After8 復讐の結末


「ローズ、おまえなあ……こういう・・・・止め方するかよ」


 カイエは面白がるように笑う――オリビエはローズに剣と甲冑はおろか、その下の服まで切り刻まれて、可愛らしいピンク色のブラとショーツを晒している。


 強制的に止めるなら、麻痺させるとか結界に閉じ込めるとか、方法なんて幾らでもある。しかし、頭に血が上ったオリビエは、魔法を解いた瞬間に再び特攻するだろう。


 オリビエを本当に止めるには頭を冷やすか、他の事に意識を向けさせるしかない。だから、剣と鎧という戦う手段を奪った上に、下着姿で醜態を晒さすという方法は手っ取り早いが……


「だけど、ローズ……良いのか? おまえは俺がオリビエにフラグを立てたとか言ってただろ」


 フラグを立てた相手の下着姿を見せるとか、完全にラブコメ展開だ。


「問題ないわよ。カイエは下着姿なんかで興奮しないでしょ……私たちの裸を見慣れてるから」


 悪戯っぽく笑うローズは、自然な感じでカイエの右腕に抱きつく。


「そうだな。下着よりも……私がいつでも見せてあげるから」


 そして、いつの間にか現れたエストが左腕に絡みついて。


「でも、オリビエがピンクの下着とか。意外だよね」


 エマが背中からカイエを抱きしめる。


「それなりに胸は大きいですけど……大した事ないかしら」


「そうかな? 僕としては、結構な凶器だと思うけど……」


 今はアリスがいないから、ロザリーとメリッサも前から密着して……ちょっと恥ずかしそうに、頬を染めていた。


「貴様ら……いったい、どういうつもりだ? 私の復讐の邪魔をして……勇者ローズ、貴様も殺してやる!」


 怒りと羞恥心に、オリビエは真っ赤な顔でローズを睨む。


「はい、どうぞ……貴方に出来るならね。でも、カイエが認識阻害で隠したから、もう他の人には見えていないわよ」


 カイエが発動した認識阻害によって、彼らの姿は完璧に隠蔽されており――


「……オリビエ殿下!」


 取り残されたオリビエの部下たちは慌てるが。


「ラクシエル閣下のやる事に、心配など無用……そもそも、おまえたちが何をしようと、閣下が相手では無意味だ」


 冷静なギャスレイに諭される。カイエたちのやる事は常識の枠では理解できないが、必ず意味があるとギャスレイは悟っていた。


 部下たちは納得出来なかったが、自分たちが無力なのは事実であり。主が姿を現わすのを待つしかなかった……怒り心頭のオリビエの顔を想像して、背筋に冷たいモノを感じながら。


「他の者たちに見えているかなど、どうでも良い……それよりも、私の剣と鎧をどうしてくれる! 丸腰でギャスレイと戦えと言うのか?」


 そんな事を言いながらも、オリビエはカイエの視線を気にして、ブラとショーツを手で隠している。


 『ああ、やっぱり。フラグが立っているのね……』と、今回は負けヒロイン確定のアイシャは、完全に空気と化しながらジト目で見ていた。


「ああ、オリビエ。悪かったな……だけど、代わりのモノを貸してやるから。そっちの方・・・・・は問題ないだろ」


 カイエは何食わぬ顔でローズたちを抱き寄せながら、収納庫ストレージから装備を出現させる――赤銅色に輝く甲冑と長剣。サイズと形はオリビエが使っていたモノに近いが、レベル的には数段強力なマジックアイテムだ。


「これは……」


 オリビエは思わず赤銅色の長剣を手にとって感触を確かめる。重さもオリビエの剣と大差なく、まるで長年の愛剣のように手に馴染む。甲冑の方に手を伸ばすと、見た目に反して革鎧のように軽い。


「ローズも言ったけどさ。問題なのは、おまえが頭に血を上らせるところだよ……今のおまえじゃ、ギャスレイに瞬殺されるだけだ。魔力操作が全然出来ていないからな」


 時間を止めた空間で、カイエはオリビエに剣の技術も教えたが。技術だけでは圧倒的に魔力量で勝るギャスレイに力負けする。だから、カイエは魔力の効率的な使い方をオリビエに教えた。


