第26話 勝手に宣言されてた

 白髪のアンデッドを見失った後も、私は奴を探し続けた。


「リミュル隊長! ご無事だったのですかっ?」


 その途中、偶然にも副隊長のポルミと再会できた。


「ああ、見ての通りだ。死を覚悟して皆を逃がしたというのにな……」


 私の覚悟は何だったのだと、もはや苦笑するしかない。

 しかしポルミは真剣な面持ちで言う。


「いえ、隊長のあの勇ましい姿には感動いたしました」

「や、やめてくれ」


 ……かえって恥ずかしくなってしまうではないか。


「それより、皆はどうしている?」

「はっ、全員無事で、ひとまず近くの教会に集合しております」

「そうか」

「それで……奴は?」


 ポルミの問いに、私はどう答えるべきか悩み、眉根を寄せる。


「奴は……逃げた。……もしかしたら、奴は我々に敵対的な存在ではないのかもしれない」


 と、そのときだった。

 ごごごごご、と地面がいきなり揺れ始め、私とポルミは咄嗟に身構える。


「何事だ? ……地震か?」

「隊長! あれをっ」


 ポルミが指さす方向へと目を向けると、赤々と燃え上がる火柱が見えた。

 ここからそれほど遠くはない。

 防壁のすぐ近くだ。


 私とポルミは互いに頷き合うと、すぐさま走り出す。


 防壁付近の開けた場所へ出た。

 そして私たちは、燃え盛る炎の傍であいつを発見する。


 白髪のアンデッドだ。

 隣で表情を強張らせるポルミを余所に、私は声を張り上げた。


「み、見つけたぞ!」


 すると奴は一瞬こちらを振り返ったが、私の顔を見るや驚いてまたしても逃げていく。

 信じがたいことに防壁を軽々と飛び越えてしまった。

 なんという跳躍力だ。


「くっ! 逃がすか……っ!」

「た、隊長! これをっ……」

「っ!?」


 後を追おうとした私をポルミが制する。

 見ると、彼女の足元に人が転がっていた。


「こいつは……奴が殺したのか?」


 首が完全に捩じ切られており、明らかに死んでいた。

 人に危害を加えることのないアンデッドなのではないか、そう思いかけていた私は、少なからずショックを受けた。


 いや、そもそもそれが普通なのだ。

 単に奴も例外ではなかっただけということ。


 それにしても異様なのが……この死体、満面の笑みを浮かべている……?


「この特徴は……た、隊長! 間違いありませんっ……この男は、我々が追っていた死霊術師――ジャン=ディアゴです!」

「な、何だと……?」


 ポルミが告げた言葉に、私は驚愕を覚えた。

 こいつがジャンだと?


