第63話 完成
付与魔術について少し説明しようと思う。
本来、付与魔術とはあまり活発に研究されている分野ではなかった。
なぜならば、この系統は意味が薄いと考えられていたからだ。
武具に魔術を付与する方法は昔からあった。だけど完成した魔術武器には後から魔力を注ぐことができない。
しかも魔力を使い果たすと武具自体が粉々に砕けてしまう。
素材の限界まで魔力を込めても、強化や頑強の術式のように、常時発動しなければ意味がない術式では、もって二、三年というところだった。
それなのに掛かる費用は、五年以上の生活費が飛んでいくレベル。これでは一般人には使えない。
富豪や貴族がどうしても自分で戦わなければならない、そんな時にのみ使用されるような使い方しか存在しなかったのだ。
自力で魔力を生成したり収集したりする武具も存在しないわけではなかったが、それらは
わたしの持つ炎斧アグニブレイズが、これに当たる。
結果、付与魔術とは使い捨ての魔道具にのみ使用される魔術となった。『抵抗の指輪』などは最たる物だ。
だが五百年ほど前、この付与魔術に一つの
開発者は言った。『完成したら魔力補充できないなら、完成させ無ければいいじゃない』と。
あえて付与枠の一つに未完成の魔法陣を配置することで、後付けで魔力補充できる魔術武器を開発したのだ。
もちろん問題が無かったわけではない。
未完成品は素材の強度が著しく落ちるため、武器として使用できるレベルではないし、充填した魔力の消耗速度も通常の倍くらい速い。
だが、開発者は強度不足を頑強の術式を付与することで補い、消耗は無視した。後から補充できる利便性を優先したのだ。
これにより、自力で魔力を充填できる者は魔術武器を実用できるようになった。
しかし数少ない付与枠を未完成で埋め、さらに頑強も必須とあって、最低限付与枠が三つは必要になるため、なかなか実用できる素材は無く、魔術武器は高価なままだった。
鋼鉄以上、出来れば銀製品以上の素材が必要になるからだ。
「つまり十も付与枠があるこの骨は、とても高価だと?」
「そういう事だな。
「うへぇ……」
ケビンが溜息のような声を漏らす。その持ち主なのだから、わからなくもない。
アルバイン氏は手元にメモ帳を引き寄せ最終確認を取った。
「確認するぞ。常時発動系が五つ。未完成一つに頑強二つ、強化、維持。任意発動が五つ。加速、焔纏、風刃、身体強化が二種。筋力と耐久。これで間違いないな」
「ああ、問題ない」
維持の魔術は使用された魔力を保持し続ける魔術だ。
この場合、充填された魔力を保持するため、外部の魔力タンクとして利用できる。
ケビンの魔力では焔纏や風刃を利用するには少なかったため、こうすることとなった。
身体強化はわたしの魔力付与を自分に掛けるような術式だ。
変換効率は魔力付与より高いが、持続時間が恐ろしく短い。ケビンの魔力ではほんの数秒しか発現出来なかった。
維持してる魔力を使用しても一分は持たないだろう。
「――これは久しぶりの大仕事だな」
「あの、それで代金の方は……」
「そうだな、これだけの数となると、金貨にして三百――」
「うげぇ!?」
変な悲鳴を上げたのはケビンだ。
まぁ、得た報酬の三倍近い額を提示されたのならば、気持ちはわからなくもない。
「といいたいところだが、素材が余ってるならそれをくれ」
「素材ですか? 確か腓骨が三分の一余ってましたが」
「それでいい。剣一本くらいは削りだせそうだしな」
あれ? そういえばこの素材、付与枠十で神話級ってことは……脛骨半分を持っていったアッシュさん、実はかなりぼったくった?
まぁ、今更だけどね。それにクト・ド・ブレシェ二つも作ってくれるのだから、損した気分ではない。
いや、むしろこの人が格安で引き受けてくれてるのかな?
「それでいいんですか? アッシュさんは脛骨半分でしたけど」
「こちらも優秀な素材は欲しいから、悪くない。むしろアッシュが取りすぎじゃないか?」
「まぁ、彼は付与枠のこととか知らなかったわけですし。ボクたちも知りませんでしたから」
「探査の術で見抜くことはできる。地味な魔術なので利用する者はあまりいないが、覚えておくといい」
「そうします」
伝説に聞く識別のギフトほど詳細にわかる訳ではないそうだけど、それでもご主人の限定識別が無意味になるほどには便利だ。
「コイツはなるべく速く仕上げることにする。君たちもしばらくはこの街から離れた方がいいだろうしな」
「え、なんで? ゆっくりしたい」
一週間の仕事を終えた後は補習ばかりだった。ゆっくり休んで温泉行ったりとかして、骨休めしたい。
わたしの心底わからないという表情を見て、アルバイン氏は頭が痛いと言わんばかりに眉間を揉んだ。
「君たちは
「それは困る! コイツは俺んだ!」
ケビンが悲鳴のような声を上げた。さっき買ったばかりなのに、この入れ込みよう。よっぽど気に入ったんだね。
それに、ご主人も眉をひそめる。
「それは困ります。ボクも学院があるんですよ」
「知らんし」
「そりゃそーだ」
「――エイル?」
うっかり本音が漏れたので、ご主人が睨み付けてくる。わたしは即座に視線を逸らした。
そんなわたしたちを見て、アルバイン氏はなんだか懐かしそうに視線を細めた。
「街から離れられないなら、しばらく宿を変えて顔を隠しておくといい」
「……そうします」
「俺はどうすりゃいいんだ?」
「あきらめろ」
困り顔のケビンに即座に切り返すご主人。さすがケビンには容赦がない。
「くそっ、宿まで追い掛け回されるのは勘弁して欲しいし……しかたねぇ、部屋を変えるか」
「わたしなんて完全にとばっちりだよぅ」
がっくりと肩を落とすアミーさん。
街中を骨背負って堂々と凱旋したから、もはや隠しようがない。彼女も部屋を変える必要があるだろう。
「それじゃ付与の方、よろしくお願いします」
「任せておけ」
「それとイーグには少し話があるので残るように」
「ひぁ!」
いきなり声をかけられて硬直するイーグ。どうにも彼女は彼が苦手なようだ。
ファブニール種の彼女は素材的な意味で興味あるのかな?
