第260話 闘技場の王者と、その後は……


 カイエが闘技場コロシアム優勝者チャンピオンバルト・ゲリングに勝利した瞬間を――ディスティニー、アルメラ、ログナの三人は観客席から眺めていた。


「カイエは……こんな事で、いつまで私を放置するつもり?」


 ディスティニーが当然の結果だと、詰まらなそうな顔をしている一方。


「ホント、カイエはやってくれるわよね……さあ、もっと私を興奮させて!」


 アルメラはカイエのルールを無視した暴れっぷりに、さらなる騒動を期待しており。隣でログナもニヤニヤしながら、事の成り行きを見守ってたのだが……


「カイエ・ラクシエル……彼が新たな闘技場コロシアム優勝者チャンピオンです!」


 進行役の魔族の女が、拡声用のマジックアイテムを使って伝えると、観客席から大きな歓声が湧き上がる。


 力こそが正義――これもシュバルツア皇国の不文律であり。カイエの勝利は、アッサリと受け入れられたのだ。


「なんだ、残念……もっと血が見れると思ってたのに」


 アルメラはがっかりするが、ログナはまだニヤニヤ笑っていた。


「なあ、アルメラ……これくらいでカイエが終わりにするなんて、おまえは本気で思っているのか?」


 ログナの予想は的中する。


闘技場コロシアム優勝者チャンピオンなんて、どうでも良いけどさ……これで闘技場の王者コロシアムキングと戦えるんだよな?」


 カイエの挑発するような声が響き渡る――彼は拡声魔法の上位互換を使って、この闘技場コロシアムはおろか、皇都ヴァルサレク中に声を聞かせていた。時間を掛けるのも面倒だからと、相手の逃げ場を奪って、すぐに試合を始めようという訳だ。


「チャンピオン・カイエ……確かにそうですが。貴方は闘技場の王者コロシアムキングに挑戦するのですか?」


 進行役の魔族が驚いて目を見開く。闘技場コロシアム優勝者チャンピオン闘技場の王者コロシアムキングへの挑戦は定期的に行われているが……すでに十年以上、自ら進んで・・・・・挑戦した者はいないのだ。


 何故ならば――理由は二つある。一つ目は、優勝者チャンピオンとなった時点て、『鮮血の魔神』の権能と、地位と権力という闘士グラジエータ―の目的が果たされるからだ。


 闘技場の王者コロシアムキングに勝つ事が出来れば・・・・、『鮮血の魔神』に次ぐ地位と権力と、さらなる権能を与えられる事になるが……敗れる事イコール死というリスクを考えれば、自ら挑戦しようと思う者は少ない。


 それでも、力だけで伸し上がった者たちなのだ。我こそが闘技場の王者コロシアムキングに相応しいと、リスクなど考えずに挑戦する者も現われそうなものだが――そこに、二つ目の理由が立ちはだかる。


 不敗の闘技場の王者コロシアムキングの圧倒的な強さは――闘技場コロシアム優勝者チャンピオンの比ではない。


 『腰抜けな闘技場コロシアム優勝者チャンピオンなど要らぬ!』という『鮮血の魔神』の言葉を受けて、闘技場の王者コロシアムキングへの挑戦は定期的に行われているから……そのリアルな強さを、闘士グラジエータ―たちは散々見せつけられているのだ。


 だからと言って――カイエにとっては、そんな事はどうでも良かった。


「場所を変えるのも面倒だからさ……さっさと来いよ、闘技場の王者コロシアムキング


 闘技場の王者コロシアムキングへの挑戦は、本来であれば『鮮血の魔神』の居城で行われるものであり。カイエの声が皇都中に聞こえている事など気づいていない進行役の魔族は、戸惑っていたが……


「その挑戦……受けて立とう!」


 上空から響く声――深紅の甲冑の上に、同じ色のサーコートを纏う魔族の男は、飛行魔法フライ闘技場コロシアムに降り立つ。


 金色の髪と褐色の肌、年齢は四十代というところか。鋭い眼光が正面からカイエに向けられる。


 観客たちの鳴り響くような歓声からも、放っている膨大な魔力からも、この男こそが闘技場の王者コロシアムキングなのは明らかだった。


 闘技場の王者コロシアムキングダリル・グラハルト――彼の実力は、かつてローズが戦った魔王を超えていた。さらには近接戦闘に特化したスタイルであり、その戦闘能力は当時のローズにすら迫るものだ。


