第251話 その日の夜


 金髪縦ロールの地下迷宮の主ダンジョンマスターから一通りの情報を聞き出したが――カイエの予想通りに、大した成果は得られなかった。


 こちら側の世界の地下迷宮ダンジョンも、カイエがいた世界と大差がない。それを裏付ける材料を得たくらいで、世界の創造者について地下迷宮の主ダンジョンマスターは何も知らなかった。


(まあ、こいつが知ってるくらいなら。ロザリーだって知ってる筈だからな……創造者に創られたって意味じゃ、こいつも俺たちも同じだって事だ)


 四十階層の床の全てを崩壊させて、真竜トゥルードラゴンすら瞬殺したカイエに、レイナたちは完全に引いていたが――今さらフォローする気もないから放置する。


 帰りも多人数飛行マストラベルを使えば、帝都まで戻るのは訳ないが。『お、お願いだから……もう、それだけは止めてよ!』とレイナが涙目で強硬的に反対したのも・・あって、地下迷宮ダンジョンから陸路で移動する事にした。


 速度を落とせば済むだけの話だが、『暁の光』の他のメンバーも空を飛ぶのは乗り気でなかった。カイエ自身も地上を移動するリスクを知っておきたいという理由と、もう一つ、個人的な都合から、最終的には陸路を選択したのだ。


 ちなみにカイエの都合とは――こちらで後二日ほど過ごして、元の世界に戻れば丁度夕食時であり。そこからローズたちと過ごす時間を考慮すると……今から次の目的地であるビアレス魔道国に陸路で向かえば、カイエが戻って来るタイミングで合流できるという事だった。


 陸路のリスクについても、最初の二日間に何か起きればカイエが自分で対処するし。その後は映像記録が残るように仕掛けをしておく。何者かに襲撃されても、この八人ならば大抵は問題ないだろうが。念のために他の対抗手段も用意しておいた。


 陸路を移動するにしても、地下迷宮ダンジョンまでは多人数飛行マストラベルで移動して来たから、馬などは連れて来てはいない。だから移動手段は、カイエが提供する事にした。


「ね、ねえ、カイエ……これって、馬車なのよね?」


 空中に展開させた漆黒の円から、カイエが出現させたモノに、レイナは顔を引きつらせる。

 空から降下して来たのは――ガラス玉のような目をした青黒い毛並みの馬六頭と、黒い金属製の大型馬車だった。


 その馬車は、元の世界でカイエが使っていたモノと形状が異なっている。別の馬車にした理由は、自分たちの馬車を他人が使うとローズたちが嫌がるだろうという事と。黒鉄の塔を置いて来たから、追加の設備が必要だったからだ。


「何、これ……車内が涼しいんだけど?」


 気温と湿度が完璧に調整されている事に、レイナが驚くのはお約束だが。勿論それだけではなく――長さを倍以上に拡張した車内は九人でも余裕で寝られるスペースがあり。簡易キッチンは当然ながら、シャワー室とトイレとキッチンまで完備されていた。


 地下迷宮ダンジョンから移動を開始すると、ほどなく日が暮れて来たので、カイエたちは夜営をする事にした。


 偽造馬フェイクホース黒鉄くろがねの馬車なら、ノンストップで走り続ける事も出来るが。スケジュールに余裕がある事と、三日後には八人だけで移動する事を考えて、普通のやり方に合わせる事にしたのだ。


「まあ……とりあえず、食べてくれよ」


 その日の夕食は、野外用の魔法加熱器マジックコンロを使って、カイエが帝都で買った食材を調理して振舞った。ローズたちが知ったら、羨ましがるような状況だが。


 『あのカイエが料理をするのか?』と、『暁の光』のメンバーもログナとアルメラも最初は戸惑っていた。しかし、食べ始めると、その旨さに手が止まらなくなる。


「カイエ、凄く美味しいわ! 明日はお礼に、私が料理を作ってあげるわね!」


 レイナの言葉に――アランたちは戦慄を覚える。彼女も昔のローズやエマと同じで、料理はまるで駄目なのだ。消し炭のような物体に、『暁の光』のメンバーたちは散々苦しめられて来た。


