奇跡。

K

奇跡。

「さて、帰るか」


自転車にまたがる。


そして足で地面を蹴った所……。



「ぁっ」


「おっと、すま……。あぁ、美輝みきか。」


自転車を少し浮かし、避けようとした俺は手を止めた。


学校の駐輪場のすぐそこ。


幼馴染の美輝と出会ってしまった。



「えと……。お前は今から部活か?」


「えっ……」


彼女も自転車にまたがろうとしていたが、降りてしまっている。


少し眼が泳ぐ美輝。



「甲斐君は?」


「あぁ、アイツは……」


ドンっ!


「じゃなっ! 今日は暇なかったけど、今度また遊びに行こうぜっ」


隣でいきなり声がし、背中を叩く音が体に響いた。


急いで走っていく影。


俺の友達、甲斐だ。


「おっ、おう」


すると――。



「美輝ーーっ! じゃあねえっ。部活休み楽しんで~っ!」


遠くの吹きさらしの渡り廊下で、体操服姿の女子が手を振っている。


「行くぞ牛込っ! 油売ってないで早く教室に戻れっ!」


「うぇええええ……。先輩なんで手芸部なのに、そんな体育会系で筋肉質なんすか~」


手を振った女子が、泣きながら先輩に引きずられていくのが、遠くで見えた。



「部活、休みか」


「あぁ……。うん。今日は、ね。いつも一緒の甲斐君も、今日は無理なんだ?」


「あ……あぁ。そうだ、な」


俺達2人は気まずそうに、自転車を手で押し始めた。


「……」


「……」


そして帰り道。



「お前~、良くないぞストーカーは。いくら部活があって、なかなか一緒に帰れないからってぇ。俺をあんな所で待ちぶせとはね~」


「はぁ? 腐れ縁ってだけじゃないっ!? 隣に住んでただけっ! そんだけですぅっ! 全く。あっ、アンタっ! 昨日五月蠅かったわよっ! 部屋から音楽駄々洩れだったんだからねっ!」


「あっ……。アレはいや。悪かった」


「……何、ソレ。いきなり謝っちゃって。らしくもない。えと、何かあったの?」


「いや、別になんもねえよっ! なんも、な? ほらっ、別に何も聞こえなかったろ? なっ!? なっ!?」


「え……っ、ちょっ!? アンタ、昨日確かおばさん出かけてたけど、まさかっ!?」


「……」


「……最っ低っ!」


「なっ、何怒ってんだよっ!?」



的な妄想はいらない。


2人は歩く。トボトボと。


無言で。



幼馴染だ。


もっと楽しそうにすればいい。


そう思うだろうが、アニメのような、気持ち悪い位に仲良い幼馴染み男女だなんて、まずない。


2人は思春期を迎えていた。


女は精神の発達が早く、心が大人に早く到達する。


男はそれを追いかけるように、体がはるかに頑丈で雄々しくなっていく。


もう、違うのだ。



「あっ……ごめっ」


「ん……」


少し手が触れただけだが、何かしら謝っていた。


歩く速さも違う。


見える風景も違ってしまった。


すると、懐かしい駄菓子屋が見えた。


「あぁ……」



よく2人で、悲し気にチューペッ〇を分け合った物だった。


100円もらって、それで、駄菓子を買う。


だけれども、なんとなく、カードやガチャガチャが。


身にならない物が気になって結果、50円は消える。


残りの30円ずつを出し合って60円の、分け合える物を買う。


懐かしい。



「……」


「……」


声にする事無く、通り過ぎる。


言葉がかよったのは、いつ以来だろうが?


うんだとか、すんだとか。


あぁとか、えっとか。


まるで鳴き声みたいな音しか通わない2人。


距離は遠すぎた。


すると、2人の目の前に、一冊の本が。



「おあっ!?」


「ちょっ……」


頬を赤らめる2人。


目の前には、エロ本とおぼしき物が。


「あぁ……」


気まずそうに俺は笑い。


「道、変えるか?」


同じく気まずそうな美輝に、声をかける俺。


「良いわよ、別に。そんなに気を使わなくても。……ありがと」



という妄想もいらない。



「……」


「……」


美輝と俺は無言でうつむいたまま、直進。


今の2人の心境は、決して騒がない、声を出さない。である。


とりあえず、難を逃れるだけを集中するだけ。


すると……。



「今日から君も、勇者だっ!」


見えた煽り文句。


お薬の処方だ。


俺は少し、気にはなる。 


当然だろう。


そして、思いつく言葉は2つ。



(あぁ、美輝がいなかったらなぁ。それか、美輝が興味持ってくれたらなぁ)


俺は思う。心底思う。


昔、あまりに美輝のアドを聞いて来る奴らに――。


「俺はあんなの興味ないね。よくお前らあんな女に興味持てるな」


って言ったのを、美輝に聞かれてて。


そして、1か月ほど後悔した位の本気度だ。


財布の中のコンドーム様も、美輝と打ち解けて、そのまま……。


なんて妄想、先走りして買った物である位は、マジだ。



「……」


(そんな訳、ないか)


地雷がもうすぐ過ぎ去る。


すぐ前。


俺の真横。


「……」


そして、後ろに。


終わった。



――ように見えたっ!



