第64話 宣言

 新たに入手したケビンの武器だが、これが予想外の欠点を抱えていることが判明した。

 それは加速の魔術付与である。


 能力の確認に意気揚々と狩りを続けていたケビンだが、加速を使用した一撃を加えた瞬間、上半身がグネリと回転したのだ。百八十度も。

 前を向いたまま後ろを向くという、人体の限界に挑戦してしまったケビンはそのまま倒れ、ヤバイ感じの痙攣を繰り返しながら血泡を吹いていた。


「うわぁ! ケビンしっかり!?」


 武器の威力に満足して、余裕綽々の態で観戦していたご主人が慌てて駆け寄って快癒の術を施す。

 さすが死んでなければなんでも治すと豪語するご主人だけあって、間一髪ケビンは命を繋ぐことができた。


「し、死ぬかと……思った……まじで」


 意識を取り戻し半身を起こしたケビンは、開口一番そう告げた。


「グランドヘッジホッグの時より重症だったんだけど。どうしたの、一体?」

「加速を使ってみたんだよ。そしたら勢いが付き過ぎて……体が捻じ切られるかと思ったぜ」

「なるほど、加速で増加した運動量を、身体の方が支えきれなくなったのか。昔のエイルがそうだったな」


 そういえば昔は魔力付与の使い道がわからなかったため、自分の力に振り回されて大怪我したことがあったっけ。

 今は筋力や耐久力の足りない部分を付与で強化してるから、平気だけど。


「残念だが、この力は俺じゃ使いこなせねぇな」

「そうか。まぁ、他の能力だけでも充分凄い武器なのはわかったし、失敗作ではないね。自爆覚悟の決死の一撃用かな?」

「リムル様、それ身体強化の耐久を併用しておけばいいんじゃない?」

「――あ」

「というか、そのための耐久強化術式なんじゃないかな?」

「そうかも。エイルに魔術の説明を受けるなんて……不覚」

「む、失礼!」


 確かにわたしは魔法陣の構築に致命的な欠点を持っていて、魔術そのものを使用するのは向いてないけど、決してアホの子じゃないんだから。

 むしろ強力なギフトを持つ分、その能力の応用活用にいつも頭を悩ませているくらい。

 ご主人もそれを察したのか、わたしの頭に手を載せてポンポンと叩く。

 髪形が崩れるけど、撫でられるのは好きなので微妙な気分だ。

 しばらくわたしの頭を撫でていたご主人だったけど、こちらも微妙な表情をしていた。


「ん、どうかした?」

「うーん、エイル、最近髪増えた?」

「前が禿げてたみたいに言わない!」

「いや、ボリューム感が出てきたような……このフワフワサラサラ感は確かに悪くない」

「でしょでしょ! この髪質ってもはや神懸り的よ!」

だけに、か?」


 ご主人の言葉にテンションをあげたアミーさんだったけど、続くケビンの駄洒落に一気に凍りついた。

 これにはさすがにわたしたち主従もドン引き。


「ケビン、それはないわー」

「センス悪い。さすがケビン」

「なんでだよ! せいぜいエイルと同じくらいのセンスだろ!?」

「わたし、そこまで酷くないし」

「コホン。まー、それはともかく……最近エイルちゃんの髪ってものすごくコシと艶が出てきてるのよね」


 そうかな? 特に手入れとかしてないけど。

 良くなってるとすれば、それは多分食生活が改善されたせいだ。

 ご主人が野菜多めでわたしが肉好きなので、結果としてバランスの取れた食事を毎日規則正しく取っていることになる。

 ドン底だった栄養状態から一転、多彩で豊富なメニューを毎日口にしているのだから、髪質も変わろうという物だろう。


「むふん」


 女性として、髪を褒められたことで嬉しくないわけがない。軽く髪を撫でながら、胸を張る。

 そこにアミーさんの追い討ちが来た。


「髪が細いのに柔らかくてしなやかで……まるで赤ちゃんの髪みたい!」

「ぐふっ!?」


 あ、赤ちゃんですと!

