第230話 何だよ、それ……

「よう、残念少女……また不貞腐れてるのか?」


 カイエが揶揄からかうような笑みを浮かべて近づいて行くと――


「もう話し掛けないでって言ったわよね……この化物! さっきの力は何なのよ……あのローズって子も滅茶苦茶だけど、あんたは魔神なんでしょ? だったら……化物以外の何者でないじゃない!」


 カイエとアリウスたちの話を聞いていたようで、セリカの攻撃的な態度が五割くらい増した気がするが――あれだけ圧倒的な力を見せたというのに、彼女はカイエを邪険に扱うだけで、恐れているようには全く見えなかった。


「いや、脳筋のアリウスさんが忘れるまでは解るけど……まさか、ルーシェさんまで忘れるなんてね。残念なおまえにも、怒る権利くらいはあると思うよ」


 カイエが視線を向けると、アリウスとルーシェは即座に目を背ける。


「だけど、おまえって……やっぱり面白いよな?」


 カイエの笑みが嗜虐的な色に染まる。


「あんた……何をするつもりよ? ま、まさか、私の身体が……」


 セリカは『フギー!』と猫のように髪の毛を逆立てると、両腕で自分を抱きしめながら後退る。


「あのなあ……何を勘違いしてるんだ。おまえは、そういうところが残念なんだよ」


「残念、残念言うな! ホント、ムカつく奴!」


「ねえ、カイエ……また新しいフラグを立てるつもりじゃないわよね?」


 いつの間にか後ろにいたローズが、ニッコリ笑っている。


「何だよ、ローズまで……そんな筈がないだろう?」


 カイエはローズを抱き寄せると……セリカも、アリウスやルーシェも完全に無視して、ローズだけを見つめる。


「変な焼きもちを焼くなって……俺にとってローズたちだけが特別なんだから」


 濃厚な口づけを交わして、うっとりとするローズをギュッと抱きしめると、耳元で囁く。


「セリカは……ある意味で俺と同類なんだよ。魔神の魂の欠片……そいつが、この残念少女の身体に埋まっているんだ」


「え、それって……」


 ローズは振り返って、アリウスとルーシェを見る。


「魔神の魂の欠片か……なるほど、そういう事なんだな」


「そうね……セリカが普通じゃない事は解っていたけど」


 歯切れの悪い反応が返って来る――二人は何処まで知っているのか。


「なあ、アリウスさん、ルーシェさん。セリカについて知っている事を、全部教えてくれないか? こいつ自身も……自分の正体が良く解っていないみたいだからな」


 セリカと話していると感じる違和感――こいつには色々なモノが欠けていた。




「俺たちがセリカを見つけたのは半年くらい前だ……この遺跡の中で、彼女は眠っていたんだ」


 考古学者のアリウスとルーシェが遺跡を探索しているときに、偶然見つけた隠し部屋の奥にセリカがいた。水晶の棺の中で眠っているピンクの髪の少女――棺を空けると彼女は目を覚ましたが、自分の名前以外の記憶がなかった。


「セリカの魔力にはすぐに気づいたけど、悪意のある存在には思えなかったわ。貴重な研究対象でもあるし、私たちと一緒にいるのが一番安全だと思って連れ出したの。確かにセリカは無害な子だったけど……半年経った今でも、ほとんど何も解っていないのよね」


 何か刺激があればセリカの記憶が戻るかも知れないし、彼女と遺跡に繋がりがある事は確かだから、アリウスとルーシェはセリカを連れて遺跡中を探索した。


 併せて、二人はセリカの力も見極めようとしたが……本当に、ただ魔力が強いだけの『残念な奴』だった。セリカの魔力の強さは防御力にも直結しているから、金属の竜程度に傷つけられることはないが。戦い方は素人同然だし、魔法も使えない。その上いくら教えても、全く進歩しないのだ。


「なあ、残念少女……アリウスさんとルーシェさんが話してくれた事以外に、何か知っている事はあるか?」


「あのね、その呼び方止めてくれる? ……今の話で、だいたい全部よ。アリウスたちと会うまでの記憶がないのは本当だし、私は自分が何者かも知らないわ」


「なるほどね……半年間で解ったことは、おまえが馬鹿だって事だけか」


「ふざけんな! あんた喧嘩売ってんの?」


「いや、でもさ……馬鹿なのは事実だろう?」


 意地悪く笑うカイエに、セリカは不貞腐れて頬を膨らませる。


「だけど、結局何も解っていないって事か……」


 カイエも長い眠りに就く前にこの遺跡を訪れて、世界の理に関する資料を発見した。そのほとんど全てを持ち帰ってしまったから、アリウスたちはこの世界の真実・・には辿り着いていないだろう。それについては幾分申し訳なく思うが、知れば良いという内容・・・・・・・・・・でもないから。アリウスたちの事をもう少し見極めてから、教えるかどうか決めようと思う。


 問題に上げるとしたらはセリカの方で――当時のカイエはまだ魔神ではなく、今のような力は持っていなかったから確実とは言えないが。カイエも遺跡を徹底的に探索したが……セリカが眠っていたという隠し部屋は発見できなかった。


 つまりはカイエが眠っていた千年の間に、何者かがこの遺跡に新たな部屋を創ってセリカを棺に入れたという可能性が高いという事だが……誰が創ったのかも、目的が何なのかも全く解らない。セリカの身体に埋まっている魔神の魂の欠片の事も……気に入らないな。


「なあ、アリウスさん……セリカが眠っていたという部屋まで、案内してくれないか? こいつの正体について、俺も興味があるんだよ」


「はーん……何だかんだと言って、あんたは私に興味があるのね?」


「いや、邪魔だからおまえは黙っとけよ」


 勘違いした馬鹿な台詞を言うセリカを黙らせて、カイエはアリウスに向き直る。


「ああ、案内するのは勿論構わないぞ。セリカの事以外にも、この遺跡では色々と面白い発見があったからな。カイエ君にはそっちも案内してしてやろう」


 自慢げにドヤ顔をするアリウスに、カイエは苦笑する。この遺跡についてはカイエの方が詳しいだろうから、アリウスが案内できる事などたかが知れていると思っていたのだが――


「いや、まさか……この世界の神の化身と魔神のほとんど全てが、数百年前に異世界に消えていただなんて……ああ、カイエ君は魔神だから知っているのか? だが、この遺跡には当時の証拠が残っていて、考古学を研究する俺たちにとっては、非常に興味深いものだったぞ」


 アリエスが何を言っているのか……カイエも一瞬、理解できなかった。神の化身と魔神が異世界に消えた……何だよ、それ?


「おい、アリウスさん。それって……冗談で言ってるんじゃないんだよな?」


 真顔で問い掛けるカイエに――彼が何も知らない事に気づいたアリウスは、勝ち誇るようなドヤ顔で大きく頷いた。

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