第304話 痕跡
「とにかく……生き残っている奴を助けるのが優先だな」
半壊した首都リンドアにて――カイエは魔力の反応を頼りに、瓦礫に埋もれている生存者の救出を行った。
大量の瓦礫を魔法で退かして、破壊された建物の残骸の下から怪我人を救い出す。怪我は魔法で治療出来るが……瓦礫の下から出て来たのは大量の死体であり。死んでしまった者は、カイエでも蘇らせる事は出来なかった。
いや、正確に言えば、一つだけ方法がある――魔神であるカイエの魂の欠片を分け与える事だ。しかし、相手が混沌の魔力との融合に耐えられることが条件であり、大抵の者は耐えられずに魔力に飲み込まれてしまうのだ。
混沌の魔力に飲み込まれた者は……神の化身や魔神のように精神体を持つ者でもない限り、肉体も精神も未来永劫失われる。だから、カイエはそんな事を試すつもりなどなかった。
認識阻害によって、カイエたちの姿も行使した魔法も、人々の目に触れる事はなく。大量の瓦礫が勝手に動いて、下敷きになっていた人々の傷が直るという
四万人を超える死者が発生したリンドアにおいて。奇跡を称賛する言葉は、悲嘆にくれる声に掻き消された。
※ ※ ※ ※
「カイエ様……報告が遅れまして申し訳ありません」
崩壊を免れたリンドアの中心部にある邸宅で――『深淵の使徒』第三席シャーロン・フォルセリアは片膝を突いて、カイエに頭を下げる。
「シャーロン……
カイエたちが到着したときには、その姿はなかったが――シャーロンが送った『
「はい……本日未明、突然現われた『暴食の魔神』イグレド・ギャストールが無差別攻撃を開始。ブレストリア法国軍は即座に反撃しましたが……『暴食の魔神』を止める事は出来ず。首都リンドアの六割ほどが破壊されました」
『暴食の魔神』は制約を課した状態だったが――魔神の前では、『深淵の使徒』も巨像の前の小動物に過ぎず。ブレストリア法国軍も『深淵の使徒』三名を含む四千人以上が犠牲となった。
「結果から言えば……ブレストリア法国軍は惨敗しましたが。『暴食の魔神』が突然襲撃した理由が、私には皆目見当がつきません」
『暴食の魔神』イグレド・ギャストールが支配するギルスバーグ帝国は西の彼方にあり。ブレストリア法国とは、これまで一度も戦火を交えた事がないどころか、交流も一切ないのだ。
『深淵の使徒』であるシャーロンは、知識として『暴食の魔神』の事を知っているが。面識など一切なく……ブレストリア法国が『暴食の魔神』の怒りを買うような行動を取ったとも考えられない。
「そもそも……使徒を派兵するのではなく、『暴食の魔神』自らが単独で襲撃して来た事自体が不自然です。だから、私たちは戦いの最中、『暴食の魔神』に襲撃の理由を何度も問い掛けましたが……」
『暴食の魔神』は何も応えずに、無軌道で無差別な攻撃を繰り返した。そして、二時間ほど暴れ回った後――現れたときと同じように、唐突に姿を消したのだ。
「シャーロン……不可解な状況という事は解ったけど。カイエに報告するのが遅れた事も、何か理由があるのよね?」
ローズは冷静に振舞っているが――その瞳には『暴食の魔神』に対する怒りが溢れていた。ローズも生存者の救出と治療に一役買ったが……四万人の死者に対して、救えた命は余りにも少ない。
シャーロンがもっと早くカイエに報告していれば――犠牲者の数を減らす事が出来たという思いはあるが。ローズは理由も聞かずにシャーロンを責めるつもりなどなかった。
「はい、ローズ様……信じて頂けるとは思いませんが。『
都市一つを包み込む『
そして、『
しかし……こんなことを言ったところで、カイエたちが信じるとは到底思えなかった。『暴食の魔神』が常識では考えられないほど強力な魔法を行使したという事よりも、シャーロンが自分たちだけで『暴食の魔神』に対処しようと功を焦り、カイエに報告せずに被害を広げたと考える方が、信憑性がある。