 剣による戦いでも、人族も魔族も魔力を使う――人族の筋力で強大な怪物モンスターの身体を切り裂き、炎や電撃にも耐える事が出来るのは魔力を帯びているからだ。


 しかし、大抵の者が半ば無意識に発動する魔力は、エネルギー効率が悪くてロスも多い。だから、意識的に魔力を操作する事が出来れば、魔力を効率的に使って力の底上げが出来る。ここまで・・・・は、達人と呼ばれる者たちなら辿り着けるが……


 カイエの魔力操作は根本的に違う。魔力の原理を理解しているカイエは、エネルギー効率の最適解を論理的に導き出し、実践できるのだ。


 相手に教える場合は、原理を理解しているカイエ本人じゃないから完璧とは言えないが……それでも、達人が辿り着ける領域とはレベルが違う。


「そうよ、オリビエ……せっかく、カイエが教えてくれたのに。あの無様な戦い方はないわよね」


 頭に血が上ったオリビエは、自分では魔力を操作しているつもりだったが――感情で魔力が暴走しており、全然駄目だった。だから、ローズは怒ったのだ。


「私は……」


 オリビエもようやく自覚するが……兄の仇であるギャスレイを前に、冷静でいられる自信はない。


「まあ、完璧にやれなんて言わないけど……少しは冷静になれよ? 本気でギャスレイを殺したいなら、感情を制御コントロールするしかないからな」


 漆黒の瞳がオリビエが揶揄からかうように笑う。


 怒りの矛先を他に向けた方が、オリビエはギャスレイに対して冷静になれる……それが解っているから、カイエはオリビエを煽るのだ。


「カイエ、貴様という奴は……」


「何だよ、オリビエ……すっかり、貴様呼ばわりに逆戻りだな」


「……もう良い! 貴様に躍らせられてやる!」


 オリビエもカイエの意図には気づいており――口惜しさを噛みしめて睨み付ける。


「カイエ、あんたね……私のいない間に、フラグどころじゃなくなってるじゃない」


 ここでアリスが登場――妖艶な笑みを浮かべて、ロザリーとメリッサごとカイエを抱きつく。


「だけど、オリビエも少しはマシな顔になったわね。なんで下着姿なのかは……後でカイエを問い詰めるけど。ほら……鎧は私が付けてあげるわよ」


 長女ポジションのアリスは面倒見が良くて。


「アリスさん……ロザリーちゃんも手伝いますの」


 意外と気遣いの出来るロザリーと二人で、オリビエに赤銅の甲冑を装備させる。


「済まない……」


 ほとんど聞こえないほどの小声で、オリビエが礼を言うが。アリスとロザリーは苦笑するだけで、気づかないフリをする。


 そして、カイエが認識阻害を解くと――


 赤銅色に輝く装備を纏うオリビエに周囲は目を奪われるが。ギャスレイだけは、オリビエの内面の変化に気づいていた。


「なるほど……さすがは、ラクシエル閣下の奥方だ。勇者ローズ……これが狙いという訳ですか?」


 魔王を殺したローズに、ギャスレイは思うところがあるが。それは恨みなどではなく、魔王以上に圧倒的な強者である彼女への羨望だった。


「そうね……今のオリビエは、さっきまでとは違うから」


 オリビエからギャスレイに対する怒りや憎しみが消えた訳ではないが。何とか感情に振り回されずに、戦おうとしていた。


「ギャスレイ……覚悟しろ!」


 カイエのマジックアイテムと制御された魔力が、オリビエの力を底上げする。加速ブーストして放たれた一撃を、ギャスレイも易々と弾き飛ばす事は出来なかった。


「確かに、少しは重くなったな。だが……」


 それでも、感情も魔力も制御の甘いオリビエが、魔将ギャスレイ・バクストンに勝てる筈もなく……わずか五分で、オリビエは敗北した。

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