「ジャンが奴に殺されたのか? 一体どういうことだ……?」

「そ、それはまだ分かりません。ですが、この状況を見るに、どうやらジャンとあの白髪のアンデッドがここで戦闘を行ったのだろうと推測できます」


 確かに言われて周囲を見渡してみると、あちこちそれらしき痕が見受けられた。

 ジャンは必ず眷属を引き連れているものだが、諸共あの白髪にやられたのかもしれない。


 そのときだ。

 恐らく近くの住民たちだろう、ここでの騒ぎを聞きつけたのか続々と集まってきた。


「さっき物凄い音がしていたが……」

「何か燃えているぞっ!」

「ひ、人が死んでいるっ……?」


 私は彼らに向かって声を張り上げる。


「我々は聖メルト教の聖騎士だ! 周囲に危険なアンデッドが潜んでいる可能性がある! すぐにこの場を立ち去り――――? 何だ?」


 彼らが私の後ろを呆然と見ていることに気づいて、私は後ろを振り返った。


「なっ?」


 するとそこにいたのは、宙に浮かぶ一体のゴースト。


「ジャン=ディアゴ……っ!?」


 我々の足元で死体と化したばかりの死霊術師だった。

 霊体となった凶悪犯罪者は、なぜか嬉々とした様子で高らかに告げた。


『ごきげんよう、諸君! 僕の名はジャン=ディアゴ! 国際的に指名手配されている最凶の死霊術師と言えば、分かってくれるかな!?』


 集まってきた人々が、その言葉に騒めく。

 もちろん肉の声ではない。

 心の中に直接響いてくるような、霊的な声だ。


「き、聞いたことがあるぞっ?」

「何百人もの人間を殺戮してアンデッドにした、ヤバいネクロマンサーだ……っ!」

「まさか、自分自身までアンデッドにしちまいやがったのか!?」


 ジャンの名を知る人は決して少なくない。

 これまで幾度となく、新聞などでセンセーショナルな記事となっているからだ。


『はははっ! どうやら僕のことを知ってくれている人も多いみたいだね! とても光栄だよ! さて、これよりそんな僕から君たち人類に、素敵なお知らせをプレゼントしてあげようじゃないか!』


 私は嫌な予感を覚えた。

 果たして私の予想通り、ジャンは宣言してしまう。



『この度この地上世界に、なんと新たな大災厄が出現したのさ! その名もノーライフキング! その名の通り、アンデッドの中のアンデッド! まさにアンデッドの帝王だ!』



「ノーライフキング……?」

「……アンデッドの帝王?」

「だ、大災厄だと……?」


 ……まずい!

 私は戦慄する。


「ポルミっ!」

「はいっ!」


 私とポルミは咄嗟に聖槍を振るい、浄化の光を打ち放つ。

 ジャンのゴーストはそれをまともに浴びたはずだったが、構わず続けた。


『ノーライフキングの目的はただ一つ! それはアンデッドの王国を築き上げることだ! 人類の歴史は間もなく終焉する! これより訪れるのは死者の世界だ!』


「だ、黙れっ! 何を根拠に言っている!? おい、こいつの話に耳を貸してはならない! 惑わされるなっ!」


 私が必死に叫ぶが、恐らく焼け石に水だろう。


 これが事実かどうかなど関係ない。

 先日、某新聞社が出した記事ですら、人々の恐怖心を大いに煽ることとなり、我々教団が厳重注意したほどだ。


 大災厄――それすなわち、人類が滅びてもおかしくないほどの危機。

 もしこの宣言が知れ渡ってしまえば、世界中がパニックに陥りかねない。


 だからこそ魔物等の脅威度を定める際は、慎重に慎重を重ねるべきなのだ。

 もし本当に大災厄級が現れたとなれば、人類にできる対策などないに等しく、後はもはや祈るのみ。

 ゆえに我々が危惧すべきなのは、誤った情報による無意味な混乱の方だ。


 やがてようやくジャンの霊体が消えていく。


『せいぜい残り短い生を謳歌するといいさ! あはははははっ! あははははははははははははははははははは――』


 ……最後にそんな高笑いを残して。


「「「う、うわああああっ!」」」


 恐怖に駆られた人たちが悲鳴を上げて逃げ出す。


「ま、待て!」


 咄嗟に呼び止めようとするが、誰一人として応じてくれなかった。

 数人程度ならまだしも、これだけの人数を二人だけで抑えられるとはとても思えない。

 すぐに街中に噂が広がることだろう。


「ジャンめ……最後の最後に余計な土産を残していってくれたな……っ!」

「隊長、やはり今のはすべて奴の出鱈目……?」

「いや、そこまでは判断がつかない。だが奴にとってすれば、人類が大混乱に陥ればそれでいいのだろう」


 まだあの白髪アンデッドが危険な存在だと決まっていない今、我々としては秘密裏に、そしてできる限り穏便に事を進めたかった。

 私がこの目で実際にあの白髪と対峙した限りでは、それも決して無理は話ではなかったように思える。


 しかしこうなってしまうと、もはやそれは不可能。


「……仕方がない。私から教団本部に連絡し、声明を発表するよう促してみる。……どれだけ効果があるかは分からないが」


 言いながら、私は奴が去っていった防壁の方を見やる。


 ……地上に死者の世界を作り上げようとする、ノーライフキングか。

 少なくとも私には、あのアンデッドがとてもそんな存在には見えなかった。

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