 ダリルは二本の赤い大剣を構える――その瞬間、魔力が視覚化されて、濃い赤いオーラのようなものが全身を包み込んだ。


「へえー……結構強そうだな」


 カイエも二本の漆黒の剣を出現させる――カイエは今の状況を楽しんでいた。安っぽい挑発に乗って来た割には、真面まともな相手が現れたのだ。


「結構だと……貴様が口だけではない事を、証明して貰おうか!」


 ダリルに奢りはなく、渾身の魔力を二本の大剣に込めて、仕掛けるタイミングを計る。


「ああ、良いよ……今度は俺も真面目に戦うからさ」


 そう言った直後――カイエはダリルとの間合いを詰める。


「な……」


 ダリルが驚愕の声を上げたときには、赤い大剣は二本とも両断されていた。ダリルとて多重に『加速ブースト』を発動しているが――反応する事すら出来なかった。


「まだ戦う……みたいだな」


 ダリルはアッサリと剣を捨てて、赤い魔力を込めた拳を叩き込もうとする。しかし、カイエはさらに加速して、漆黒の剣を一閃した――それだけでダリルの身体は消滅するところだが、カイエは魔力をコントロールして、殺さないギリギリに留める。


 やっていることは、先程までと変わらないが……一応、カイエとしては真面目に戦って、ダリルならば死なない程度に力を使ったのだ。


 自己満足だという事はカイエも自覚していたが――こいつを殺すのは惜しいと思ってしまった。


 いったい何が起きたのか……言葉を失う観客たちを置き去りにして、カイエは二度瞬間移動する。


 一度目はディスティニーとアルメラとログナがいる観客席に。二度目は、彼らを連れて闘技場コロシアムの外に――


「ディスティニー、待たせたな……これで条件は整ったから、『鮮血の魔神』のところに行くか」


「うん、待った……『鮮血の魔神』との話が終わったら、その分の埋め合わせをして」


 ディスティニーは、可愛らしく頬を膨らませる。


「あのなあ……まあ、飯くらい奢ってやるよ。それよりも、おまえなら『鮮血の魔神』のところに直接転移できるだろ?」


「うん、当然……じゃあ、今から行く」


「お、おい、ちょっと待て……」


 ログナとアルメラは完全に蚊帳の外で、ログナが止めようとするが――その前に転移魔法が発動した。


※ ※ ※ ※


 『鮮血の魔神』ヴェロニカ・イルスカイヤは――居城の最上階にある訓練場で、一人剣を振るっていた。


 血のように赤い髪と金色の瞳。褐色の鍛え上げられた肉体は筋肉質だが、誇らしげに聳え立つ双丘と、形の良いヒップは非常に魅力的で――ヴェロニカを一言で表せば『凛々しい』だろう。


 魔神であるにも関わらず、自らの肉体を鍛え技を磨く姿は、カイエに通じるものがあるが――決定的なモノが、カイエとは違っていた。


「ヴェロニカ、ひさしぶり……」


 訓練中は気が散ると誰も立ち入る事を許さない室内に、突然声が響く……しかもその声は、ヴェロニカのすぐ後ろから聞こえたのだ。


「……!」


 ヴェロニカは反射的に声の方に剣を一閃するが――細い指先が、剣を掴んでしまう。


「てめえ……やっぱり、ディスティニーか! 俺の城に勝手に入って来るなって言っただろう!」


「だったら、力づくで止めれば良い……それがヴェロニカのやり方でしょ?」


 ディスティニーはクスリと笑う。


 ヴェロニカは歯ぎしりするが、それ以上反論できなかった。ディスティニーの言っている事は的を射ている上に……彼女はヴェロニカの本気の一撃を、指先だけで止めてしまったのだ。


「ディスティニー……てめえだけは、絶対に殺す!」


「好きにすれば良い……やれるものなら」


 激情を込めたヴェロニカの視線を、ディスティニーは涼しげに受け流す――だから、こいつは嫌いなんだと、ヴェロニカが思っていると。


「へえー……ディスティニーの舎弟ってのも、あながち間違ってないみたいだな」


 予想外の第三者の声にヴェロニカは振り向くと、カイエが面白がるように笑っていた。


「て、てめえは……カイエ・ラクシエル!」


 カイエに気づいた瞬間、ヴェロニカは飛び掛かろうとするが――動けなかった。ディスティニーが彼女の首元に指先を突き付けていたからだ。


「ヴェロニカがカイエに勝てる筈ないけど……まだ話が終わってない」


 『暴風の魔神』ディスティニー・オルタニカは、その少女のような見た目に反して、その細い指先だけで魔神を殺せるだけの力を持っている。


「よう、ヴェロニカ……おまえとは会いたくなかったけど、本当に久しぶりだな」


 揶揄からかうようなカイエの台詞に、ヴェロニカは再び歯ぎしりするが――


「なあ、ヴェロニカ。おまえには色々と訊きたい事があるんだよ……素直に応えるならさ。おまえが望んでる・・・・・・・・ように、俺がおまえと戦ってやるよ」


 ヴェロニカの表情が一変し……彼女は不敵な笑みを浮かべる。


「……その言葉、本当だろうな?」


 『鮮血の魔神』ヴェロニカ・イルスカイヤにとって、カイエ・ラクシエルとは――絶対に倒さなければならない宿敵だった。

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