第281話 曇天の神の化身


 木々が密生し、誰も立ち入らないような森の奥で――『曇天の神の化身』アルベルト・ロンダルキアは、無心に剣を振り続けていた。


 見た目の年齢は二十代後半。背中まで伸びた灰色の髪と、太い眉の下の金色の瞳。研ぎ澄まされた精神を映し出す精悍な顔立ちに、一切の無駄な肉を削ぎ落した肉体――


 アルベルトは上半身裸で、自分の身長ほどもある長い剣を自在に操っていた。


 神の化身と魔神たちが取り決めた制約によって、本来の力を封印した今の状態でも、アルベルトの剣に淀みなどなく。まるで稀代の天才が生み出した芸術作品のように、流れるような完璧な動きで剣を振るうが――


(……もっとだ! 俺はもっと高みに登れる筈だ!)


 アルベルト自身が満足などしていなかった。彼が追い求めるのは究極の剣技。剣の道を極める事だけが、『曇天の神の化身』アルベルト・ロンダルキアの存在理由なのだ。


「よう、アルベルト……おまえってさ、相変わらず変人だよな」


 不意に声を掛けられて、アルベルトは剣を振る手を止めることなく、視線だけを動かす。彼の傍らに、いつの間にか黒髪の少年が立っていた。


「貴様は……カイエ・ラクシエルか? 自らの魔力に飲まれて消滅した筈だが……生きていたのか」


 千年以上前の戦いで、アルベルトはカイエに一度殺されているが――


「そうそう……おまえはそういう・・・・奴だよ」


 カイエは苦笑する。アルベルトはカイエに対する怒りや憎しみを一切見せないどころか――もはや興味を失ったように、再び己の剣を振るう事だけに集中していた。


 そんな感じだから……


「この人が……『曇天の神の化身』アルベルト・ロンダルキアなのね」


 カイエの後ろにいるローズの事など、全く気づく様子もなかった。


※ ※ ※ ※


 少しだけ時間を遡って――


 ディスティから情報を得た日の翌日。カイエとローズは、さっそくブレストリア法国へ向かう事にした。


「カイエが行くなら……私も行く」


「アルベルトの国か……胡散臭くて、面白そうじゃねえか!」


 ディスティとヴェロニカも一緒に来ると言っていたが。


『おまえらさ……支配者としての責任があるんだから、無暗に国を離れる訳にいかないだろ。まさか、そんな事どうでも良いなんて言わないよな?』


 カイエはもっともらしい事を言うが――本音としては、二人が来ると余計に面倒な事になると思っていただけだ。


 だから、まだ納得しない二人に、


「帰ってきたら、たっぷり時間を掛けて鍛錬に付き合ってやるからさ」


 という交換条件で言いくるめて出発する。


 まずは、ブレストリア国内まで転移――カイエは世界中を登録マーキングしているから、一番近い登録場所を選んだのだ。


 そこから、多重加速ブーストした飛行魔法フライで、法国の首都リンドアまで高速移動するが。リンドアに降り立つことなく、通過してしまう。


 勿論、それには理由があり……カイエの広域索敵能力で、リンドアに神の化身クラスの魔力の持ち主がいない事に気づいたからだ。


「アルベルトが支配する国っていうのが、全くのデタラメじゃないなら……少なくともアルベルトは、ブレストリアの国内にいる筈だよな。まあ、デタラメだとしても……別に構わないんだけどさ」


 カイエはローズと一緒にさらに移動して、魔力を頼りにアルベルトの居場所を探した。

 国中をくまなく探すつもりだったが。リンドアから二十キロほど離れた森林地帯で、アッサリとアルベルトを発見して、今に至る訳だが――


「俺とローズをガン無視とか……アルベルト。おまえってホント、ふざけた奴だよな」


 無心に剣を振り続けるアルベルトに、カイエは呆れた顔をする。


「ローズ……その女の事か? 俺は無視などしてない、興味がないだけだ」


 同じ事だろうとカイエは突っ込みたかったが。アルベルトが真面目に言っている事が解っていたので止めておく。アルベルトはローズの存在にも、ローズが決して無視できない力を持っている事にも気づいていながら、微塵の興味も抱いていないのだ。


流石さすがは神の化身ね……物凄く強いわ。だけど……」


 ローズはカイエの隣で、アルベルトを見据えて目を細める。


 アルベルトの剣は、力強さとしなやかさを併せ持っており。その力はローズを遥かに上回っているというのに――何故か、脅威を感じなかった。


「カイエ……こんな事を言うと、自惚れていると思うかも知れないけど。私は……『曇天の神の化身』に敗けるイメージが全然沸かないわ」


 どうしてだろうと、首を傾げるローズに、


「やっぱり、ローズの感覚は鋭いよな。初見でアルベルトの本質に気づくんだからさ」


 カイエはちょっと誇らしげに笑う。


「アルベルトにとっては、自分が全てだからな……相手に勝つとか、敗けたくないとか、そういう事を含めて。こいつは他人に一切に興味がないんだよ」


 『曇天の神の化身』アルベルト・ロンダルキアの剣は、相手を倒すためのモノではない――唯ひたすらに己の剣技を高めて、自らが理想とする剣の極みを追い求める。


 これだけだと、ストイックな求道者のように聞こえるかも知れないが。カイエに言わせれば、アルベルトは結局のところ、自分しか見ていないナルシストの自己満足野郎なのだ。何故ならば……アルベルトが剣技に求める『究極』とは、美しさ・・・だからだ。


「カイエ……それって、本気で言ってるの?」


 ローズは完全に引いている――世界を守るために戦ってきた勇者ローズは、アルベルトの考えが全く理解出来なかった。


「ああ……だから、アルベルトはそういう・・・・奴なんだよ。俺だって理解出来ないし、理解したくもないけどな」


 カイエは苦笑しながら、二人の会話を無視するアルベルトを見据える。


「まあ、他人に何が興味がないのは勝手だけどさ……他人の生死を無視して良い訳じゃないからな」


 千年以上前から、アルベルトは己の剣を極める事だけを考えていたが――当時のアルベルトは本当に他者を一切省みずに、神の化身の力で剣を振るい続けた。


 気まぐれに各地を移動しながら、どこであろうと構わずに剣を振るった。その剣撃によって……都市が滅ぼうが、何千何万という人族や魔族が死のうが、一切お構いなしに。


『俺は剣を振りたい場所で振るう……死にたくないなら、逃げれば良い』


 アルベルトには悪意も殺意もなかったが――良識もなく、他の神の化身や魔神たちと同じように不遜だった。


 だから、カイエは……アルベルトに戦いを挑み、殺したのだ。


 しかし、カイエには理解出来ないが――アルベルトはカイエに敗れた事すら、全く眼中に無かった。


『カイエ、貴様は……何故俺の邪魔をするのだ!』


 怒りと呼べるような負の感情ではなく。何も解っていない唖然とした顔のまま、アルベルトは消滅した。


 このとき、カイエは悟った――『ああ、こいつは……本当に何も見ていない唯の馬鹿なんだな』と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る