第60話 魔導砲を弾いた
「の、ノーライフキング接近中っ! 信じられない速度でこちらに向かってきていますっ!」
「魔力装填完了っ! いつでも発射できますっ!」
迫りくる大災厄を前にしても、天才魔導師メルビンはまるで動じなかった。
それどころかいつもの癖の強い笑い声を響かせ、
「ひょっひょっひょっ! それではお披露目と致しましょう! 帝国の魔導技術の粋を極めたこの魔導砲、歴史を変えるその威力をねぇ!」
そうしてカウントダウンがスタートする。
五、四、三、二、一――
「発射ぁぁぁぁぁぁっ!」
◇ ◇ ◇
パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!
魔力と魔力が激突し、轟音が響き渡った。
一瞬の拮抗。
しかしすぐに優勢となったのは、俺の魔力の方だ。
「らあああああっ!」
気迫の声とともに、一気に押し返す。
魔力の光が弾き返され、天高く飛んでいった。
「……ふう」
思わず息を吐く。
視線を落とすと、脇に抱えていた黒装束が気を失っていた。
「やっぱり置いていくか」
近くの草の上へ無造作に放り捨てる。
またあれが放たれたとき、こいつがいると邪魔になってしまうしな。
女帝の場所まで案内してもらうつもりだったが、教えられるまでもなく、恐らく城にいるだろう。
都市内に侵入しさえすれば、すぐに分かるはずだった。
それから俺はさらに帝都へと近づいていった。
巨大砲からは、一向に先ほどのような魔力が感じられない。
どうやら何発も連続で撃てるようなものではないらしいな。
よく見ると城壁の上にいる兵士たちが慌てふためいていて、防がれるとは思っていなかったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「……は?」
メルビンは我が目を疑った。
十分な魔力を装填し、照準も完璧。
確かに魔導砲の一撃が命中したはずだった。
だが……ノーライフキングはまったくの無傷。
「魔導砲をっ……弾いてしまいましたぁぁぁぁぁっ!?」
顎が外れそうになるくらい口を開き、メルビンは叫んだ。
そう。
信じがたいことに、魔導砲の閃光はノーライフキングに直撃した瞬間、まるで反射したかのように方角を変え、雲を吹き飛ばしながら大空へと消え去ってしまったのだ。
……ちなみに彼らの目では、魔力を帯びた拳で殴り飛ばすところまでは捉えることができていない。
「ももも、もう一発ですっ! もう一発放つのですよぉぉぉっ!」
「む、無理ですっ! たとえ今から始めたところで、魔導砲の装填には時間がかかりますっ! それに捕虜たちの魔力回復を待たなければ、初弾ほどの威力は……っ!」
「つべこべ言わずにとっとと装填を開始しなさい……っ! 先ほどのはきっと何かの間違いです……っ! そうに違いありませんっ!」
メルビンは我を失い、冷静な判断すらできなくなっていた。
一方その頃、城壁の上から一部始終を見ていた白金級の冒険者は――
「あ、あ、あ、あれをっ……弾きやがったぁぁぁぁぁぁっ!?」
腰を抜かしていた。
「ひ、ひぃぃぃっ……」
慌てて逃げようとするが、上手く立つことができず、城壁の上を這うように進んでいく。
「こ、この国もダメだっ……もっとっ……もっと遠くに逃げねぇとぉぉぉ……っ!」
……もちろん彼女のことなど、当のノーライフキングの頭の中には欠片もなかった。
女帝デオドラの座す大広間に、伝令の兵士が駆け込んできた。
「へ、陛下っ! ご報告です……っ! ま、魔導砲が発射されっ……ノーライフキングに直撃しました……っ!」
玉座に優雅に腰かけ、女帝は満足そうに頷く。
「うむ、よくぞやった。後ほどメルビンには相応の褒美を与えねばならぬのう」
それから聖騎士の少女へと視線を向ける。
これも一興だろうと、わざわざ玉座の近くまで連れてきていたのだ。
「残念ぢゃったのう、そなたの予想が外れて。いかに災厄級のアンデッドといえ、わらわの帝国にかかればこの通りぢゃ」
