第6話 検証
わたしの装備を整えた後は、宿に戻ってギフトの検証をするらしい。
「というわけでエイル。まずは異空庫のギフトから調べてみよう」
「はい」
「ぶっちゃけて言うと、どれだけ入る?」
「はぃ?」
「具体的に異空間にしまえる大きさとか、重さとか、量とか……そういった限界点はどれだけかってこと」
そう言われて、わたしは首を
いや言ってる意味がわからないわけではなく、自分でも限界がわからないから。
「昔、限界を試したことはあるんですが、結局わかりませんでした。長さ二十メートルの建築用木材を五十本放り込んでも余裕があったみたいです」
「……そんなにか」
「他にも重量数十トンの魔獣の肉とか、小さな泉の水が枯れるまでとか試してみたんですが、問題無く仕舞えました」
「問題だらけだ!?」
今になって思えば、わたし一人を運ぶだけで『補充物資』を自在に運搬できるのだから、軍隊とかだと重宝されたかも。
だからお父さんが『絶対秘密にしろ』って言ってたんだ。
「取り込む条件とか取り出す場所に関しては、どうなんだ?」
「取り込むのは手の平で触れた物質に限定されます。また関連するモノも一緒に取り込むことも可能です」
「関連?」
「んぅ、例えば『人形』を取り込むとき、一緒に『人形の服』も取り込める、みたいな?」
「ああ、付属品も一緒くたにって事か……付属品ってのはどこまでを指すんだ?」
「どこまでとは?」
ご主人は、ピッと指を立てて説明する。なんだか
「服や靴は『対象』に接触してるから付随するとして、だ。地面とか人形を乗せた台も接触してるんだが、それは取り込まないのか?」
「それは取り込みませんね。おそらくわたしの認識が影響してる?」
「連続したカテゴリーとしての個人の認識が重要になってくる、ってことかなぁ?」
「よくわかりません」
具体的に言うとご主人の解説の意味が、さっぱりです。
そんなわたしを無視して、うんうんと頷いてノートに記入を始めるご主人。
なんだか宿題をしてる子供みたい? まぁ、まだ子供ではあるけど。
「次に軽業のギフトに関してなんだが、これは確実に持ってなかった物なんだな?」
「はい」
「今、ギフトの実感は有るか?」
「この手足になってから動きのバランスが悪くなってた。それでもコケたりしたことが無いっていうのは、実感に入る?」
「なるほど、それは確かにあるな。エイルはあれだけ不器用な歩き方してるのに、今日は全く倒れなかったもんな」
それどころか、ゴロツキとの戦闘になって複雑な機動をした時なんか、以前よりよほど滑らかに動けた。
思考した通りに身体が動くというのは意外と難しいって聞いたけど、まさにそんな感じ。自分の身体を完全に制御できている。
逆に無意識に制御を行う動作、つまり歩行なんかでは不器用さが出てる気がする。
ゴロツキの手を払った時なんかがそうかもしれない。あそこまでやる気は無かったのに。
「フムフム。その手足にバランス感覚があれば、そこらの戦士には負けないんじゃないか?」
「やったことが無いのでわからない。というか、一流の戦士なんて、相手にしたくないよ?」
「何も一流
これに関しては、わたしもサッパリ。
そもそも魔術とか一切関係の無い生活を送ってきたのに、わかるわけが無い。
「大体、わたしに魔力とか有るんですか?」
「魔力自体はたいていの人にも有るんだ。問題はそれを制御したり利用できるかどうかなんだけど」
「できません」
えへん、と胸を張って言ってみる。
「断言するな。まあ、魔術ってのはそう簡単に学べるものでも無いけど。とにかく、ギフトが有るんだから、そっち方面の才能はあるはずなんだ」
「リムル様の限定識別でわかりませんか?」
「ボクの限定識別は、相手のギフトを見抜くことだけしかできない。身体能力や名前なんかのステータスがわかる物ほど便利じゃ無いんだ」
「使えませんね」
「うっさいよ!」
もちろんこれは冗談。
ギフトって言うのはこの世界での切り札。見掛けに騙されて、ギフト持ちを攻撃して返り討ちなんて話は、よくある話。
