第90話 順調
わりと順調にグリフィンを倒して、討伐証明部位を剥ぎ取っていく。
グリフィンの場合は
「問題なく倒せたね。この戦力なら充分余裕が有りそうだ」
「ボスー、わたし暇ー」
イーグはほとんど出番が無かったので、暇そうにしている。
暇なら剥ぎ取りをやっているアルマを手伝ってあげればいいのに。
「アルマはもう少し慎重さが身につけば、上でもやってけそう」
「悪かったよ。どうにも経験不足で、弱った相手を見ると深追いしちまう」
器用に嘴を切り離しながら、アルマが答えた。
だが、ほんの一週間で迷宮の罠を解除し、最初ボスを討伐できるほど成長したのは評価しないと。
この迷宮の一層をクリアするまで掛かる時間が、およそ二~三週間と言われている。
五層のボスを倒すとなると、二か月は掛かるだろう。
それを一週間でクリアしているのだから、物凄い成長振りだ。
「でも、アルマは充分強くなってるね。リムルの魔術も、威力上がってきてるみたい」
迷宮内部で戦闘経験を積んだ場合、その経験による成長率は外の数倍は違うと言われている。
これは世界樹の生命力なり何なりが影響していると言われているが、実際の効果の程は見ての通り。
ケビンやアミーさんが来たがってたわけだ。
「ほんと言うと、来たがってた彼らには、少し申し訳ない気がしてるけどね」
「そう言えばアミーさんは、ここに来て強くなるのが夢だって言ってたっけ」
「うん。パーティの構成的にも、彼女が一番反対するかなって思ってたんだけど、さすがに状況を読んでくれたのかな?」
「空気読める人だからね。いい人」
「そうだね、さて」
そこでリムルは顎に手を当て考え込む。
多分、先に進むかどうか考えているのだろう。
通常ならフロアボスを倒した段階で一旦撤退するのが定石となっている。
フロアボスは一度倒すと、その時のメンバーがいる限りは二度と現れることはない。
つまりここは通り抜けるだけの場所……どころか、一般の雑魚が沸かない分、迷宮内でもっとも安全な場所となる。
故に下層では、救助部隊としてクリアした者を部屋の前で待機させる、という商売だって存在しているらしい。
戦闘中だろうと、クリアした者が部屋に入ると、ボスは霞の様に消え去ってしまうらしい。
危なくなったら合図の音を鳴らし、部屋に突入してもらい体勢を立て直すということができる。
「なんか、ズルイね」
「まぁ、ここはそういうシステムなんだし、それを活用した立ち回りと言うのもあるんだろうさ」
「上層だと扉が開かなくなるから、使えないけどねー」
ついでにグリフィンの風切り羽やら毛皮を剥ぎ取り出したところで部屋が脈動して、グリフィンの死骸を取り込んでいった。
こうして迷宮の養分にすることで、迷宮内に死骸が溢れるということがなくなっているのだ。
作業していたアルマを他所に、わたしは果汁ジュースを異空庫から取り出す。
リムルとイーグにジュースをお裾分けしながら腰を下ろし、休憩を取った。
それほど疲労しているわけではないが、精神的な緊張はやはりある。
「エイルは疲れた?」
「気分的に、少し」
「迷宮内だと一息を吐く暇も無いからね。それにエイルの場合は罠の感知とか、色々忙しいし」
罠の感知は最前線のわたしの役目だ。
ついでにアルマより僅かに先行して、安全を確保しなければならない。
見つけ損なったら自分がダメージ受けるし、下手すれば後衛のみんなまで巻き込んでしまうので、責任重大なのである。
もちろん引っかかったとしても、それを責めるような人は居ないけど……
「大丈夫、まだ先に行けるよ」
「そう? でも無理しちゃダメだぞ」
朝一番で迷宮に篭り、ゴーレム馬車網を利用して二時間ばかりでこの五層まで到着している。
戦闘を終えた今でも、せいぜい三時間程度しか経っていない。ここで引き返すのはまだ早すぎる。
それになぜかあの拠点の水で作ったこの果汁ジュースを飲むと、疲れが消えたように楽になるのだ。
世界樹の根から直接引いている水道が、何か効果を発揮しているのかな?
