるようなことを教えられるとは思えない。
「陛下、申し訳ないのですが、実はこれから我々は聖教国に向かうつもりなのです」
「なに、聖教国に?」
「はい。彼を浄化するためです」
「っ?」
それから聖騎士少女は、俺が今すぐ死にたがっていることを英雄王に告げた。
「なんということだ……せっかくの希少な歴史の生き証人が……な、なんとかならぬのか? 考え直してくれれば、どうにか貴殿が住める場所を用意して……」
「……陛下、お気持ちは分からなくもないですが、さすがにこれほどのアンデッドをこの国に置いておくわけにはいかないかと……」
「むう……そうだな……」
とても残念そうに唸る英雄王。
「いや、すまない。話がそれてしまったな。しかし、そうか……自ら浄化を望んでいるのか……。確かに、長きにわたってあり続けたならば、この世に未練などなくなってもおかしくはないか……」
「というわけですので、褒賞にも興味がないようなのです」
「だが、それでは余の気が済まぬ。……うむ、そうだな。ならばせめて、聖教国までの移動手段を用意しようではないか」
「それは助かります」
なるほど、移動手段なら貰っても無駄にはならないぞ。
「飛空艇を用意できれば一番早いのだが、生憎と使用のための制限が厳しい。船でも構わないだろうか? 陸路では、幾つか国境を超えなければならないからな。直接、聖教国内に入れる航路の方がよいだろう」
すぐに聖教国行きの船を手配してくれるそうだ。
この宿にチケットを送ってくれるという。
「もう少し色々と聞きたいことはあるのだが……生憎と、余も忙しくしておってな。これで失礼させてもらう」
英雄王は名残惜しそうにそう言って、部屋を出て行こうとする。
その去り際、ふと何かを思い出したらしく、
「そうであった。……一つ、伝えるべきことを忘れていた。実は、多くの人がノーライフキングに怯える一方で、一部に真逆の考えを持つ者たちが増えてきているようでな」
「真逆の、ですか?」
「うむ。なにせ災厄級に指定されている魔物だ。もし討伐に成功すれば、多額の賞金を得ることができる。ゆえに、特に若くて血気盛んな冒険者たちが、一攫千金を狙い、討伐せんと意気込んでいるらしいのだ」
「……愚かな者たちがいるものですね」
「まぁ、いつの時代も若者とはそういうものだ」
英雄王は苦笑する。
「貴殿には何の障害にもならぬだろうが……一応、伝えておくべきかと思ってな」
「ありがとうございます」
俺の代わりに聖騎士少女が礼を言ってくれた。
そして今度こそ、英雄王は部屋を出ていったのだった。
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