第252話 国境地帯


 翌日の朝、ノーラのおかげで真面まともな朝食にありつくと。カイエたちは陸路をビアレス魔道国へと向かった。


 『暁の光』のメンバーは、『スタンベルトの迷宮』の後もカイエに同行するかどうか決めかねていたが。


「ここからは、おまえらの好きにしろよ。帰るなら帝都まで送っていくけど……付いて来るなら、歓迎するよ」


 カイエの言葉を聞いて、ビアレス魔道国まで同行する事にする――自分たちはカイエの足手纏いになるだけだと、それが躊躇していた理由だったが。カイエの屈託のない笑顔に、自分たちの出来る事をしようと決めたのだ。


「カイエ、偽造馬フェイクホースと言ったか? この馬は思ったよりも、ずっと乗りやすいな」


「そうね、全然暴れないし。なんか拍子抜けした気分だけど……これだけ速いと気持ち良いわね!」


 アランとレイナが偽造馬フェイクホースを駆って、黒鉄くろがねの馬車(二号)に先行する。


 黒鉄くろがねの馬車の車輪は偽装で、常時発動する浮遊フロートの魔法で浮いているから、巨大な見た目に反して小さな力でも引く事が出来る。

 だから、偽造馬フェイクホースは二頭もいれば十分なので、攻撃のオプションを増やすために、四頭は騎乗用に使うことにしたのだ。


 それくらいはカイエも計算ずくで――アランたちに従うように命じているのだから、乗りやすいのは当然だった。


偽造馬フェイクホースにも戦闘能力はあるけど、おまえたちなら移動手段として使う方が正解だな。車体の方は諸々の魔法を常時発動しているけど、気にする必要があるのは索敵サーチくらいか。警告音が鳴ったら、敵が近くにいる証拠だからな」


 魔法を多重に常時発動する馬車とか、どれだけ凄いマジックアイテムなんだよとアランたちは思っていたが……もう突っ込んだら負けだと自分に言い聞かせる。


 八人は交代で偽造馬フェイクホースに騎乗して、問題なく操れる事を確かめると。結局、アランとトールだけが騎馬で移動する事にした。勿論、理由はある……黒鉄くろがねの馬車の中で、女の戦いが勃発したからだ。


「ちょっと、アルメラ……カイエから離れなさいよ!」


「何を言ってるのかしら、レイナ……カイエの隣は私の特等席よ」


 車体に設置された一番前のソファーで。ガラス窓から前方を眺めているカイエの隣りを、アルメラが占領して動こうとしない。だから、レイナも必然的に、逆側の隣に座る事になった。


 バチバチと火花を散らす二人の視線に……ノーラが何度もフォローしようとしては、俯き加減に諦める。ギルとログナは呆れた顔で苦笑して、ガイナだけは我関せずという感じで、車体の後ろの方でバスタードソードを磨いていた。


「おまえらさ……どうでも良いけど。面倒な事をやらかしたら、馬車から放り出すからな?」


 カイエとしては、この二日間を移動だけで浪費するつもりなどなく。自分がいる間に陸路のリスクを検証しようと思っていた。


 こちらの世界も、カイエたちの世界も大抵の事は大差がないが――勿論、違う点もある。その一つが、国々が分断されているという事だ。


 カイエがいた世界では、隣接する国々が交易のために街道を繋げているが。こちらの世界では、神の化身と魔神が支配する国は互いに敵同士であり。同じ神の化身同士、魔人同士でも、共闘するつもりなど微塵もないから、国と国の間に街道など存在しない。


 交易で得られる利益など、万能に使い能力を持つ神の化身と魔神にとっては興味がなく。むしろ勢力争いというゲームを楽しむために、国と国の間は怪物モンスターが徘徊する無法地帯と化していた。


 だから国境を越える事は、それだけでリスクであり。黒鉄くろがねの馬車の速度なら、二日もあればエスペラルダ帝国の国境を余裕で越えられると計算していたのだ。


 そしてカイエの狙い通りに――二日目の午前中、黒鉄くろがねの馬車は襲撃を受ける。


 馬車の中に響く警告音……『暁の光』のメンバーたちは戦慄を覚えるが、アルメラとログナはニヤリと笑っている。


「とりあえず、最初は俺一人で対処させてくれよ。どの程度の相手が出現するのか、確かめてみたいからさ」


 カイエは走り続ける黒鉄くろがねの馬車から飛び降りると――飛行魔法フライと多重加速ブーストで音速を超える。そして前方に感じる魔力の方に一瞬で迫ると――


 荒野の襲撃者は、三体のサイクロップスだった。体長六メートルを超える凶暴な一つ目巨人たちは、急速に近づいて来るカイエの存在にに気づくが――もはや遅過ぎた。巨人たちに反応する暇すら与えずに、漆黒の剣が命を刈り取る。


「何だよ、期待はしてなかったけどさ。こんなモノか?」


 魔力の大きさから解っていたが、余りにも手応えが無い事に苦笑する。カイエは広域で索敵を行ってみるが、周囲に存在する魔力は、どれも似たようなモノだった。


「あのねえ……あんな速度で突っ込まれたら、反応できる筈がないでしょ? 私はサイクロップスに同情するわよ!」


 追いついて来たレイナの呆れ顔に、『暁の光』のメンバーたちも激しく同意する。


「まあ、良いや。あとは任せるからさ。暫くは、おまえたちだけで対処してくれよ」


 周囲に存在する怪物モンスターの数を考えれば、襲撃がこれで終わりとは思えない。


 カイエはそのまま高速で飛行して、さらに広域に注意すべき存在がいないか、偵察に行ってしまう。


 そしてカイエが不在の間に、二度目の警告音が鳴った。


 今度の襲撃者は一角狼ユニコーンウルフ。体長二メートルほどの魔獣は、サイクロップスと比べれて強くはないが

――狼という名の通り、群れで攻撃してくるのだ。


「みんな、急いで戦闘態勢に入って!」


 黒鉄くろがねの馬車は、通常の馬車の二倍ほどの速度で走っているが。一角狼ユニコーンウルフの速さはそれ以上で、振り切れないと判断したトールが、アランに確認してから指示を出した。


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