それを防げるっていうのは、それだけで価値がある。
「まあ、異空庫と軽業だけでも充分とんでも無いことになってるな。エイルはこれから一人で出歩かない方がいいぞ?」
「もう奴隷商人はこりごりです」
「それだけで済まないかもしれないな。お前の手さえあれば大量の物資を運べるんだ。しかも異空庫の存在が外からではわからない。足を切り落として……なんて考える輩も要るかも知れない」
「うっ!?」
馬車数十台分……下手したら数百台分の物資をわたし一人運べば済むのだから、わたしの足を切ってしまうくらい軽いペナルティと考える貴族や軍隊は居るかも知れない。
それで『逃げられない収納庫』を手に入れられるのだから。
「外に出る時は極力リムル様と一緒に居るようにします」
「そうした方がいいな。手足の欠損くらいなら、ボクでも治してやれるし」
「それって治癒の上位魔術ですよね?」
その人が言うには、『治癒の上位魔術快癒を使えば治せるけど、すごくお金が掛かって、とても無理』って話だった。
そんな術が使える人が、ラウムの学園に入る? 必要ないんじゃないかな?
「遠隔治癒がまだ出来ないんだよ。ま、他にも理由は色々。それより今日はこの辺にしておこう。明日は旅の必需品を揃えに行くぞ」
「必需品?」
「食料、水、燃料、その他もろもろ。エイルがいるから一杯持って行っても問題ないよな。いい買い物だった」
「人を物みたいに……って、わたしは物だったっけ」
「む、ボクはエイルを物扱いするつもりは無い。さっきの言い方はデリカシーが無かった。ごめん」
「いえ、いいんですよ。リムル様には感謝してますから」
誰よりも早く、優しいご主人に巡り会えたのだから……これ以上望むのは贅沢だ。
「ところで、今日も一緒に寝ますか?」
「……しまった、忘れてた!」
ただし、ちょっと抜けてるところが有るみたい。
翌日、ご主人は大量の肉や野菜、穀物の他に、水袋を始めとした容器や着替え、油などを買い込んできた。
その量たるや、ちょっとした店が開けるほどの量だ。
「リムル様、買い過ぎ」
「まあ、エイルの異空庫の実験も兼ねてるから、多めにと思ってね」
「よくお金あったね?」
「ウチの家はちょっとした名家だって言ったよね? 治癒術師の間では有名なんだ。もちろんそれに応じた資産も有る」
「――ボンボン」
「容赦ないな!?」
もちろん本気じゃない。なんというか、からかい甲斐があるので、つい。
そういえば前に名乗った時はブランシェ姓を名乗ってたっけ? 確か治癒術師の大家だったと思う。
あくまで冗談で、本気で口にした訳じゃ無かったけど、正真正銘のお坊ちゃまなんだ。
「とにかくっ! これを全部異空庫にしまえるか試してみろ。それができたらこの街を出るぞ」
「もう出発? 心の準備とか……」
「いや、街を出るけど出発ってわけじゃない。一旦ラウムと反対方向の東に向かうぞ。一日ほど行った所にフォカロールって町がある。そこにボクの実家があるから、持ってこれなかったアイテムも運び出すんだ」
「ん、わかった」
大量の材木を運搬していたわたしにとって、この程度の量はまだまだ余裕。
ポイポイと異空庫に放り込んで、昼前には宿をチェックアウトし、ベリトから離れることになった。
「フォカロールの町については知っているか?」
街門を抜けながら、ご主人が目的地について訊ねてくる。
田舎育ちのわたしが知る訳も無いので、そこは正直に答えた。
「知りません」
「一応ボクの故郷で、ベリトの衛星都市としてそこそこ有名で――」
「全く知りません」
「……まぁ、ベリトが有名すぎるのがいけないんだな、うん」
世界樹迷宮の街、冒険者の街……ベリトは様々な呼び名を持ち、その名は大陸全土に響いている。
だからこそ周辺の小都市群は、逆に名前が売れていないとも言える。
「だからわたしが知らなくても、問題無い」
「いや、別に悔しいわけじゃないから」
「リムル様の故郷がド田舎だって言ってない」
「お前、実は抉りに来てるだろ?」
「うん」
「…………」
ご主人がからかい甲斐あるのが悪いのよ?