 確かに最近成長が遅いなぁとは思っていたけど、そこまで幼いわけじゃないし。


「そうなんだよね。エイルは少しどころじゃないくらい、成長が遅い気がするんだ。これもファブニールの影響だったりするのかなぁ?」

「え、そうなの?」

「生理とかまだだし、下の方も生えてないし」

「リムル様!? ば、バラすなんて酷い!」

「あ、ゴメン。確かに無神経だったね」


 今、完全に医者目線で分析された気がする。謝罪はしたけど、全然気持ちが篭ってなかった。

 そして、頬を膨らませるわたしとは対照的に、アミーさんは輝かんばかりの笑顔を浮かべている。


「え、ファブニールの血って若返りの効果とかあるの? じゃあわたしもお肌艶々になったりするのかな?」

「まぁ、そんな話は聞いたことないですけどね。現にエイルは最初に会った時は、肌カサカサで髪ボサボサでしたから」

「そんな風に言われるとわたしがお婆さんみたいじゃない」

「ということは、リムル君の料理が原因? 私今日から毎日通うから!」

「来るな」


 これ以上ないくらい堂々とお邪魔虫宣言をするアミーさんを、ご主人が一蹴。

 お金に困って急遽依頼を受けたというのに、余計な出費を重ねるのは遠慮したい。例え素材で大金が入ったとしても、そういった金銭感覚はすぐには切り替わらないのだ。

 しかも、巨人の骨は危険すぎて、市場に流すのも躊躇われる。

 そこに新たに引っかかる感覚があった。

 ケビンが殺戮の限りを尽くしたので周囲は血塗れだ。その臭いを嗅ぎ付けたストークドッグがやってきたのだろう。


「あ、新たに反応。数四つ。あっちから」

「よし、んじゃエイルの言った方法で試してみるか」


 そう一声上げて、ケビンが駆け出していった。

 今度は身体強化から耐久を発動させ、加速を使用している。

 身体強化は魔力付与より燃費が悪い分、増幅率が高い。もちろんケビンの魔力では扱いきれない。

 なのでクト・ド・ブレシェに組み込んだ維持から魔力を供給して発動させる。これにより一分ほどは強化状態を維持できるらしい。


「それにしても、凄いなケビンは」

「む、リムル様が褒めるなんて珍しい」

「だってさ、エイルもそう思うだろ? さっきまで死に掛けてたんだよ、彼。それなのに、死に掛けた原因になった術式を、すぐさま躊躇いなく使用するんだから」

「単に考えが足りないせいじゃないの? アイツってそういう奴よ」


 アミーさんは仕方ない奴という顔をしている。

 わたしたちの方がケビンとの付き合いは長いはずなのに、なぜか彼女の方が『理解』している。


「よく見てますね?」

「そりゃ、リムル君たちが学校行ってる間も、組んで冒険してるからね。結構一緒にいる時間長いのよ」

「そうですか」

「リムル君だって、エイルちゃんのことは良くわかってるでしょ?」

「それがどうにも……上手く行きません」

「……?」


 なんだか謎掛けみたいな会話を交わす二人に、わたしは首を傾げる。

 そうこうしている内に、あっさりと四匹を屠ったケビンが戻ってきた。

 もうすでに三十匹ほどは討伐している。そろそろ帰ってもいい頃合だろう。



 ギルドによって討伐報酬を受け取りに戻る。

 発見しにくいストークドッグの素材三十匹分という大成果を提示して、また恐れ慄かれるという恒例行事をクリアしたあと、食事とお風呂を済ませて床に就くことになった。

 さすがに気温も大分暖かくなってきたので、無理に一緒に寝る必要はないのだけど、これは一種の家族に対するスキンシップみたいな物だ。

 なのでアミーさんが言ってる様な、同棲とか夫婦とか、そういうのとは違う。

 冬用の厚めの毛布に潜り込み、ご主人を見上げてみると、なんだか厳しい表情をしている。

 身長の関係で、わたしはいつもご主人の胸元に顔を寄せることになるのだ。


「リムル様、どうしたの?」

「うん……それ、なんだよなぁ」

「んぅ?」


 『それ』が『どれ』かわからないので首を傾げてみせる。


「エイルはさ。もう解放されて奴隷じゃないでしょ」

「うん」

「じゃあ、もう『様』を付けて呼ばなくてもいいんじゃないかな?」

「うぬぅ」


 これに関しては難しい問題である。

