第7話 ロード・オブ・ウェポン(7)

 棄滅都市オルアベスとその住人たちは、教会の威光に畏怖の念をいだかない。

 この都市を支配していた教会とその権力が、街とともに、一度滅びているからだ。

 滅びた後、ほかの都市国家郡で生きていけなくなった貧民や、異邦の民が集まって再建した集落が、棄滅都市オルアベスのはじまりだ。

 教会がこの都市の再建を知って、聖典を布教し、税金をとりたてようと僧兵たちを向かわせたころには、すでに魔剣士たちの寝床になり、多大な犠牲を払わなければ服従させることのできない要塞となっていた。

 すでに神梯の威光にそむいた都市国家がある中、さらに背教者たちを増やすわけにはいかない教会は、かろうじて、打ち捨てられた寺院に司祭を住まわせることを街に認めさせたのだった。

 司祭は代替わりを重ねて、しだいに街に馴染んで、すでにひさしかった。

 この剣鬼と剣魔が眠る街において、神梯に仕える司祭は、オルアベスに聖典の教えを守護し、伝導する責務を負っている。

 すなわち、自身もまた、無頼の魔剣士どもをねじ伏せる魔剣士でなければならない。

 寒い朝、ミロスラフ司祭は、暖炉をともした応接室で来客をむかえていた。

 せまい一室に、自分と、客人が三人だ。大柄で屈強な男が三人、神梯都市エドレステアの剣士たちだ。外套を脱ぎ、旅装の腰に長剣を吊っている。

 客人たちにやわらかなソファと暖かな紅茶をすすめ、自分は固い木椅子に腰掛けるとミロスラフ司祭はほほ笑んだ。

「はじめまして、ミロスラフといいます。この教会の司祭を務めています。ヒルトゥラ家の頭首とお会いできて、光栄です」

「はじめまして、アウグスト・テイヨ・ヒルトゥラです。失礼ですが、階位をうかがえるでしょうか。この街に務める剣士は代々、傑物ぞろいと聞いています。無礼をはたらきたくはありません」

 初老にもなろうかというアウグストが、敬意を込めて丁寧に尋ねた。ミロスラフからすれば二十歳ちかく年上だ。

「お気づかいは無用です。この街に着任する際、第二天四段の階位を任ぜられました」

「そうですか。大変なお勤めでしょう。あなたが神梯の栄光を受けられるよう、お祈りします」

 アウグストの表情は変わらない。両脇に座る男たちも無言だ。ミロスラフの階位が自分よりひくいからだ。おのれより階位がひくい者には、わざわざ自分の階位を伝えないのがならわしだ。

 教会の信徒や司祭たちには、『天』に通じるはしごの『段』になぞらえた階位が定められている。

 段位は一段から九段へ上がり、天位は第一天から第九天へ上がっていく。段位が十段になる時、天位が上がることになる。

 そして第九天九段の位階から昇格する信徒こそ、ついにはしごを登り終え、神々のいる楽園に到達したとされる。教会の歴史において、教祖とその弟子たちのみが認められている。

 一方で、ミロスラフ司祭の第二天四段とは、聖典の教えを伝導する司祭としては平凡だった。ミロスラフ司祭の年齢からすれば、低いと言ってもよかった。

 だが、アウグストたちはミロスラフ司祭への敬意をうしなわなかった。

 このおだやかな司祭が、剣鬼と剣魔のひしめくオルアベスで、神梯の威光を伝導する魔剣士であることにかわりはない。

 アウグストが話を切り出した。

「本日うかがったのは、ヒルトゥラ家に伝わる賜り物、聖剣ベレンスレブをこのオルアベスで見つけるためです。この教会にも、すでに伝わっているでしょう。私はうしなわれた聖剣を取り戻し、教会の名誉を回復しなくてはなりません」