「あの、彼女もボク達の仲間なので――」
「気にするな、少し話をするだけだ」
「イーグ、大丈夫?」
心配なので彼女に声をかけたけど、イーグは引きつった顔で笑みを浮かべていた。
「だ、だいじょーぶ。身の危険はないんだヨ? 精神的にちょっときついけどー」
「ヤなら断ってもいいの」
「そんな事したら破戒神さまが来ちゃう!」
「そんな大袈裟な……」
『破戒神が来るぞ!』というのは子供を脅す定型句みたいなものだ。
夜更かしする子供や手伝いをしない『悪い子』に言う事ことを聞かせるために、頻繁に使われている。
かく言うわたしも、子供のころは何度も言われたものだ。
「大袈裟でもないんだな、これが」
「なんだか怯えきってるようなんで、連れて帰りたいんですが?」
「ん、なら仕方ないな。日を改めて――」
「いいえ、大丈夫ッス! ぜんぜんオッケーっすよ!」
「そうか? なら話そう」
「ええもう、早くしましょう! 黒幕が戻ってこないうちに!」
なんだか切羽詰った感じなんだけど、黒幕って誰よ?
とにかく、本人がいいって言うなら無理に連れ帰るわけにはいかない。
わたしたちはイーグを置いて、先に帰ることにした。
イーグは翌朝まで帰ってくることは無かった。
だけど早朝にはクト・ド・ブレシェを抱えて戻ってきた。ややげっそりした顔をしてるけど、身体に異常はなさそう?
「ただいまー」
「イーグ、おかえり。大丈夫?」
「うん、何の問題もないよー。それよりこれ、クト・ド・ブレシェの付与完成したってー」
「はやっ!?」
取り出されたクト・ド・ブレシェは刃の全面に微細な魔法陣が隙間無く書き込まれ、仄かな光すら放って見える。
その刀身に込められた魔力は、角を活性化させていない今のわたしにすら感知できるほど、激しい。
「凄い、これだけの魔力を一晩で込めたって言うのか?」
「これ、この魔法陣。彫ったわけじゃないみたい。焼き付けてる?」
「あの人も魔力オバケだからねー」
「巨人の骨の素材にに魔法陣を問答無用で焼き付けるって、一体どうやったんだろ」
「魔力の塊みたいな巨人の骨だぞ。普通、魔術では焦げ目すら付かないってのに」
「……あの人も魔力オバケだからねー」
疲れきった表情で投げやりに返答をするイーグ。この子がこれだけ疲れてるってのも珍しい。
「本当にどうしたの? 疲労困憊?」
「んー、ちょっと管理責任についてとか、今後の展開についてお話があってねー」
「今後の展開?」
「ないしょー。わたし疲れたからちょっと寝るねー」
ややフラフラした足取りでベッドに向かっていく。怪我とかした風じゃないけど、本当に疲れてるみたい。
ご飯も食べないなんて、彼女にしては珍しい。
滅多に見ない光景にご主人と顔を見合わせて、肩をすくめた。
「仕方ない。朝食がてらケビンに届けに行ってやるか」
「ん、りょーかい」
この武器がどれほどの力を持つのか、それはわたしも興味あることなので、いそいそと準備を整えた。
ケビンに武器を渡し、大喜びで近隣の討伐依頼を受けた。
新しい武器の具合を見るだけなので弱めの敵を選ぶ。選んだのはストークドッグだ。マクスウェル劇団の護衛をしていた時も襲い掛かってきた、可愛くないワンコ。
急に襲い掛かられたら焦って危機に陥るけど、わたしの感知網に引っかかるので奇襲されることはない。
余裕を持って待ち構え、今回は遠距離ではなく近距離で仕留めに掛かる。
ケビンの武器の試運転なのだから離れていては意味がない。
「うらあぁぁぁぁぁ!」
「ギャウッ!?」
絶叫とともに薙ぎ払われるクト・ド・ブレシェ。
そして雑草のように斬り払われ、バラバラになって飛び散るストークドッグ。
「ふむ、中距離での威力はさすがだね。問題は懐に飛び込まれてからだけど」
ウンウンと頷きながら戦況を眺めるご主人。
そのリクエストに答えるかのように、一頭のストークドッグがケビンの懐に飛び込んでいく。
「させるか!」
「ギャウ!」
ケビンはあわてずに持ち手を刃元に移動させ、柄の長い剣を扱うかの様に切り上げた。
縦に二つになって裂かれた死骸が左右に落ちる。
その隙を突いて2頭目も接近するが、今度は柄を使って叩き伏せられた。
槍のように、斧のように、剣のように、そして棍のように。
状況に応じて多彩に使いこなすことが出来る応用性の高さを見て取ることが出来た。
そして、それをいきなり使いこなして見せたケビンも、かなり成長して見える。
「むぅ」
「なに、エイルは気に入らない?」
「うん、ケビンが強いのが気に入らない」
「それはヒドイ」
なんにせよ、『作られた英雄』は『真の英雄』たる力を手に入れつつあるようだ。
あの武器も、後の彼の逸話を飾ることになるだろう。
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