「あっ、エロ本だっ!」


「……」


ヤバしっ!


子供の声だった。


「制服を着た少女。そのどうきでバッタバッタと倒し、足腰が立たない程に」


そしてまさかの独唱っ!


「みちあしできなかったのか、そのままおかわりっ! なんとも……えーっと。なんれつでした。」


制服コス嬢が、腰使いで複数男斬りっ!


満足できなかったのか、スタッフにもおねだりっ!


鮮烈デビューっ!


「ふむ」


なかなか良い趣向だ。


「どんなにろういても、体はあらわやく。あっという間に帝王に。複数の相手もなんのその。指にしゅくりし力はない限だい」


しなびたおじさんが、黒ギャルイカせっ!


あっという間にギャル達メロメロ、喘ぎ放題っ!


指を見る度、ギャルの顔がトロンと堕ちた現場っ!


「黒ギャルは、微妙か」


独唱はたどたどしいが、しっかりと俺の下半身には届いていた。



隣では。


「……」


無表情だ。


完全に、能面モードと化していた美輝。


すると……。


「あっ! こっから勇者になれるんだってぇっ! えと……。んぅ、なかなか切れない……」


袋とじか。


ロマンだな。



「ん……っ」


少し、わずかだけ美輝の歩調が強く早くなった気がした。


まぁ、分かる。


ビリリっ!


「えと……。さぁっ!――とむなーとす。YぁBうREZA」



ざりっ。




??


何か別の声が混じっ――。



ドオオオオオオオっ!



「うあぁっ!?」


「きゃあっ!?」


吹き荒れる嵐っ!


風が乱気流の様に暴れまわるっ!


ぱぁあああっ!


「うあぁあっ!?」


眩しい。前が見えないっ!


中心の場所からすごい光がっ! 風がっ!


すると……。



ひゅんっ!



暴風の中に舞う、小さく見えた何か。


嫌な予感。


前は俺。


後ろには美輝。



ガシャンっ!



「あつっ!?」


瞬間、腕に痛みがっ!


反動を受け、体制を崩した俺っ!


倒れて俺は、寝っ転がる形にっ!


地面に擦られていくっ!


このままだと飛ばされっ!


がばっ!


突然俺に、柔らかい物が覆いかぶさったっ!



「勇っ! 大丈夫っ!?」


美輝のおかげで滑って、転がされないですむ俺。


バキバキっ!


グシャッ!


バリンっ!


遠くでは、ガラスが割れて、樹がへし折れる音っ!


すると……。



「祝福を」


「我らの祝福をっ」


小さな光のような何かが、中心へと集まっていく。


「泣いてる」


その者たちはまるで、儚い夢をいつくしむように、自分の大切な光を中心に与えていく。


そして儚く、朽ちて行った。



「蛍」


「蛍」



美輝と言葉がかぶった。


命を渡す光。


美輝のおばあちゃんの家で、教えてもらった話。


「蛍は光るのはね、その光を次の世代に渡す為さ。死ぬ前に、誰かに自分の光を与えてあげるんだよ。だから放しておやり」


――っ!



シュバッ!



「うぅ……」


「きゃっ……」


嵐は静まった。


切り裂くような、空気の刃がほどけていく。


唖然とする2人。


その眼の前。



「……分かったよ。急ごう」


そこには口をへの字に曲げ、先ほどの少年が。


それが唐突に、こちらに向かって歩き始めた。


「うん。良いんだアルサフェル」


何かを、誰かに向かって話している少年。


スマホで誰かが空にしゃべりかけるのも、特段変な話ではないご時世。


だけれども、少年の隣には誰か、いる。


「40分、か。そっか。それしか僕には残されてないのか」


諦めたように笑う顔には、幼さはない。


達観したような瞳で、哀しそうに笑った。



「……」


「……」


角を曲がって、消えていく少年。



「なんだよ、あれ」


「分かんない」


2人は同じことを思っていた。


勇者。


この2文字。


だが、まだ話はできない。


この話はまだ……。


「腕、大丈夫? その、かばってくれたじゃない?」


「あぁ……。――あれ?」



腕が、痛くない。


樹が、折れてない。


窓ガラスが、割れてない。


「……」


「……」


沈黙する2人。


話をする場合ではなかった。


不思議は彼らを包み、必死にその中でもがいているのだから。



だが、その不思議が自分で解決できない時。


その先に、何かが必要だ。


堰を切ったようにしゃべりだすタイミングは、少し後。



一緒に帰ってご飯を食べ、お風呂に入り、その間ずっと……。


夜も深まり、まだ続く。


溢れ出る言葉。


この夜2人は、陽の光が明日に受け渡されるまでずっと、話をし続けた。

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奇跡。 K @nekopunchkoubou

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