第257話 約束通りに戻って来たけど……


 夕方、カイエは冒険者ギルドでレイナたちに合流すると――全員で夕食を食べに行く事にした。


「ねえ、カイエ……なんで、その女が――魔神様が一緒にいるのよ?」


 ディスティニーに睨まれて、レイナは彼女の呼び方を咄嗟に変える――カイエの隣の席には『暴風の魔神』ディスティニー・オルタニカが、当然のような顔で座っていた。


 彼らがいるのは、高い天井で煌びやかなシャンデリアが輝くレストランのVIPルーム――ビアレス魔道国の首都ビクトリノにおける最高級店だった。


 レイナの反応に、カイエは揶揄からかうような笑みを浮かべる。


「俺とディスティニーは昔からの知り合いだからさ。一緒にメシでも食おうかって話になったんだよ」


 魔神を気楽に食事に誘う感覚に、アランたちは唖然としているが。ログナはこの状況を面白がっており、アルメラは明らかに興奮していた。


「だからって……」


 レイナも内心ではカイエのやる事だと諦めていたが。結局のところ、カイエの隣にディスティニーが当然のように座っている事が気に入らないのだ。


「おまえ、五月蠅い……この店は私がいなければ、入ることが出来なかった。だから、カイエの隣の席は当然私のモノ」


 レイナの思惑を完全に見透かして、ディスティニーはクスリと馬鹿にするように笑う――それでも本来の彼女なら、レイナを塵以下の存在として扱うところだが。カイエに散々言い含められているので、この程度で抑えているのだ。


 ちなみに、この店にディスティニーがやって来たとき――至高の支配者の突然の来訪に、店のオーナー以下従業員たちは慌てふためいたが。そんな彼らにディスティニーは五月蠅い虫けらでも見るような目を向けたので、カイエに後頭部を思いきり殴られていた。


「なあ、おまえら……下らないことを言ってないで、さっさとメシにしないか?」


「うん、そうする……」


「……解ったわよ。カイエが言うなら、仕方ないわね」


 ディスティニーもレイナもカイエに促されて大人しく従うが――魔人相手に喧嘩を売ろうとしたレイナに、アランたちは内心で冷や汗を掻いていた。


 部屋に運ばれてくる料理は、高級食材を使った極上のモノばかりで、その香りだけで思いきり食欲がそそられる。さらにはグラスに注がれた食前酒も極上品であり、トールとガイナは、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


「じゃあ、食うか」


 わざわざカイエが言ったのは、アランたちが食べて良いものかと迷っていたからだ。


 食べてみると料理も酒も期待以上の味で、アランたちは思わず『旨い!』と言って、夢中で食べ進めたのだが――直後に、再び事件が起きる。


「はい……カイエ、あーん!」


 スカイブルーの髪の美少女の姿をした『暴風の魔神』ディスティニーは、おもむろに自分の皿の料理をフォークで刺して、カイエに食べさせようとする。


「な……」


 レイナが文句を言い掛けるが、その前にカイエが反応していた。


「おい、ディスティニー……おまえは何を考えてるんだ? 俺は勝手に食うから、余計な真似をするなよ」


 カイエは呆れ顔をするが――


「余計な事じゃない……私はカイエに食べさせたいの」


 ディスティニーは円らな金色の瞳で、真っ直ぐにカイエを見つめる。


「いや、俺に食べさせたいとか。全然意味が解らないんだけど?」


「意味が解らなくても良いから……カイエ、お願い食べて」


 暫しの間、カイエとディスティニーの視線がぶつかり合うが――それは突然終わる。パクリと、カイエが少女のフォークの料理を食べたからだ。


「ディスティニー……おまえも面倒な奴だな? まあ、おまえの分の料理を食うくらい構わないよ」


 人に食べさせて貰う事に対するハードルが、カイエは常人よりも遥かに低かった。それはローズたちから散々やられたせいでもあるが――そもそもカイエは、周りの目など一切気にしていないのだ。


「カイエ、嬉しい……」


 美少女の姿のディスティニーは、恥ずかしそうに頬をピンク色に染めるが――こんな光景を、レイナが黙ってみている筈もなかった。


「な……何て事をするのよ! だったら、カイエ……私も食べてよ!」


 レイナは慌てて、料理を刺したフォークをカイエの方に差し出すが……一瞬後、料理ごとフォークが消滅する。


「おまえがカイエに食べさせるなんて……千年早い」


 魔法を発動させた犯人であるディスティニーは、可愛らしい顔に不敵な笑みを浮かべるが――またもやカイエに後頭部を殴られて蹲る。


「カイエ、痛い……なんで?」


「おまえが下らない事に、魔法を使うからだろう」


 この光景をエレノアが見ていたら『カイエ……あんたがそれを言うの?』と突っ込まれていたところだが――


「ね、ねえ……カイエ?」


 この隙を突いて、レイナはカイエに食べさせようとフォーク差し出す。


「レイナ……おまえまで何を考えているんだよ?」


 カイエに呆れられて、レイナはシュンとするが――次の瞬間、カイエはパクリとフォークの料理を食べていた。


「これで終わりだからな……レイナ、何度もやらせるなよ?」


 しかし、レイナは何も答えられなかった……頭が沸騰しそうなくらい真っ赤になっていたからだ。


「カイエ……それは駄目。だったら……私の分も、もっと食べて!」


 ディスティニーがジト目で見ている――だからカイエは仕方なく。この日の夕食はディスティニーとレイナにされるままに、食べさせられ続ける事になった。

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