だがそんな女帝の勝ち誇るような言葉に、聖騎士――リミュルは鼻を鳴らした。
「何を言っている? 当たったのは私の予想だ。報告を最後までちゃんと聞くんだな」
「なに?」
女帝が眉をひそめながら伝令の兵士を見やると、兵士は額から噴き出す汗そのままに報告の続きを口にした。
「で、ですがっ……ノーライフキングは無傷……っ! まったくダメージを与えられませんでした……っ!」
「な、何ぢゃと……っ!?」
女帝は思わず玉座から立ち上がった。
初めてその流麗な顔に動揺が浮かぶ。
「は、外したわけではなく、直撃しながら無傷ぢゃと……? そんなことはあり得ぬっ! あの魔導砲の威力は、極大魔法の数百発分にも相当するのぢゃぞ……っ!?」
信じられないとばかりに叫ぶ女帝とは対照的に、今度は捕らわれの聖騎士が勝ち誇った。
「だから言っただろう? 奴を倒すことは不可能だと」
「だ、黙れ、小娘がっ! まだ帝国が負けたわけではないっ! すぐに全軍で奴を迎え撃つのぢゃぁっ!」
女帝がそう命じた直後だった。
新たな伝令が飛び込んできて、追い打ちをかけるような状況を告げたのだ。
「ご報告ですっ! じょ、城門がっ……城門が破られました……っ!」
「何ぢゃとおおおおおおおおっ!?」
◇ ◇ ◇
「銃撃部隊、構え! ――発射っ!」
城壁の上にずらりと並んだ兵士たちから一斉に放たれたのは、高速回転する鉄の塊だった。
それが雨のごとく降り注いでくるが、しかし当たっても少しチクチクするだけで、俺の身体に傷をつけることはできない。
「まったく効いていない……っ!?」
「や、やっぱり魔導砲すら通じなかった化け物に、ただの銃が効くわけねぇんだよぉっ!」
「マズい!? じょ、城門に……っ!」
目の前に迫ってきたのは堅固な城門だ。
分厚い門扉が締められており、侵入者の行方を阻んでいる。
このまま行くと、あれに激突してしまいだろう。
しかし俺は速度を落とすどころか、むしろ加速。
思い切り門扉へとぶつかっていった。
「狼狽えるな! 世界一の城門だっ! たとえノーライフキングだろうと、破ることは不可の――」
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
門扉が吹き飛んだ。
金属の塊がくるくると宙を舞い、二十メートル以上先の地面に地響きとともに落下する。
「「「破られたああああああああっ!?」」」
城門を潜り抜けた先にいたのは、武装した兵士たちだ。
飛んできた門扉は辛うじて回避したようだったが、呆然と立ち竦んでいる。
「ば、馬鹿なっ……城門をっ……」
「破っただと!?」
「こ、これ以上の侵入を許すなぁっ! 直ちに撃退せよおおおおっ!」
士官と思われる男が声を張り上げるが、兵士たちは一向に動かなかった。
「む、無理だろ……あんな化け物……」
「どうやって撃退しろってんだよ……?」
むしろ戦意を失って後退っているほどだ。
「さて……女帝のいそうな城は……あれだな」
俺が見つけたのは、都市の中央に聳え立つ巨大な城だった。
あんな目立つ城、女帝の城以外にあり得ないだろう。
もしかしたら聖騎士少女もあそこにいるかもしれない。
そうでなかったとしても、何かしらの情報を得ることはできるはずだ。
そう考え、俺は城を目指して走り出した。
「こ、こっちに突っ込んでくるぞっ!」
「「「ひいいいいっ!」」」
「お、お前らっ、怯むなっ! 帝国兵としての誇りを見せ――」
びゅんっ!
「――ろ?」
俺を包囲していた部隊の上を一瞬で飛び越える。
そこからは延々と大通りが続いていて、遥か向こうには城が見えた。
どうやらこのまま真っ直ぐ行けば、あの城に辿り着くことができそうだ。
避難したのか、人通りがまったくないので、全速力で走っても問題ないだろう。
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