自分が逆の立場ならば、荒唐無稽な言い訳を聞く耳など持たないだろう――シャーロンは屈辱感に苛まれながら、唇を噛みしめる。
「なるほどね……シャーロンが言ってる事は事実だろうな」
しかし、カイエはアッサリとシャーロンの言葉を肯定する――漆黒の瞳は、崩壊した大聖堂の跡地を眺めていた。
「カイエ様は……私を信じて頂けるのですか?」
驚きの表情を浮かべるシャーロンに、カイエは苦笑する。。
「ああ、信じるも何も……証拠が残っているからな。リンドアを襲撃したのは『暴食の魔神』だけじゃなくて……他にも連れがいたんだよ」
魔力を見る事が出来るカイエの目には――大聖堂の跡地を中心として、都市全体を包み込む魔力の
強大な魔法を行使した後に、魔力の残滓が残ることは珍しい事ではないが……カイエの目に映るのは、極限まで性質を削ぎ落とした純粋な魔力の痕跡だった。
『暴食の魔神』に
何者かが『暴食の魔神』を操って、外部に情報が漏れないように隔離した状態でリンドアを襲撃した。わざわざ、こんな手の込んだ事をした理由は――
「俺たちの存在も、シャーロンとの繋がりも知った上で……そいつは揺さぶりを掛けて来たんだよ」
魔神が自らリンドアを襲撃した事は不自然ではあるが――神の化身と魔神たちが取り決めた制約を破った訳ではないし。他の神の化身と魔神が邪魔するとも思えないから、襲撃した事を隠す理由などない筈だ……カイエたちの存在と、シャーロンとの繋がりに気づいていなければ。
単に相手が用心深いだけで、神の化身や魔神ではなく『深淵の使徒』が支配するブレストリア法国が目障りでターゲットにしたとも考えられなくはないが……そうではないと考える根拠がある。
極限まで性質を削ぎ落とした純粋な魔力の痕跡――純粋な魔力を行使できるほど完璧に制御出来る者であれば、残滓など残さずに隠蔽する事は容易い。
明確な理由もなく襲撃を隠すような用心深い奴が、魔力の残滓を消し忘れる筈もない。カイエのように魔力を見る事が出来なくても、魔法を使えば残滓を感知する事は出来るだ。
つまりは、『
「カイエ、それって……私たちのせいで、リンドアが襲撃されたって事よね?」
ローズが苦渋の表情を浮かべるが。
「ああ、そうだよ……
こっちの世界に来た事も、神の化身と魔神たちの企みを暴こうとしているのも――カイエの選択であり。だから、少なくともローズたちには関係ないとカイエは思っていた。
「そんな事ないよ……私だって、こっちの世界には自分の意志で来たんだから!」
全部一人で抱え込まないでと――ローズはカイエを思いきり抱きしめる。
「ローズ、嬉しいよ……だけどさ。全部俺は自分のせいだって、罪悪感に飲まれるつもりなんてないからな」
カイエもローズを抱きしめながら――見えない相手に対して冷徹な笑みを浮かべる。
「こんな下らない真似をする奴は……昔から散々見て来たからさ。俺にとっては今さらなんだよ……四万人が死んだのは、確かに俺のせいでもあるけどさ。一番悪いのは、殺した奴に決まってるから……絶対に、そいつに責任を取らせてやるよ」
相手が次に何を誰に仕掛けて来るか――まだ情報が足りていないが。どんな風に仕掛けられても良いように、カイエは
怪我人の救助を終えた後、ロザリーには用心のために中立地帯に戻って貰い……
ログナとアルメラは
もっと他にもカイエの知り合いはいるが――カイエに揺さぶりを掛ける対象としては、これくらいだろう。
だけど、ログナとアルメラや『暁の光』のメンバーが襲撃対象になる事はおそらくないと、カイエは考えていた。何故ならば……そんな事をするような奴なら、もっと陰湿な方法で仕掛けて来る筈だ。
そして、カイエの予想は的中する――カイエが仕掛けておいた罠に、『暴食の魔神』が掛かったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます