第292話 地下牢の魔族


「カイエ……私もこんな事は絶対に許さないわ。今すぐ、この国の神の化身のところに行って、止めさせないと!」


 ローズは本気で怒っていた。マクスレイ天樹国の連中は、何百年もの間、魔族たちをさらって殺して来たのだ……被害者の数は少なくとも万単位になる。


「ああ、ローズ……すぐに手を打つからさ。には徹底的に思い知らせてやるよ」


 カイエの冷徹な目に――ログナとアルメラは戦慄を覚えながら、ゴクリと唾を飲み込む。カイエが敵意は、勿論彼らに向けられたモノではないが。初めて見るカイエの本気に……心臓が凍り付くような恐怖と同時に興奮を覚える。


「ログナにアルメラ……おまえたちには礼をしないとな。勿論、報酬も払うけどさ。これから俺たちがやる事を、全部傍で見せてやるよ」


「ああ、そう来なくっちゃ……最高に面白そうじゃねえか」


 ログナは狂気が混じった笑みを浮かべる。


「もう……そんなこと言われたら、我慢できないわよ」


 アルメラは舌なめずりしながら……不味い事になった下腹部を押さえていた。


※ ※ ※ ※


 千年樹の木々の上に築かれた神の化身の居城へと――カイエたちは認識阻害を展開して潜入する。


 正面から堂々と突入する方が早いが、今回は捕らわれた魔族がまだ生きている可能性が高いから、彼らの救出を第一に考えたのだ。


 城にはあらゆるところに、警戒と防護の魔法が何重にも施されていたが――カイエにとっては無効化するなど簡単な事だった。


「なあ、ログナ……おまえらは魔族がここに運び込まれれてから、俺に伝言メッセージを送ったって事だよな?」


「ああ、そうだ……最高のタイミングだろう?」


 ログナは情報の裏を取るために、実際に魔族が運び込まれるのを確かめたのだ――今はまだ昼間だから、居城には謁見を求める天樹国の国民がおり。神の化身に殺人ショーを見せる趣味がなければ、魔族たちが生きている可能性は高い。


 城内の区画についても、一部ではあるがログナは情報を手に入れていた。天樹国の国民が出入りしているのだから、入口から謁見の間までのルートを知るのは容易な事だった。


 城の下層部分、千年樹の木々は物質錬成の魔法で木を生かしたまま内部に空洞と構造物を創られており。扉や窓の部分だけ別の物質が埋め込まれていた。


 光源は全て魔法で天井が輝く廊下を、カイエたち四人は認識阻害を展開したまま、飛行魔法フライと多重加速ブーストで駆け抜ける。


 彼らが向かったのは地下――千年樹の根のさらに下に造られた空間。勿論、立ち入り禁止区画となっており、天樹国の兵士たちによって警備されていたが。カイエは途中の壁や扉を短距離転移で突破したから、誰にも気づかれる事なくそこに辿り着いた。


 一般の人族よりも強い魔力が一ヵ所に集まっているところ――魔力を感知できるカイエは、それで当たりを付けて地下牢の場所を探り当てた。案の定、地下牢には三十人ほどの魔族が幽閉されていた。


「とりあえず……話を聞いてみるか」


 カイエは地下牢の中に短距離転移すると、認識阻害領域を広げて魔族たちを中に取り込む。


「おまえたちは何者だ? どこから現れた!」


 突然出現したカイエたちに、魔族は警戒するが。助けに来た事を手短に伝えて、それでも『相手は神の化身の使徒だから、こんな事をしても無駄だ』と騒ぐ者たちを――面倒だからと、カイエは実力行使・・・・で黙らせる。


「それで……まだ誰も殺されていないんだよな?」


「は、はい! 今のところは全員無事です!」


 異常なほど素直になった魔族たち。


「もう、カイエったら……強引なんだから」


 ローズは隣りで微笑んでいるが、ログナとアルメラはもうすっかり興奮していた。


「おまえたちの他に……もっと前に捕まった魔族は見掛けなかったか?」


「いいえ……他には誰も……」


 カイエは索敵と魔力感知を同時発動して、周囲の空間を探る。


「おまえらは後で逃がしてやるよ……全部話をつけてからな。俺が結界を張って安全を保証してやるから、ここで大人しくしてろよ」


 ここまでは全て認識阻害によって、外部から全く認識されていない――当然見張りの兵士はいるから、バレるの時間の問題だが。魔族たちの確保は出来たので、もうバレても構わなかった。


「もう一つだけ……確かめたいモノが見つかったよ。に会いに行く前に、ちょっと寄り道するからさ」


 カイエは再び壁と扉を突破して、地下の空間にある反対側の区画へと向かう。そこに先ほどの魔族たちよりも大きな魔力を持つ存在がいるのだ。


 移動している途中で、ドーム状の広い場所に出る――こびりついた腐臭混じりの血の匂い。

 ここが何の目的で使われているか察したローズが、怒りに奥歯を噛み締めるが。カイエはローズを宥めるように肩を抱くと、そのまま素通りして目的の場所を目指す。


 地下の反対側の区画には、拷問道具のような魔法による実験設備と。先程よりも頑丈に作られた地下牢が幾つもあり。その一つに――それ・・は閉じ込められていた。


 太い蔦のような六本の腕を生やした三メートル強の木の幹のような身体――しかし、その怪物の顔の部分だけは、魔族そのものだった。


「おい……おまえは喋れるのか?」


 今度は一人だけで、カイエは牢の中に入る。カイエの気配に気づいた怪物は目を開くと――突然襲い掛かって来た。


 狂ったように振るわれる六本の腕――勿論、カイエに触れる事など出来ないが。このとき……カイエは怪物の声を聴く。


「コ、コロシテクレ……」


 カイエは頷くと――怪物を停止させる。


「おまえの望みには応えられないよ……その代わりに、必ず救ってやるからさ」


 カイエはそう言うと、怪物を結界で閉じ込めてから牢の外に転移する。


「酷い……こんな事をするなんて……」


 ローズは拳を握り締めて、怒りを我慢していた。


「ああ……この落とし前は、キッチリ付けさせてやるよ」


 カイエの声は静かだったが――目の光の冷たさに、ログナとアルメラは震える。


「それじゃ、行くか……ここから先は、正面突破するからさ」


 カイエは残酷な笑みを浮かべると――転移魔法を発動した。

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