「いいよ、実際ボクの家がある以外は畑があって、店があって、人が住んでる普通の街だ」
「いい所じゃないですか」
何事も普通が一番。
「そんなところだから、奴隷とか連れて行ったら目立つんだよ。でもエイルの異空庫の能力は使いたい」
「つまり、この『契約の首輪』を隠したいと?」
「両親が死んで間も無いのに、町を飛び出して、女の子の奴隷買って戻ってきたとか、外聞悪いだろ」
「またマント被る?」
「そうしてくれるとありがたい」
「別に嫁って言ってもいいよ?」
「……それは、そのうち、な」
あ、否定されなかった。意外と好感触?
ちょっとドキドキしちゃった。子供なのにご主人は意外とタラシだ。わたしも注意しよう。
てくてく、ポカポカ。
さっきのやり取り以降、会話は止まってしまっている。
旅は順調で、いいお天気にのんびり歩いていると、だんだん眠くなってきた。
「くぁぁ……」
思わず欠伸をして目をこすろうとした時、角にピリッとした微妙な反応があった。
「ん? なにか?」
「どうした?」
「魔力的な反応が……」
わたしの反応にご主人は杖を取り出して周囲を警戒する。
「エイルも剣を抜いておけ。警戒はしておいて損は無いからな」
「は、はい」
街に続く街道は整備されていて、見通しがいい。
街道周辺も膝までも無い高さの草が生い茂ってる程度で、隠れる場所なんて無い。
ここはベリト周辺でも、特に安全なルートのはず。
少なくともご主人はそう言っていた。
「……なにも、いない?」
「いや……上か!?」
ご主人の声に反射的に振り仰ぐ。
雲一つ無い青い空に、黒い小さな点。
それが急速に拡大していく。
「くっ!」
上空からの攻撃は距離が掴みにくい。
大きさを比較する対象も無いし、距離を測る目印も無いから。
「リムル様は伏せてて!」
単に視界の邪魔になると言うのもあったけど、山で作業員に襲われた時、この目はその動きを的確に捉えていた。
その動体視力に期待しての行動だった。
剣を振って挑発した甲斐があったのか、巨大な影はわたしの方へと落ちてくる。
確かこいつは――
「ヴァルチャー! 肉食の大鷹だ。動きが早いぞ」
ご主人の指摘で正体が知れる。
全長4mにもなる大きさ、それだけでわたしはプレッシャーを受ける。
ゴロツキとのケンカとは違う、本当の殺し合い。
――でも、負けたら……今度は奴隷じゃすまない。生きたまま肉を啄ばまれるとか、真っ平ゴメン!
予想通り、左目は的確に相手の距離を測ってくれる。
左腕はプレッシャーなんてどこ吹く風というくらい調子がいい。
「――やれる!」
自分に気合を入れるために一喝。
ヴァルチャーとの距離はもはや一息で詰まるほど。
大鷹は頭を下にした突撃態勢から、翼を大きく広げ、爪を先に出した捕獲姿勢へと変化している。
その分、速度は急激に落ちている。当然だ、あのままだと地面に墜落してしまうのだから。
そして、これはわたしにとって最大のチャンスでもある。
本来なら影も捉えられないほどの高速の空襲を、わたしは的確に一閃してのけた。
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