第18話 言ってはならないことを言った
二本の鉄棒を頼りに歩き続けること十数時間。
前方に都市が見えてきた。
思っていた通り、どうやらこの鉄棒は街と街を結んでいるらしい。
もちろん堂々と街に入ることはできない。
帽子を被っていても、さすがに入場の際には脱いで顔を見せるように言われるだろうし、そうなるとまた先ほどの街の二の舞だ。
すでに日が沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。
俺は先ほどの街と同様、防壁を乗り越えて街中に侵入することにした。
「……よっと」
人がいないことを確認し、跳躍して壁の上へ。
そして向こう側にも誰もいないのを見てから飛び降りた。
「さて……どうするかな」
念のため深々と帽子を被りながら、俺は歩き出した。
それにしても夜だというのに、あちこち非常に明るい。
それはどの家からも、煌々とした光が漏れ出ているからだ。
「もしかしたら俺の知らない間に、何か簡単に明かりを確保できる技術が発明されて、しかも庶民にまで普及したのかもしれないな……」
思い返してみると、人々の服装も全体的に華やかになっている気がする。
そう言えば俺が拝借させてもらったこの服も、良い生地を使っているのか、まったくごわごわしていない。
あの高速で走る巨大鉄塊だってそうだが、これだけ人類が発展を遂げているのだ。
俺が死ぬ方法くらいきっと見つかるだろう。
「……問題はどうやってそれを知るか、だ」
街中を当てもなく歩いているだけでは知ることはできない。
どうにかして詳しい人間を探し出し、そして話を聞かなければ。
……果たして俺にそれが可能なのか。
「いや、待てよ……? そうだ、アンデッドのことなら、死霊術師に聞けばいいじゃないか!」
なぜ今まで思い至らなかったのか。
そして死霊術師と言えば、
「ジョン=ディアスだっけ? ジェン=ドラゴか? とにかく、あの長髪がやたら崇拝してた奴だ。そいつに話を聞けば、俺が死ぬ方法も分かるんじゃないか?」
と、そこまで考えたところで、俺は自分が犯した大きなミスに気が付いた。
「あいつ消滅させちゃったじゃん……そのジョンとかいう奴がどこにいるのか、詳しく聞いておけばよかった……」
まぁあんなに簡単に死ぬとは思ってなかったけどな。
あれだけ自信満々だったのに……ぶふっ……ヤバい、思い出したらまた笑えてきた。
「っ……」
そのときだ。
再びあの不思議な感覚に襲われて、俺は顔を上げた。
「……間違いない、またこの街のどこかにアンデッドがいる!」
そいつがジョンとやらと関わりのあるアンデッドかどうかは分からないが、ともかく会って確かめてみるとしよう。
俺は自分の直感を頼りに走り出した。
やがて辿り着いたのは、周囲を高い塀で囲まれた大きな屋敷だった。
塀を飛び越えて敷地内へ。
よく整備された美しく広い庭を突っ切って、屋敷へと近づいていく。
屋敷の窓からは煌びやかな光が零れており、上の方から優雅な音楽が聞こえてきている。
「……舞踏会でもやっているのか?」
アンデッドがいるとはとても思えない雰囲気だと思いながら、俺は裏口から屋敷へと侵入した。
恐る恐る廊下を進んでいく。
上の階から音楽が聞こえてはくるものの、一階はまるで人の気配がしない。
普通これだけの屋敷であれば、それなりの数の従業員が働いていると思うのだが。
そのまま屋敷内から二階へ上がるのはさすがに躊躇われたので、俺はいったん窓から外へ出ると、今度は外壁を登っていくことにした。
「ここから音楽が聞こえてくるな……」
二階にあった窓から、俺はその部屋の中を覗き込んだ。
そこにあったのは広大なダンスホールだ。
正装らしきものを身に付けた若い男たちが、音楽に合わせて踊っている。
それだけ聞けば、ごく普通の舞踏会だと思うだろう。
だが明らかにおかしい。
「……何で男しかいないんだ?」
それも例外なく若く、そして見た目に優れた美男子ばかりだ。
普通はこうした舞踏会では、男女がペアを組むものであると思うのだが、なぜか男同士でダンスを踊っているのだ。
もちろん、俺はこうした金持ちの場に疎いので、知識としてしか知らないが……。
「それとも今の時代はこれが普通なのか?」
しかし他にも異様なことがあった。
それは誰一人として楽しそうではなく、それどころかむしろ苦悶の表情を浮かべているという点だ。
やがて音楽が止まり、美男子たちも動きを止めた。
すると突然、奥にあった大きな扉が開いて、
「うふん、愛しのダーリンたちぃ~、お、ま、た、せ♡」
砂糖をぶっかけたような甘い声(ただし野太い)とともに、ホールにとんでもない生き物が入ってきた。
筋骨隆々の巨漢だ。
確実に身の丈二メートルはあるだろう。
腕も胸も足も太く、シルエットだけ見るとオークと間違えてもおかしくない。
だがそんな立派な体躯の大男が、なぜ小さな女の子が身に付けるような、ピンク色のドレスを着ているのだろうか?
しかもスカートの丈が異様に短くて、パンツが今にも見えてしまいそうだ。
……もちろん絶対に見たくない。
極めつけには、長い金髪を縦ロールにして可愛らしいリボンで結び、中年女性もびっくりのばっちりメイク。
あれは一体、何だ……?
「……俺が察知した同族の気配はあいつから……そうか、あれはアンデッド……道理で――」
って、アンデッドだからで説明がつくか!
むしろアンデッドへの凄まじい風評被害になりそうだ。
同じアンデッドとして、断じてあんな輩と同類だとは思われたくない。
「ダーリンたちのために、今日もアタシが愛情たっぷりの料理を作ってきたわぁ♡」
巨漢アンデッドは太い猫なで声で言って、巨大なテーブルワゴンを引っ張ってくる。
そこには大量の料理がずらりと並んでいた。
一応それなりに美味しそうであるが、
「あいつが作ったのか……見た目はよくても、それだけで食欲を無くすな……」
中に危険なものが入ってそうだし。
「遠慮しなくていいわ? た~っぷり食べちゃって♡」
「「「は、はいっ!」」」
巨漢アンデッドがウインクをすると、美男子たちが一斉に料理に手を付け始めた。
しかしやはり彼らも食べたくはないのか、顔が苦しそうに歪んでいる。
「……もしかしてアタシの作った料理が嫌だなんてこと、ないわよねぇ?」
「「「っ!」」」
巨漢アンデッドが声をひと際低くして問うと、美男子たちは慌ててそれを否定した。
「そ、そんなことないです!」
「ブローディア様の料理はとても美味しいです!」
「幾らでも食べれそうです!」
……もしかして脅されているのだろうか?
見たところ彼らはアンデッドではなく、生きた人間のようだ。
「あらん、嬉しいこと言ってくれるわねぇ♡」
巨漢アンデッドは腰をくねくねさせながら喜ぶと、近くにいた美青年の一人を後ろから抱き締め、耳元で囁くように言った。
「お礼に今晩はアタシがあなたを、た、べ、て、あ、げ、る♡」
おええええええっ!
俺は気持ち悪くなり、嘔吐しそうになってしまう。
アンデッドだから吐けるものなど何もないが。
「いやいや、何なんだよ、あの気持ち悪いのは……」
と、思わずそう呟いた次の瞬間だった。
「誰っ?」
巨漢アンデッドが突然、こっちを見てきた。
俺は慌てて頭を引っ込める。
「……ふふふ、誰かしら? そこでアタシの部屋の盗み見をしていたのは? 隠れても無駄よ?」
バタン、と何の前触れもなく勝手に窓が開いた。
……どうやったんだ、今の?
ともかく、もはや隠れても意味はなさそうだ。
どのみちあのアンデッドに用があったわけだし、俺は大人しく姿を現し、窓から屋敷内へと飛び込む。
「あらん? なかなかのイケメンねぇ♡」
「うえ、気持ちわるっ……」
面と向かってウインクを飛ばされて、つい俺が本音を口にしてしまった、その瞬間――
「テメェ今なんつったアアアアアアアアアアッ!?」
巨漢アンデッドがブチ切れ、躍りかかってきた。
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