第293話 徹底的にやる


 短距離転移で地上階に出ると――カイエは認識阻害領域を拡大して、神の化身の居城全体を飲み込む。


「これで準備は出来たな……ローズ、おまえも好きにやって良いからな」


「うん、カイエ……今日は遠慮なんてしないから!」


 突然出現した四人に、天樹国の兵士たちは慌てるが。カイエは無視して、多重加速した飛行状態で上層階へと突き進む。


 城内の兵士たちは、当然のように行く手を塞ごうとする。しかし、カイエたちは音速を超えているのだから、間に合う筈もなかった。


 魔力の大きさから、カイエには神の化身の居場所が解っていた。兵士たちを置き去りにして、最短距離で謁見の間に飛び込む。


 下層と違い人工物で造られた煌びやかな広間には、結界が張られていたが――カイエは自分の結界をぶつけて、力づくで破る。


「襲撃者だと……何処の手の者だ!」


 全身に魔力を漲らせた『使徒』たちが、即座に飛行魔法フライを発動させて群がって来るが――カイエは結界を広げるだけで、『使徒』たちを弾き飛ばす。


 広間には一般市民も相当数いたので。カイエは彼らだけ別の結界を作って隔離すると――自分の結界を解除して、部屋の中央に降り立った。


「よう、リゼリア……久しぶりだな」


 奥にある千年樹で創った玉座に座るのは――『いばらの神の化身』リゼリア・アルテノス。


 具現化した緑の蔦を全身に絡ませて、薄物の白い衣を緩やかに身に纏う。翡翠ひすいの髪と金色の瞳の美女リゼリアは、玉座に凭れながら、気だるげな顔をしていたが――カイエを見るなり、表情を一変させる。


「貴様は……カイエ・ラクシエルか!」


 千年前の戦いでリゼリアを殺したのは、カイエではなくアルジャルスだが――多くの神の化身と魔神を殺し、彼らの秩序を崩壊させたカイエを、リゼリアは憎悪していた。


「自らの魔力に飲み込まれるような愚か者が、よもや復活するとはな……世界を滅ぼし掛けた魔神の出来損ないが、神の化身である我の城に土足で踏む込むとは無礼であろう!」


 リゼリアとてカイエの実力は解っていたが――プライドの高いリゼリアは不遜な態度を取る。


 神の化身と魔神たちが取り決めた制約を課した状態では、絶対にカイエには勝てない……しかし、今の肉体を失ったところで。精神体のまま元の世界に戻って、再び肉体を復活させるだけの話だ。


「おい、リゼリア……言いたい事はそれだけかよ?」


「否! 貴様に対する呪詛の言葉など、幾らでもあるが……貴様は何が目的で、我の前に現れたのだ?」


 リゼリアの『使徒』たちが、主を守るように周囲を固める。しかし、そんな事をしても意味がないと、リゼリアも良く解っていたが――カイエの反応を探るために、敢えて『使徒』たちの好きに攻撃させる。


 『使徒』たちが一斉に魔法を浴びせ掛けるが――ログナとアルメラは、カイエが別に展開した結界に守られており。カイエとローズは結界を解除している筈なのに、服すら無傷だった。


 そして、流れ弾となった魔法が、広間にいる一般兵士や市民にも襲い掛かるが――彼らもカイエの結界に守られて無傷だった。


(……下らぬ! やはりこの男は、何も変わっておらぬな!)


 リゼリアは確信する――カイエという男は、弱者を殺す事を躊躇ためらう軟弱者だ。そして、反撃さえもして来ないのは……今のリゼリアを殺せばどうなるか、カイエ自身も解っているという事だ。


