第266話 大切な時間


 階層ボスを倒した後も、カイエは小一時間ほど『暁の光』のメンバーと地下迷宮ダンジョンを攻略していたが――


「もう時間か……みんな、悪いな。そろそろ俺は帰からさ」


 第十二階層で遭遇した二頭ツインヘッド火焔蜥蜴サラマンダーを倒した後、カイエは唐突に言った。


「帰るって……カイエ、何処に行くのよ?」


 レイナが不満げに言う。アランとトールも何を言い出すんだという感じの顔をしていた。


「俺の国に戻るんだよ……これから約束があってね」


 『俺の国』という言い方をしたのは、レイナたちに異世界から来た事を話していないからだ。今さら隠す必要などないが、説明するのは話が長くなりそうで面倒だった。


「次に戻って来るのは、四、五日後ってとこだな……戻って来たら、また一緒に地下迷宮ダンジョンに潜ってくれよ」


 カイエは揶揄からかうような笑みを浮かべると、突然転移して消える――本当は『異界への扉』を開いて元の世界に戻ったのだが、レイナたちに見分けがつく筈もなかった。


「ちょっと、カイエ……もう、勝手なんだから!」


「まあ、カイエだから・・・・・・ね。仕方ないよ」


「何それ……あいつなら何をやっても良いって事?」


 頬を膨らませるレイナに、トールは苦笑する。


「レイナ……もう少し、素直になりなよ。レイナが一番カイエの事を解ってるんじゃないの? カイエは僕たちとの約束を守って、来てくれたんだよね」


 魔道国の首都ビクトリノで『暁の光』のメンバーと別れるときに、また一緒に地下迷宮ダンジョンに潜ろうと言っていた。


 カイエには神の化身や魔神たちの企みを探るという目的があるのだし。そもそも『暁の光』のレベルに合わせて地下迷宮ダンジョンに潜る事に何のメリットもない。それでも、彼らの事を気に掛けて来てくれたのだとトールは言うが――


「カイエは……そんな奴じゃないわよ。自分で面白いと思わなかったら、わざわざ私たちに付き合ったりしないわ」


 レイナが言った事はある意味で当たっている。カイエが『面白い』と思っているのは、『暁の光』と一緒に戦う事だ。勿論、レイナもそれが解っているから――カイエがそう・・思ってくれいてる事が嬉しかった。


「ふーん……確かにそうかもね。だから、レイナも……これからもカイエに『面白い』って思われるように、もっと頑張らないとね」


 全部解っているからと、トールに見透かすような目を向けられて、レイナは思わず真っ赤になる。


「な、何を……馬鹿な事を言ってるのよ! ほら、トール。さっさと先に進むわよ……み、みんなも、何で私の顔を見てるのよ!」


 他の四人も生暖かい目で見ているのに気がついて、レイナは誤魔化すように先頭を歩き出した。


※ ※ ※ ※


 カイエが黒鉄の塔に戻ったのは、元の世界で午後六時よりも少し前――


「カイエ……お帰り!」


「お帰り、カイエ……今日は早かったな」


 ダイニングキッチンにいたのは、夕食の支度をするエストと。その手伝いをするローズの二人だった。


「ローズ、エスト、ただいま……さすがに三日目だから。今日こそは約束通りの時間に帰ろうと思ってたんだよ」


「うん、嬉しい……でも、他のみんなはまだ帰って来ていないの。だから、カイエ。もう少し待っててね?」


 カイエが異世界に行っていられるのも、ローズたち六人がこっちの世界で動いてくれているからだ。みんなは毎日、世界中を駆け回っているが。夜の時間だけは一緒に過ごすと決めているから、転移魔法で黒鉄の塔に帰って来る。


「ああ。勿論、待つって……今日はローズも料理をするんだな。俺も何か手伝おうか?」


「そうだな……お願いして良いかな?」


 エストはローズと視線で確認して、二人で嬉しそうに笑う――カイエと一緒に過ごす何気ない時間に幸せを感じる。


「ローズも随分と腕が上がったよな……前は危なっかしくて、目が離せなかったけど」


「それは……カイエに私が作った料理を食べて貰いたいから」


「ローズ、ありがとう。凄く嬉しいよ……エストも毎日、旨い料理を作ってくれてありがとう。エストの料理は旨さだけじゃなくて……エストの味がするって感じかな」


「もう……カイエ。揶揄からかわないでくれないか……」


 新婚家庭のような甘ったるい雰囲気。いや、事実そうで……ローズもエストも頬を染めながら、三人で一緒に料理を作っていると――


「カイエ、あんたが私よりも先に帰ってるなんて……何よ、あんたたち。私がいない間に随分と楽しそうじゃない!」


 最初に戻って来たアリスは、ピンク色の空間に気づいて不満そうに言うと――異能ユニークスキル『影走り』を発動させて、カイエの背中に色々な部分を密着させる。


「おい、アリス……何をやってるんだ!」


「そうよ、アリス……料理の邪魔になるから、カイエから離れて!」


「何言ってるのよ。あんたたちだって、カイエとイチャイチャしてたんだから……今度は私の番よね?」


 アリスの参戦で、もはや混沌カオスと化したダイニングキッチンに。


「みんな、たっだいまー……わあ、カイエだ! 今日は早かったんだ……」


 次にエマがいつものように元気一杯で入って来ると――


「あー! みんなズルいよ、私も混ぜて!」


 当然ながら、四人がいるキッチンに乱入する。


「みなさん、ただいまですの……カイエ様! 今日は早く……何をやってるんですの?!」


 ロザリーは戻って来るなり、頬を染めてジト目になり。


「ただいま……その……カイエ、お帰り」


 直ぐ後から入って来たメリッサは、モジモジしながら物凄く羨ましそうな顔をする。


「もう……みんな、ご飯の支度が終わるまで待ちなさいよ」


 ローズはそう言いながらも、カイエと腕を絡めていたが――ロザリーとメリッサの様子に気づいて『二人もおいでよ』と手招きする。


 エストもアリスもエマも、仕方ないわねと優しい笑顔を二人に向けた。


「うん……僕もカイエが早く帰って来てくれて嬉しいよ!」


 満面の笑みでカイエに突進するメリッサと、恥ずかしそうに近づいていくロザリー。

 

 カイエはメリッサを抱きしめると、ロザリーの頭に手を伸ばして優しく撫でる。


「ロザリーもメリッサも……お帰り」


「うん……」


「カイエ様、ただいまですの……」


 二人は幸せそうに頬を染める――


 こんな風にみんなで一緒にいられる時間が、七人にとっては何よりも大切で。この大切な時間のために、彼らは二つの世界を駆け巡ってるのだが……


 こっちの世界では、カイエが出掛けたのは今日の未明であり。さすがに大袈裟過ぎる反応だと思うかも知れないが――


 それには理由があった。


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