第7話 故郷

「リムル様、これは一体どう言うことでしょう?」

「ボクに聞くな……」


 剣を振り下ろした態勢のまま、ご主人に語りかける。そうでもしないと精神の均衡が壊れそうだから。

 急降下攻撃を仕掛けたヴァルチャーに、全力で大剣を振り下ろした結果に、わたしたちは顎を落とした。

 街道を斜めに横切る地面の亀裂、手元に残った大剣の柄、一センチ角より大きな物が存在しないほど細切れになったヴァルチャー。


 右足で地面が抉れるほど強く踏み込み、身体を反転させつつ左腕を全力で強振。結果、大剣の先端は音速を突破し、ヴァルチャーを粉々に吹き飛ばした。

 更に発生した衝撃波は地面を二十メートル以上に渡って切り裂き、その威力に耐え切れなかった刀身は粉々に砕け散ってしまった。


「まさか、ここまで非常識な力があると思ってませ――くぁ!?」


 身体を起こそうとした時、左足が言う事を聞かずに、そのまま地面に倒れこんだ。

 視線をやると、足首と膝が変な方向に捻じれてる。

 地面に手を付いて半身を起こそうとしたけど、今度は左腕がぶらりと垂れ下がったままになっていた。

 これは……脱臼してる?


「あ、ああ……あぐぁぁぁっぁぁぁぁ!?」


 直後に襲い来る激痛。今度は背中の筋肉がブチブチと千切れるような音を立ててる。

 しかも背骨の下の方から直接神経を引っ掻くような激痛も。

 内臓が捻じれた様に痛み、勢い良く大量に吐血もした。


 ―― なにこれ、わたし死ぬんじゃない?


 あまりの苦痛にビクビクと体が跳ね、その衝撃が更なる苦痛を生み出す。


「え、エイル!? 待ってろ、今治してやるから!」


 駆け寄ってくるご主人の姿を見ながら、わたしの視界は暗転して行った。




 三十分後、道端でご主人に膝枕されているわたしの姿が有りました。


「奴隷を膝枕するご主人様って、どうなんでしょうかね?」

「しかたないだろ。エイルはまだ一人で歩けないし、ボク一人で旅するのも困るし……」


 治癒術オンリーのご主人だと、さっきみたいに猛獣に襲われた時は対処のしようが無いのは確か。

 そのために、肉壁としてわたしを買ったんだろうけど。

 それにしても、地面に転がしておけばいいのに、わざわざ膝まで貸してくれる辺り、ご主人様はかなり甘い模様。


「わたし、どうなってたんです?」

「左足関節の骨折。右足の機動力に左足が付いてこなかったんだろうな。それと左肩脱臼とか、背筋の筋断裂とか……それと脊椎もずれてたし、内臓も衝撃で痛んでた」

「うわぁ……」


 手足が強靭になってもベースの身体が普通だから、全力だとこうなっちゃうのか。

 次からは加減しておこう。絶対に。


「エイル、もう立てるか?」

「少し……いえ、かなりふらつきますけど、多分大丈夫」

「フォカロールの町まであと少しだから、頑張って。肩くらいなら貸すから」

「むぅ……お願いします」


 傷が治ったとは言え、苦痛の感覚は残っている。それが頭を少し朦朧とさせてる感じ?

 それと大量の吐血による貧血。いかに治癒術といっても、失血までは治せないし。

 それに身体の左右のバランスが悪いので、このままだと転倒して余計な怪我してしまうかもしれない。

 早くこの体に慣れないとなぁ。


「それとヴァルチャーは害獣だから、討伐すれば冒険者ギルドで報酬が出るんだけど……討伐証明部位の嘴も粉々だな、これは」

「ってことは、わたしは無駄働きですか?」

「ボクを守ったんだから無駄じゃないよ。でも次からはもう少し手加減するように」

「あぅ、はい」

「休ませてやりたいけど、このままじゃ日が暮れちゃうから。ごめん、少し無理してもらうよ?」

「いえ、大丈夫です」


 奴隷と言う身分を考えたら、治癒してもらえて三十分休憩させて貰えただけでも、きっと恵まれてる。

 下手な主に当ると、使い捨てにされて放置されててもおかしくない。



 足を引き摺りながらも、日没間際にどうにかフォカロールの町まで辿り着く事ができた。

 かれこれ四時間ほどは歩いたかな?