 ミロスラフはうなずいた。教会の聖典にはすでにベレンスレブの喪失を追記している。

「はい、あの記述を見てもしや、とは思いました。私にできることがあれば、協力は惜しみません。ただ、ベレンスレブはこの街にあるのでしょうか」

「かならず。聖剣を手放すにはこの街しかない。なにより、彼らはこの剣鬼と剣魔が眠る街で生きようとするでしょう。私は、聖剣を追って彼らに会わなくてはなりません」

 アウグストが、ミロスラフ司祭を見つめながら断言する。

「司祭、この街に住まうあなたに教えていただきたい。この街で売られた剣はどこに集まり、どうすれば取り戻すことができるでしょうか」

「そうですね。まず嘆かわしいことに、この街が聖剣に敬意を払うことはありません。鑑定され、魔剣の市場に並べられるでしょう――」

 ミロスラフ司祭は口をつぐんだ。

 ソファに座るウアグストとふたりの男たちの目が怒りで濁ったからだ。

 神のはしごから賜った聖剣が、ただの魔剣として、値踏みされ、売り飛ばされるという侮辱が、男たちの信仰心を傷つけたのである。

「つづけてもいいでしょうか」

 アウグストはふかく息を吐いてうなずいた。

「失礼しました。お願いします」

 ミロスラフ司祭はうなずいて、語りはじめた。

 棄滅都市オルアベスで売買される魔剣は、かならず市場で公開される。魔剣士たちが買おうとするからだ。

 嗜好品、美術品として、金持ちたちがひそかに取引することはない。魔剣士たちとの契約だ。

 富豪どもは薄汚い賃金を払って魔剣士たちの面倒を見てやり、魔剣士たちは見返りに富豪共の身辺の警固や賭博試合の見世物になる関係が、オルアベスでは成り立っていた。

 そして富豪どもは、この街におとずれうしなわれていく魔剣を、あまさず魔剣士たちに公表する義務を負っていた。

 もし魔剣が金持ちどもの玩具にされれば、魔剣士たちは、賃金を投げ捨てて、雇い主に襲いかかるだろう。実際に、魔剣の密売があきらかになって、魔剣士たちによって八つ裂きにされる愚かな商人もめずらしくはない。

 この剣鬼と剣魔が眠る街において、魔剣とは、魔剣士たちの血と肉と技をあずける存在であり、道楽としてもてあそぶことは許されなかった。

「その市場は、どこで、どのように催されるのでしょうか」

「地下歓楽街です。夜の闇にいくつもの命が散っていくこの街で、ともしびをかかげて尽きない昼を作り出しているゆがみです」

 オルアベスの夜道を歩くものは魔剣士しかいない。自分よりも強大な剣士をもとめて徘徊し、おのれの血と肉と技を懸けようというのだ。

 もし手ぶらで夜道で魔剣士と対峙し、武器を持っていないと訴えても信じてはもらえないだろう。服の下、手のひら、口の中、魔剣をひそませる場所は無数にあるからだ。

 そんな剣鬼と剣魔が眠る街でも、夜になりわいを持つものどものがいた。魔剣士の徘徊する夜の市街を避けて、せまく天井の低い地下道を掘り進めた先に、地下歓楽街はある。

「そこには、この街の魔剣がならべられています。ベレンスレブがいつ出品されるのか、どの商人が持っているのか、どのような売買で取引されるのかはわかりません」

「行ってみるほかはありませんな。場所を教えていただきたい」

 ミロスラフ司祭は街の見取り図を描くと、アウグストに手渡して、つけ加えた。

「四日前のことです。この街の魔剣士がその剣について訪ねに来ました。ベレンスレブの記載を私が修正したまさにその日です。彼の目的はわかりません」

「どんな魔剣士ですか」

「黒い長髪にたくましい長身の異邦人です。目は細いですが、そうですね、男前です。会えばすぐわかるでしょう。サジワンという若者です」

 見取り図をふところに入れながら、アウグストがうなずいた。

「なにか知っているのかも知れませんね。ありがとうございます。あなたの神に感謝します。……行くぞ」

 略式の礼を述べて、ウアグストととなりの男たちが腰を上げる。ミロスラフ司祭も立ち上がる。

 教会の門でアウグストの見送り、足早に去っていく三人の背中を見つめながらミロスラフ司祭は首を振った。

 ――ヒルトゥラの頭首がみずから訪問してくるとは、穏便には済みそうにはありませんね。お家の不始末は、ご自身でつけていただかなければいけませんが、私もそなえておきましょう。

 三人のすがたが見えなくなり、ミロスラフ司祭は門を閉じて教会にもどった。

 おのれの魔剣を磨かなくてはならないからだ。

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