「大丈夫……私が手伝うから」


 ぼそりと告げるノーラに、アレンたちが安堵の息を漏らす。こう見えて彼女の特技は、レイナをあしらう事だった。ちなみにノーラの料理の腕前は無難というレベルだ。


「ホント、大丈夫なの? 不味い料理とか出されると、テンションが下がるから」


 アルメラは勝ち誇るように笑って、レイナとバチバチと視線をぶつけ合うが――彼女の料理も同レベルだと知っているログナは、苦笑いするしかなかった。


「解ったよ。明日のメシの事は、レイナとノーラに任せるから。今日のところは楽しんでくれよ。おまえたちには冗談抜きで感謝してるんだ」


 『暁の光』とアルメラとログナに出会った事で、こちらの世界について色々と知る事が出来た。それに彼らと一緒にいれば退屈しないと、カイエは悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「そんな事より、カイエ……あんらは四人も嫁がいるとか、愛人がいるとか……どういうことにゃの?」


 文句を言うレイナの呂律ろれつが回っていない――酒に弱い事がレイナのもう一つの欠点だが、彼女の足元にはワインの空瓶が二本も転がっていた。


「おい、レイナ……大丈夫なのか? 弱い癖に、こんなに飲んで!」


 アランが慌てて駆け寄るが。


「うっしゃいな……飲まなきゃ、やってられないにょ! 私はカイエに訊いてるにょよ! ねえ……カイエ、解ってりゅ?」


「あら、レイナはダラシナイわね……そういうところが、お子様なのよ」


 アルメラは嘲るように笑うが――すでに半裸だった。

 彼女も悪酔いするタイプで、普段は浄化の魔法を使ってアルコールを中和させるのだが……


「隙があった方が……カイエも襲いやすいでしょ?」


 つまりは確信犯という事だ。


「カイエ、すまねえな……俺がアルメラを寝かせて来る」


 呆れ顔のログナが、上機嫌のアルメラに肩を貸す。


「何言ってんのよ、ログナ……それとも、カイエに焼きもち焼いてるの? だけど、あんたとは身体だけの腐れ縁なんだから……」


「アルメラ。解ってるって。俺はカイエを落とせるように応援してるからな」


 ログナは本心で言っていた。今さらアルメラと、どうこうなりたいとは思わない。


「そうよ、ログナ……あんたとは腐れ縁だけど、死ぬときは一緒だって決めているんだから」


 ログナに連れられて退場するアルメラに、トールが思わず笑みを漏らす。


「何て言うかな……ちょっと安心したよ。あの二人は特別だって思ってたから……」


「意外と普通に見えるだろう? だけど、イカれてるのは本当だからな」


 カイエの言葉が現実に引き戻す――ログナとアルメラは『暁の光』のメンバーとは明らかに違う。二人は死の瞬間すら楽しむ事が出来るだろう。


「うん……そうだよね。あの二人は僕たちとは違う生き方をしてるみたいだから……でも、羨ましいとは思わないよ。だって僕は、結局は生き残った方が勝ちだって考えてるからね」


 仲間たちと生き残るためなら、何だってする。恥辱にまみれても、他の誰かを犠牲にしても――トールとて別の意味で覚悟を決めているのだ。


「まあ、それが正解だな。俺もは、絶対に生き残ってやるって思ってるよ……一緒にいる奴らも含めてね」


 漆黒の瞳が不敵に笑う――こうして夜が更けていった。


 黒鉄くろがねの馬車二号の車内には、移動式の衝立があって、男女が寝る場所を分けている。しかし、カイエは別の場所に結界を張って寝る事にした……今夜のアルメラの目が、肉食獣以外の何物でもなかったからだ。


(いや、別に良いんだけどさ……アルメラの相手をするのも面倒だからな)


 勿論、色っぽい意味ではなく。悪ノリするなら、容赦などする気はなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る