「ぜぇ……ぜぇ……」

「リムル様、もう少し鍛えた方がいい」

「ボクは知性派なんだ」

「肩を借りてるわたしの方が元気だなんて……」


 少し行った場所で野良ヴァルチャーに襲われたと言うのに、この街の門には門番すら居ない。


「なんだか、安穏とした町ですね?」


 少し皮肉を混ぜながら、ご主人に話しかけた。

 彼は皮肉には気付かなかったのか、少し胸を張って答える。


「だろ。まあ、住人が素朴なのは自慢かな」

「わっとと……」


 いきなり胸を張ったものだから、わたしがバランスを崩して倒れかける。

 反射的にご主人にしがみついた訳だけど――


「っと、ごめん」

「いえ、こちらこそ、しがみついたりして申し訳ありません」


 これ、傍から見れば抱き合ってる風に見えるんじゃないかな?

 そう思ってたら、案の定声をかけられた。


「よう、リムル坊、帰ってきてたのか? ってか、この短い間に女連れとは、なかなかやるなぁ」

「違いますよっ! 彼女は奴れ……いえ、患者です。足が悪いので支えてただけです」


 声を掛けてきたのは、入り口近くの青果店のオジサンだった。

 威勢はいいけど人の良さの方が前面に出ていて、お人好しそう……値引きとかしてくれるかも。


「あー、親父さんの跡を継いだんだっけ? その、残念だったな」

「ええ、でも大丈夫ですよ。家族を失ったのはボクだけじゃありませんし」

「そうだなぁ、いきなりトロールなんて出たんだもんな。衛士の補充だってままならんし」


 なるほど、門番が居なかったのは単に人手不足だったから、かな?

 それにしてもトロールと言うのは、穏やかじゃない。トロールって言うのは、一匹でちょっとした小部隊を相手に出来るほど強力なモンスターだ。

 わたしの故郷でも十数年前に一度現れ、集落を半壊に追い込んだ事件があった。


「それにしても喪が明けたと同時にいなくなったと思ったら、嫁取りに行ってたとはなぁ」

「彼女は違うって言ってるでしょ!」


 からかわれすぎてヒートアップしたご主人が腕を振り回した拍子に、しがみついていたわたしの手が離れ、その場にストンと腰を落としてしまった。

 貧血気味だったこともあり、足腰に力が入らない。それに少し視界が暗いかも……


「あ、ごめん! 大丈夫?」

「おいおい、腰が抜けるまで責めたてたのか? 日の出てるうちから……若いモンは限度を知らねぇなぁ」

「そうじゃなくて! 見ての通り、彼女は貧血を起こしてるんです! すみませんが、家まで運んでくれますか?」


 なにげに労働を営業中の八百屋のオッチャンに押し付けるご主人。地味なところで狡猾だなぁ。


「いや、俺、店が――」

「早く!」

「お、おう」


 八百屋のオッチャンはご主人に気圧された様にわたしを抱え上げる。俗に言うお姫様抱っこだ。

 騒ぎに店の奥から、嫁と思われるオバチャンも出てきた。


「うぉっ、軽いなお嬢ちゃん。もっと肉食え、肉」

「八百屋の主人が肉勧めてどうするんだい! ほら、店は私が見ておくから、早くその子を運んだげな!」

「お手数かけます」


 やたらめったら恰幅のいい奥さんが、威勢よくダンナをけしかける。


「いいんだよ、うちのダンナは無駄に体力余ってんだから」

「人事だと思って……まあ、嬢ちゃんくらいの重さなら苦にはならんけどな。芋の箱より軽いんじゃないか?」

「一女性として比較対象が芋というのは、せつないものがあります」

「うははは! 筋ばってる点じゃ似たようなもんだ!」


 確かに、生き埋めになった一週間の絶食と肉体改変による発熱や苦痛、奴隷商に拉致された三週間の粗食、それに『教育』による精神的ストレスなどでわたしの体重はかなり減ってる。

