第303話 始まり


 その日の夜――ディスティの居城には、当然のようにヴェロニカがやって来て。カイエたち三人と『暁の光』のメンバー、ログナとアルメラまで集まった。


 案の定、アランたちは遠慮したいと言っていたが――今夜はカイエが料理を振る舞うと言ったら、レイナが真っ先に折れて。結局全員で参加する事になった。


「カイエの料理、楽しみ……」


「俺は酒さえ飲めれば、メシなんて何でも良いけどな」


「フン……そんな事を言うなら、ヴェロニカさんは食べる必要ないかしら。せっかくのカイエ様の料理が、勿体ないのよ」


「そうね……カイエが作ってくれる物は、全部私たちが食べるから。ヴェロニカは適当に他の物でも食べてよ」


「うん。ヴェロニカにはあげない」


「……いや、別に良いけどよ」


 ロザリー、ローズ、ディスティの三人から集中砲火を浴びて。ヴェロニカは興味がないと、それ以上反論せずに酒を煽り始める。


 こっちの世界の食材にも精通するようになったカイエは――『ちょっと獲物を狩って来る』と言って出掛けて来て、持ち帰ったのは巨大な野牛や脂の乗った魚、虹色の卵などの食材だった。


 肉は熟成させた方が旨いからと――無駄に趣味に走る事が好きなカイエは、急速熟成ファストエイジングなる独自魔法オリジナルマジックを発動する。


 野性味あふれる熟成肉はローストして、肉汁のソースと合わせる。鮮魚は刺身にしてカルパッチョとシンプルな味付けの二品。虹色の卵はふわとろにして、濃厚なキノコのソースを掛ける。


 デザートはスフレケーキに、さっぱりしたクリームとフルーツをふんだんに添えて……その味は絶品で、凄腕が揃うディスティの居城の料理人たちも唸らせるモノだった。


 しかし、それ以上に――カイエが料理を作ってくれた事自体が重要だった。


「ねえ、カイエ……あーん」


 甘い声で囁いて、食べさせてとせがむローズ。


「ローズだけズルい……カイエ、私にも食べさせて」


「だ、だったら……私もお願い!」


 ローズとディスティの『食べさせて!』合戦に、レイナも慌てて参加する。そんな彼女たちを、ロザリーは内心では羨ましい思いながらも、澄まし顔で傍観していたが……


「なあ、ロザリー……たまには、おまえにも食べさせてやるよ」


 カイエの不意打ちに、ロザリーは真っ赤になって『あーん』と口を開けるが。


「(モグモグ)……確かにカイエの料理は旨えな。酒にも合うぜ!」


 突然乱入して来たヴェロニカに横から掻っ攫われて――ロザリーは怒りの炎を噴き上げる。


「ヴェ、ヴェロニカさん……それだけは許せませんの!」


 始まる狂乱の宴――ロザリーが本気になる。


「へえ……面白えじゃねえか。ロザリー、掛かって来いよ!」


 このとき、ヴェロニカはロザリーを侮っていたが……すぐに彼女の成長ぶりに驚く事になる。この一か月余りの間、カイエがこっちの世界にいる日は、ロザリーは毎日模擬戦で鍛えて貰っていたのだ。


「ヴェロニカ……今のは酷いわよ。ロザリーをイジメるなら、私も相手になるわ!」


 そして、ローズも参戦。


「うん。全部ヴェロニカが悪い……私はローズとロザリーの味方!」


 ディスティまで敵に回ったのだから、ヴェロニカは惨敗して謝る事になったが。


「チッ! 悪かったよ、ロザリー……俺の分も食べさせてやれって、カイエに頼んでやるからさ。そんな事よりも……てめえはいつの間に強くなったんだよ? ホント、面白れえじゃねえか……もう一戦やろうぜ!」


 戦う事自体が目的になったヴェロニカは、犬歯を剥き出しにして笑う。


「ヴェロニカの分なんて、初めからない」


「そうですわ……でも、仕方ないですの。ロザリーちゃんは受けて立ちますわ!」


 自分の力が通用した事が嬉しいのか、ロザリーも好戦的な笑みを浮かべる。


 まあ、そんな感じで――彼女たちは暫く本気で戦ったじゃれ合った


「アン……やっぱりこうなるのね。興奮するわ……」


「そうだな……こんなスリル、カイエと一緒にいなきゃ味わえねいからな」


 変態二人が恐怖を肴に酒を味わう傍らで。


「ハ、ハハハ……俺たちは、毎回とんでもないところに呼ばれるな」


「……酒も料理も旨いが。正直……味わう余裕なんてねえな」


 アランとガイナは乾いた笑みを浮かべて、高級酒をがぶ飲みする。


「ねえ、レイナは……参加しなくて良いの?」


 しれっと、とんでもない事を勧めてくるトールに。


「じょ、冗談は止めてよね! あんなのに参加したら、確実に死ぬわよ!」


「だったらさ……この隙に、カイエの隣りに座ったらどう?」


 ニヤリと笑うトールの視線の先では――カイエが面白がるように戦いじゃれ合いを眺めながら、一人でグラスを傾けていた。


「……でも。この状況で、私だけ抜け駆けなんて出来ないわよ」


 ローズが……最近ではロザリーも、レイナの事を優しく見守ってくれている事に気づいていたから。彼女は二人に遠慮して、動く事が出来なかった。


「レイナは、そういうところが真面目だよね。だったらさ……ねえ、カイエ。僕たちと一緒に飲もうよ!」


「ちょ、ちょっと……」


 トールはレイナの返事を待つ事なく、素知らぬ顔でカイエがいるテーブルに向かう。


「レイナも、早くおいでよ!」


 二人きりじゃないなら抜け駆けじゃないよねと、トールが笑っている。


「も、もう……仕方ないわね!」


 内心でトールに感謝しながら、レイナはカイエとの束の間の時間を楽しんだ――勿論、ローズもロザリーもそれに気づいていたが。これくらいの事で文句は言わなかった。


※ ※ ※ ※


 翌日――『深淵の使徒』第三席であるシャーロン・フォルセリアから、カイエの元に『伝言メッセージ』が届いた。


 直後、カイエはローズとロザリーと共に、シャーロンがいるブレストリア法国の首都リンドアへと転移して――半壊した都市を目にする。


 崩壊した建物の群れと、ひび割れた大地――特に中心部にある大聖堂の惨状は酷く。城塞のような建物は跡形も無くなり、大地が抉られてクレーターのようになっていた。


 充満する埃と血の臭い――カイエの漆黒の瞳は、激しい怒りを帯びていた。

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