「オッケー、こっちの剥ぎ取りも完了したぞ」
「了解、アルマは疲れて無いか?」
「ン、やっぱ少しな……初めての大型モンスターだったしよ」
「じゃあ、三十分ほど休みんだら先に進もうと思うけど――」
「問題ねぇよ」
こうしてこの日は、更に探索を続けることになった。
その日の探索で七層まで上がることができた。
これは最速ではないけど、かなりのペースだとギルドマスターが教えてくれた。
あれ以降、ギルドに行くとなぜかあの怪しい方言のギルドマスターが出てきて、わたしたちの相手をしてくれるのだ。
イーグが言うには、『気に入られたみたい』なんだそうだけど、要は暇なのだろう。
「というわけで、近場の目標として三週間で五十層までは登りたいと思ってる」
馬車を利用して帰還し、拠点での夕食の前にリムルがそう宣言をした。
三週間と言うと、あと二週間で四十三層登るということになる。
「かなりのハイペースだけど、今日のアルマの調子を見たら行けると判断した」
「お、そうか? いや、俺も中々捨てたモンじゃないだろう」
うはは、と照れたように笑ってるアルマ。
だがわたしの視線はそんな気持ちの悪い笑顔よりも、目の前のお肉に向けられている。
今日の夕食は7層のミノタウロスの舌から切り出した、タンステーキなのである。
しかも鉄板を置いて目の前でリムルが焼き上げてくれるのだ。
「……じゅるり」
「エイル、聞いてる?」
「うん、おいしそう」
「オヤビンの前にお肉置いたら、そりゃ話聞いてくれないっスよ?」
「失敬な。ちゃんと聞いてる。アルマが大丈夫そうだから、五十層までいくんでしょ?」
じぅじぅと焼きあがる肉から視線を外さず、話題を復唱してみせる。
並列思考は迷宮での罠探しとモンスター感知で鍛えられているのだ。
「おお、エイルもちゃんと成長している」
「重ね重ね失敬!」
「そう思うなら、両手のナイフとフォークを放せ」
すぐにでも口に運べるようにと、周到に準備していたナイフにツッコミを入れられたので、渋々テーブルに戻す。
それにしても、二週間で四十三層って言うのはかなりのハイペースだ。
1週間で二十三層、一日三層ペースで攻略していかねばならない。
「一日で三層は無理があるんじゃない?」
「すでに攻略されている領域だから、マップを活用しながらなら行けると思うんだけど」
「マップ解禁するの?」
これまでは迷宮になれるため、市販のマップを使用せずにやってきた。
これを解禁するのならほぼ直線距離で攻略できるため、一日三層だって可能ではある。
馬車網も整備されているし、帰還の時間を節約できると言うことも考えれば、一日五層はいけるかも知れない。
「でもそれにも限度があるしね。三十層を超えた辺りから迷宮内での夜営も必要になる層だし」
「その練習も兼ねてる?」
「そう」
肉をひっくり返しながら、予定を語るリムル。
ちなみにテーブル用の鉄板は地下の物置にあった『ほっとぷれぇと』なる魔道器である。
アルマはこれを見た瞬間、頭を抱えて蹲った。
曰く、『なんて無駄な技術の使い方……』だそうだ。
鉄板に加熱用の魔術を仕込み、その下にテーブルが焼けないよう断熱用の魔術も仕込まれているらしい。
さらに温度調節機能や保温機能まで設置されていて、アルマから見ると、物凄く高度な技術が詰め込まれているそうだ。
「五十層まで攻略できるなら、上層との違いはモンスターの強さくらいだって言ってた。そこまで行った後はイーグにお願いして五百層までショートカットしていくからね」
「ン、了解。でもそれでも残り百層を一か月でクリアしないといけないのかぁ」
「そもそも二か月で六百層って段階で、無茶ではあるんだよね」
一日で十層なんて、普通ならゴーレム馬車の乗り継ぎで到達できるかどうかという早さだ。
五百層までショートカットしたとしても一日三層。その上五層おきにボス。