「どうした、カイエ・ラクシエル……悔しければ、我を殺したらどうだ」


 リゼリアの挑発を――カイエは冷ややかに眺める。


「俺がおまえを殺せないって、思ってるみたいだがな……おまえ一人くらいなら、向こうの世界まで追い掛けて、復活した瞬間に殺す事だって出来るんだよ」


 この言葉は半ばハッタリだ――確かにカイエなら、精神体となったリゼリアでも捉える事が出来るが。リゼリアが復活するまで、張り付いている訳にもいかない。


 他に方法がないなら、それでもカイエはやるが……もっと効果的な手段を用意している。リゼリアに……徹底的に思い知らせてやる手段を。


「だったら、今すぐに殺したらどうだ……我は構わんぞ!」


 自信たっぷりのリゼリアだが、発言内容に『使徒』たちが騒めく。


「そんなに急かすなよ……なあ、リゼリア。地下室に捕えている魔族たちも、おまえは魔法で弄ぶつもりなのか?」


「ほう……カイエ、貴様は犬のように嗅ぎ周っておるようだな。だが、勘違いするなよ……我は薄汚い魔族どもを、我の高尚な実験のために消費してやっておるのだ」


 『いばらの神の化身』リゼリア・アルテノスは、神の化身としては珍しい魔法の研究者だ。ただし、リゼリアが好むのは魂を弄ぶような研究ばかりで――


 かつては、怪物モンスターを組み合わせて、新たな怪物モンスターを創造し……今は、魔族に怪物モンスターと魔力の因子を埋め込んで、どこまで強化できるか試している。


 そして、強化した魔族同士を互いに殺し合わせる――そうする事で、実験の成果を測ると同時に、力の足りない失敗作を始末しているのだ。


 リゼリアの言葉に、ローズが怒りの炎を噴き上げるが――リゼリアは、人族風情と完全に無視する。


「我の実験の成果は……ここにいる我が『使徒』たちに活かしている。何の役にも立たない魔族を有効利用しているのだからな、奴らも感謝して地獄に落ちるだろうよ」


「リゼリア……今すぐ黙りなさい!」


 ローズは無視された事にではなく、魔族たちのために怒っていた。


「ふん……人族の小娘が! 神の化身である我に、口を利いて良いと許可した覚えはないぞ!」


 リゼリアはローズを見下しながら――違和感に気づく。ローズの全身から溢れ出しているのは……膨大な光の魔力だった。


「貴様は……光の神・・・の勇者か!」


 かつて自らを殺した『光の神の化身』アルジャルスと同質で――決して人族であり得ない魔力の量を目にしても、リゼリアは不敵に笑う。


「今の我であれば……貴様でも殺す事が出来るであろう? 我が気に入らぬなら……その剣を抜くが良い!」


「……ローズ!」


「うん、カイエ……解ってる!」


 無暗に挑発に乗ったりなどしない――ローズとカイエは視線を交えて頷き合うと、再びリゼリアを見据える。


「ホント……おまえの挑発は安っぽいよな。俺たちは簡単に殺したりしないさ……そんな甘くはないからな」


 カイエは新たな結界を出現させて――リゼリアだけを中に閉じ込める。


「貴様……何をするつもりだ!」


 リゼリアは怒りのままに魔法を連発するが――カイエの結界が完璧に阻んでしまう。


「だからさ……そんなに焦るなよ。まだまだ、これからだからさ……」


 カイエはリゼリアの結界を広げて――使徒たちを弾き飛ばすと、広がった結界の中にローズと二人で飛び込んだ。


「わざわざ我を結界に閉じ込めて……なぶり殺しにするとでも言うのか?」


 こんな事をしても意味がないと、リゼリアは嘲笑うが――


「だからさ、殺さないって言ってるだろ……徹底的になぶりはするけどな」


 カイエは冷徹で残酷な笑みを浮かべる。


「ローズ……俺が絶対にリゼリアを死なせない・・・・・からさ。おまえが、リゼリアに思い知らせてやれよ」


「うん……リゼリア、貴方が殺した何万人という魔族たちに償いなさい! そして……もうこんな事は止めるって誓いなさい!」


「ふん……下らぬ事を! このような脅しになど、我が屈する筈がなかろう!」


 この時点に至っても――リゼリアはカイエとローズを侮っていたが。


「そう……だったら、仕方ないわね!」


 リゼリアには捉える事の出来ない速度で――神剣アルブレナが、リゼリアの身体を切り刻む。


 リゼリアは激しい痛みと屈辱を感じるが――それも一瞬の事で、リゼリアは精神体となって姿を消す筈だった。しかし……次の瞬間、リゼリアの肉体が再生して無傷の状態に戻る。


「なあ、リゼリア……俺は絶対に死なせない・・・・・って言ったよな?」


 カイエに掛かれば――リゼリアの肉体を消滅する寸前から、強制的に再生する事など簡単だった。勿論、リゼリアは痛みと屈辱を繰り返し味わう事になるが……


「おまえが本来の力を取り戻せば……きちんと殺してやるよ。さあ、リゼリア……さっきの質問の続きだ。おまえが殺した魔族たちに償い、二度と同じ事をしないと誓うか?」


 今の状況から逃れるには、偽りの誓いを立ててカイエを欺けば良いだけの話だが――プライドの高いリゼリアがそんな事をする筈がないと、カイエには解っていた。


「……ふざけるな! 我が償う理由などない!」


「そう……残念だわ!」


 ローズが再びリゼリアの肉体を切り刻む――『いばらの神の化身』リゼリア・アルテノスは、苦痛と屈辱を伴う消滅の寸前からの再生を、何度も繰り返す事になった。

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