 わたしも内心では未だに『ご主人』と呼んでいる辺り、まだ奴隷だったことの慣習という物が抜け切っていない。

 口に出す呼び方もリムル『様』なのは、もはや癖のような物だ。急に直せといわれても、難しい。


「リムル様は、様付け、イヤ?」

「エイルと一緒にいる半年間、ずっとそう呼ばれてきたからね。別に嫌じゃないよ。でも……もう少し親しい感じで呼んでくれてもいいかなぁって」

「親しい? わたしリムル様を弟みたいに思ってるし。親しいよ?」

「弟……そうじゃなくて――ああ、もう!」


 ご主人は急に身を起こして、わたしの上に覆いかぶさってくる。


「ふぇっ!? んぷ!」


 急の出来事に身体を強張らせたわたしに、ご主人が顔を重ね――唇を合わせてくる。


「ふぁ、んっ――ぷはっ」


 顔が離れた瞬間を付いて息継ぎ。でもすぐに次の接吻。

 しかも家族にするような軽い物ではなく、舌を絡めあうような濃厚なものだ。

 口の中に柔らかい舌が入ってきたとき、反射的に口を閉じようとしたけど、とっさに思いとどまる。

 そんなことをしたらご主人の舌を噛み切っちゃう。

 気がつけばわたしの寝巻きは肌蹴られ、胸元にご主人の手が這っている。

 やがてその手が下へと下がっていき……そこであの光景が脳裏に浮かんだ。


 奴隷商にいた時の、性奴隷となっていた年嵩の女性たちの姿を。


 死んだ魚のような目は共通だったけど、薬を盛られ、理性を無くしたあの表情。

 その姿は、人よりも獣といった方が近い、あの惨状。


「や、やだっ!」

「――あ」


 とっさにご主人を押しのけて、後ずさる。


「……ごめん。でも、エイルはこれくらいしないと、わかって貰えないと思ったから――」


 いきなりのわたしの拒絶に、ご主人が言い訳のように口にする。

 そうだった、わたしも奴隷だった頃は、そういう行為を望んでいた。ご主人を篭絡して、解放されるために。

 だけど、実際聞いたり見たりするのと、自分が体験するのではやはり訳が違う。

 こういうのを耳年増っていうのだろうか?


「ん、でも、やっぱり怖い。リムル様、ごめんね」

「いや、ボクの方こそ……少し焦ってたみたい」


 しょんぼりと落ち込んだようなご主人の表情。まるで叱られた子供みたい。

 さっきのも、ちょっと度が過ぎた悪戯と思えば、そんなに怖くないのかも知れない。

 先走って失敗して本気で落ち込んでるご主人を見ると、『仕方ないなぁ』って思う。

 そして気付いた。多分、今のわたしはあの時のアミーさんと同じような表情をしてるはずだ。


 ――そっか、アミーさんってケビンが……


 そう理解した瞬間、心に余裕が出来た気がする。

 ご主人の元に這いより、泣きそうな表情を浮かべる頭を胸に掻き抱く。


「今はまだ怖いけど、いつかはきっと、大丈夫になる、と思うから」

「うん」


 抱き寄せたわたしに反応するように、ご主人も抱き返してくる。


「奴隷商に居た時にね、性奴隷の人たちを見たの。薬を盛られて……わたしもああなっちゃうのかと思うと、怖い」

「ボクはそんなこと!」

「うん、知ってる。ううん、知らなかったって言うのかな? 自分がこういうの怖いって。でも、頑張って治すから。だから、待ってて?」

「……わかった。でも、ボクにも限界とかあるからね?」

「むぅ、それは頑張って」

「じゃあ、頑張って何もせずに済むように早く寝るとするよ。起きてると危なそうだし」


 そういって手を緩めて、横になるご主人。

 ちょっと、それはないんじゃないかな? わたし、まだ肝心なこと聞いてない。

 わたしは頬を膨らませてご主人に警告する。


「リムル様。わたし、まだ大事な事、聞いてないよ?」

「え? ああ……」


 その反応にご主人も気がついたのか、もう一度身を起こす。

 そして居住まいを整えて、宣言した。


「エイル。ボクは――君のことが好きだ」

「……ん、わたしも」


 そうして、もう一度……今度はどちらからでもなく、自然に唇を合わせたのだった。

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