かなりの無茶が強いられることになる。
「そこはユーリ様の探信の魔術が役に立つよ。あれ地形の把握も可能だから」
イーグは自信満々の表情で胸を張って見せた。
遺失している魔術のことを考えると、この五百年ほとんど文化が進歩していないんだなぁ。むしろ遺失している分、後退しているかも知れない。
こうしてみると、世界樹が折られたことによる宗教的混乱は、かなりの影響があったみたい。
中心的信仰であった世界樹信仰は、当時まだ人であった破戒神ユーリに世界樹が折られたことにより、大幅に減衰した。
それによって大きく力を伸ばしたのが、リムルの信仰する水神エイルだ。
信仰に得るに当たってもっとも大きな効果を持つのは、なんと言っても怪我や病気の治癒と言う即物的な物。
それを得意とする神様だっただけに、世界樹信仰の衰退でできた隙に、大きく勢力を広げることに成功した。
その後、神ではなく人を崇める風潮が広がり、魔王を撃退した英雄たちが次々と神格を得ることになる。
破戒神ユーリを筆頭に、風神ハスタールや漂神レヴィ、戦神アレクなどがそれに当たる。
この宗教乱立状態が宗教戦争を巻き起こし、一般市民はともかく権力者の間で暗躍が相次ぐ事態になった。
この結果、知識人や宗教者が暗殺されるなどの事件が相次いで発生したため、文明的に大きく停滞することになったそうだ。
「あの性格じゃ、後先考えず世界樹へし折ったんだろうなぁ」
「むむ、オヤビンそれは聞き捨てならない。ユーリ様も、その時は仕方ない事情があったんだよ」
「どんな?」
「それは『ぷらいばしぃ』に関わるので言えません。オシオキが怖いしー」
わざとらしく視線を逸らせて、口笛なんて吹いて見せてる。
「当時のことは当時の人の事情があるんだろうしね。ボクらにとっては過去の話だよ。それより今のことだ」
リムルは肉を切り分けながら、予定を立てていく。
二か月の期限……すでに一週間が過ぎていて、それを過ぎればエリーの王族としての生命は終わる。
立太子の宴をすっぽかすとか、王族の信用がなくなると言ってもいいからだ。
もちろん、その期間が過ぎたとしても、彼女を生き返らせる意思はある。
それに関してはセーレさんも同じ意見だろう。
むしろエリー自身の希望としては、そっちの方が望ましいと思うかも知れない。
だが、あの馬鹿共が権力を握るとか、考えるだけでもムカついてくる。
しかも、あの連中が力を持ち、エリーが生きているとなると……おそらくエリーは再度狙われることになるだろう。
あの性格でまともに国が運営できるはずがない。そうなると不平分子はエリーを担ぎ上げようとするだろう。
そしてそれを知ったら、リッテンバーグ親子は確実にエリーを消しに掛かる。
一度成功しているから、尚のことその手段に頼ろうとするはずだ。
「エリー先輩が生き延びるためには、いや死んでるけど……でも、彼女が今後も生活するためには、是が非でも二か月以内の攻略が必要になる」
「それにセーレさんも悲しむしな」
「友達を助けるためなら、多少の無茶も仕方ない」
目の前に差し出された肉にフォークを突き刺し、フンスと鼻息荒く宣言。
その為には二か月で六百層まで登り詰めなければならない。
もちろんわたしたちが間に合わなくても、破戒神がどうにかしてくれるかも知れない。
それでも、多少なりとも戦力になれるはずだ。まして相手は世界樹の力を得た元魔王。
破戒神としては、猫の手だって借りたいほど、戦力を欲しているに違いない。
戦場に立つためには、最低でもそこに辿り着ける程度の腕前になっていなければならない。
ならばなってやる。親友のため、一日でも早く、六百層に到達してみせる。
そう決意して、わたしは肉に齧り付いたのだった。
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