第260話 闘技場の王者と、その後は……
カイエが
「カイエは……こんな事で、いつまで私を放置するつもり?」
ディスティニーが当然の結果だと、詰まらなそうな顔をしている一方。
「ホント、カイエはやってくれるわよね……さあ、もっと私を興奮させて!」
アルメラはカイエのルールを無視した暴れっぷりに、さらなる騒動を期待しており。隣でログナもニヤニヤしながら、事の成り行きを見守ってたのだが……
「カイエ・ラクシエル……彼が新たな
進行役の魔族の女が、拡声用のマジックアイテムを使って伝えると、観客席から大きな歓声が湧き上がる。
力こそが正義――これもシュバルツア皇国の不文律であり。カイエの勝利は、アッサリと受け入れられたのだ。
「なんだ、残念……もっと血が見れると思ってたのに」
アルメラはがっかりするが、ログナはまだニヤニヤ笑っていた。
「なあ、アルメラ……これくらいでカイエが終わりにするなんて、おまえは本気で思っているのか?」
ログナの予想は的中する。
「
カイエの挑発するような声が響き渡る――彼は拡声魔法の上位互換を使って、この
「チャンピオン・カイエ……確かにそうですが。貴方は
進行役の魔族が驚いて目を見開く。
何故ならば――理由は二つある。一つ目は、
それでも、力だけで伸し上がった者たちなのだ。我こそが
不敗の
『腰抜けな
だからと言って――カイエにとっては、そんな事はどうでも良かった。
「場所を変えるのも面倒だからさ……さっさと来いよ、
「その挑戦……受けて立とう!」
上空から響く声――深紅の甲冑の上に、同じ色のサーコートを纏う魔族の男は、
金色の髪と褐色の肌、年齢は四十代というところか。鋭い眼光が正面からカイエに向けられる。
観客たちの鳴り響くような歓声からも、放っている膨大な魔力からも、この男こそが
ダリルは二本の赤い大剣を構える――その瞬間、魔力が視覚化されて、濃い赤いオーラのようなものが全身を包み込んだ。
「へえー……結構強そうだな」
カイエも二本の漆黒の剣を出現させる――カイエは今の状況を楽しんでいた。安っぽい挑発に乗って来た割には、
「結構だと……貴様が口だけではない事を、証明して貰おうか!」
ダリルに奢りはなく、渾身の魔力を二本の大剣に込めて、仕掛けるタイミングを計る。
「ああ、良いよ……今度は俺も真面目に戦うからさ」
そう言った直後――カイエはダリルとの間合いを詰める。
「な……」
ダリルが驚愕の声を上げたときには、赤い大剣は二本とも両断されていた。ダリルとて多重に『
「まだ戦う……みたいだな」
ダリルはアッサリと剣を捨てて、赤い魔力を込めた拳を叩き込もうとする。しかし、カイエはさらに加速して、漆黒の剣を一閃した――それだけでダリルの身体は消滅するところだが、カイエは魔力をコントロールして、殺さないギリギリに留める。
やっていることは、先程までと変わらないが……一応、カイエとしては真面目に戦って、ダリルならば死なない程度に力を使ったのだ。
自己満足だという事はカイエも自覚していたが――こいつを殺すのは惜しいと思ってしまった。
いったい何が起きたのか……言葉を失う観客たちを置き去りにして、カイエは二度瞬間移動する。
一度目はディスティニーとアルメラとログナがいる観客席に。二度目は、彼らを連れて
「ディスティニー、待たせたな……これで条件は整ったから、『鮮血の魔神』のところに行くか」
「うん、待った……『鮮血の魔神』との話が終わったら、その分の埋め合わせをして」
ディスティニーは、可愛らしく頬を膨らませる。
「あのなあ……まあ、飯くらい奢ってやるよ。それよりも、おまえなら『鮮血の魔神』のところに直接転移できるだろ?」
「うん、当然……じゃあ、今から行く」
「お、おい、ちょっと待て……」
ログナとアルメラは完全に蚊帳の外で、ログナが止めようとするが――その前に転移魔法が発動した。
※ ※ ※ ※
『鮮血の魔神』ヴェロニカ・イルスカイヤは――居城の最上階にある訓練場で、一人剣を振るっていた。
血のように赤い髪と金色の瞳。褐色の鍛え上げられた肉体は筋肉質だが、誇らしげに聳え立つ双丘と、形の良いヒップは非常に魅力的で――ヴェロニカを一言で表せば『凛々しい』だろう。
魔神であるにも関わらず、自らの肉体を鍛え技を磨く姿は、カイエに通じるものがあるが――決定的なモノが、カイエとは違っていた。
「ヴェロニカ、ひさしぶり……」
訓練中は気が散ると誰も立ち入る事を許さない室内に、突然声が響く……しかもその声は、ヴェロニカのすぐ後ろから聞こえたのだ。
「……!」
ヴェロニカは反射的に声の方に剣を一閃するが――細い指先が、剣を掴んでしまう。
「てめえ……やっぱり、ディスティニーか! 俺の城に勝手に入って来るなって言っただろう!」
「だったら、力づくで止めれば良い……それがヴェロニカのやり方でしょ?」
ディスティニーはクスリと笑う。
ヴェロニカは歯ぎしりするが、それ以上反論できなかった。ディスティニーの言っている事は的を射ている上に……彼女はヴェロニカの本気の一撃を、指先だけで止めてしまったのだ。
「ディスティニー……てめえだけは、絶対に殺す!」
「好きにすれば良い……やれるものなら」
激情を込めたヴェロニカの視線を、ディスティニーは涼しげに受け流す――だから、こいつは嫌いなんだと、ヴェロニカが思っていると。
「へえー……ディスティニーの舎弟ってのも、あながち間違ってないみたいだな」
予想外の第三者の声にヴェロニカは振り向くと、カイエが面白がるように笑っていた。
「て、てめえは……カイエ・ラクシエル!」
カイエに気づいた瞬間、ヴェロニカは飛び掛かろうとするが――動けなかった。ディスティニーが彼女の首元に指先を突き付けていたからだ。
「ヴェロニカがカイエに勝てる筈ないけど……まだ話が終わってない」
『暴風の魔神』ディスティニー・オルタニカは、その少女のような見た目に反して、その細い指先だけで魔神を殺せるだけの力を持っている。
「よう、ヴェロニカ……おまえとは会いたくなかったけど、本当に久しぶりだな」
「なあ、ヴェロニカ。おまえには色々と訊きたい事があるんだよ……素直に応えるならさ。
ヴェロニカの表情が一変し……彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「……その言葉、本当だろうな?」
『鮮血の魔神』ヴェロニカ・イルスカイヤにとって、カイエ・ラクシエルとは――絶対に倒さなければならない宿敵だった。
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