 胸とか……まあ、元々あまり無かったけど、今は全く存在せず、肋骨とか浮き出るほど病的。目の下にはクマが有り、顔の左半分を覆う包帯と相俟あいまって、凄まじく病弱に見えるはず。


「リムル坊、この子の顔、治してやらねぇのかい?」

「雑菌とか入ってて少し難しいんですよ。家に泊めて、ひと月ほど集中的に治療しようかと」

「そりゃあいいな。なんだったらそのまま嫁に……ってこともあるのか?」

「だからしませんって! まあ、使用人の代わり位はしてもらうつもりですけど」


 なんだかこのままじゃ、既成事実的に嫁にされそう? 早く家に着かないかな……いや、嫌って訳じゃないんだけど、少し恥ずかしい。



 到着した家は以外にも庶民的な一軒家だった。

 奴隷を金貨八十枚でポンと買い取るくらいだから、もっとお屋敷って感じのを想像してたのに。

 町の通りのやや外れにある、二階建ての小さな家。庭も無く、隣の家と隙間無く並んで建てられている。

 わたしは二階の一室に運び込まれ、そこにあったベッドに寝かされた。


「それじゃごゆっくり。俺は仕事があるから店に戻るぜ」

「ごゆっくりってなんですか。何もしませんよ、治療しか」

「そーいうことにしておくか、うははは!」

「うぜぇ……」


 ご主人、本音漏れてます。

 八百屋のオッチャンを追い出してから、ご主人がこちらに向き直りました。


「調子はどう?」

「足腰に力が入りません。貧血はまだ継続中な感じです。少し眠いかも」

「じゃあ水を一口飲んでから寝るといい。歩き通しで水分が足りてないはずだ」


 こう言う細かい気配りは、流石治癒術師の家系と言うべき?

 部屋を出て行こうとするご主人に急に心細さを覚え、わたしは声を掛けた。


「あ、あの、リムル様?」

「ん、なに?」

「えと……その……そうだ、この部屋は?」

「ああ、ボクの部屋。気にしなくてもいいよ、他にも部屋はあるから」

「いいんですか?」

「いいよ。父さんや母さんの部屋もあるけど……死んだ人の部屋は気分悪いでしょ」

「そんなことは!」

「それに入院患者用の大部屋もあるんだけど、そっちは部屋が広すぎてね。人数がいないと少し寒いんだ」


 確かに施療院ならそういった部屋があってもおかしくない。

 でも一週間土に埋もれてたわたしにとっては、そんなのは気にするほどじゃない。

 それに奴隷商に居た頃はもっと寒かったし。


「わたしは別に気にしませんよ?」

「ボクが気にするんだよ。いいから身体を休めておくように」


 再び部屋を出ようとする背中に、慌てて声をかける。

 体調が悪い時特有の、言い様の無い心細さだ。人恋しくて、少しでも一緒にいて欲しい。


「えーとえーと、やっぱりまだ眠く無いです。だから少し話し相手に……あ」


 そこまで言って、はたと気がついた。

 これは奴隷が口にしていいセリフじゃない。主人に『話し相手』という労働をいるなんて。


「あの……やっぱさっきの、無しで……」

「まぁ、いいよ」


 わたしの考えを察したのか、ご主人がベッド脇に置いてあった椅子に腰掛けた。

 カーテンの隙間から夕日が差し込んで、薄暗い部屋の二人を照らす。


 ――おお、これは……病弱少女と美少年の、美味しい配置? ひょっとして奴隷から恋人への格上げがあるかも?


 なんだか物語のヒロインにでもなった気分で、少し舞い上がってる気がする。

 ご主人はわたしが話す程度なら平気そうなのを確認すると……


「よし、じゃ、これからの予定について確認するよ?」

「へ……え? あっ、はい」


 おもむろに事務的な伝達事項を話し出した。


 ―― あれぇ?

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