第222話 彼女たちの戦い
「なるほどね……アリスとメリッサのおかげで、ガルナッシュの方も順調に進んでるみたいだな」
その日の夜。カイエは黒鉄の塔のダイニングキッチンでアリスの報告を聞きながら、みんなにデザートを振舞っていた。
ちなみに今日のメニューは、チザンティン帝国名物の饅頭をアレンジしたもので。ふわりとした触感の生地でアイスクリームを包み、フルーツと生クリームでデコレーションしたカイエお手製の極上スイーツを、女子たちは幸せそうに頬張る。
「まあね、メリッサも上手くやってるし。私がいるんだから、馬鹿な連中に問題なんて起こさせないわよ」
スイーツをつまみにワインを飲みながら、アリスは自信たっぷりに応える。
褒められたメリッサは、ちょっと恥ずかしそうな顔をするが。最近は交渉に手ごたえを感じており、他の氏族への働き掛けなど自分の方から進んで行動するようになっていた。
「へえー……アリスが褒めるくらいだから、メリッサはホント頑張ってるんだね。私ももっと聖王国の人たちに協力して貰えるように頑張るよ……カイエ、お代わり!」
エマはニッコリと笑って、十皿目のデザートを平らげる。
とは言え、当面の間はガルナッシュからやって来る交易船を、聖王国側が受け入れるという一方通行の形になる。理由は保守的な聖王国の貴族や商人が、ガルナッシュへ行くことに及び腰になっているためだ。
ジャグリーンであれば彼らの尻を叩いて取り纏める事も出来るが、彼女には聖王国で受け入れる側として目を光らせて貰う必要がある。それもあってガルナッシュへ行く方はグレゴリー・ベクターに任せたのだ。
「一般の魔族の人たちが来るようになると、統制するのは難しくなるから。多少は喧嘩とかトラブルが起きるのは仕方ないけど、出来れば死人は出したくないよね」
何事も性善説で片づけられるなどと、エマも甘く考えてはいなかった。
鎖国していたガルナッシュは魔王討伐戦争に参戦していないのだから、ガルナッシュの魔族に対して直接恨みを持つ人族はいないだろうが。魔族に対する悪感情を完全に拭い去るのは難しいし、人族同士でも殺人を含めた犯罪は起きるのだ。
それでも種族だけを理由にした争いを終わらせるために、カイエたちは両国に取り決めをさせて、犯罪を犯した者は自国の法律によって厳重に裁かれるようにした。
例えばガルナッシュの魔族が聖王国で人族を殺害した場合、その魔族はガルナッシュの法律によって裁かれる――これでは同族
その内容を両国の国民に布告する事で犯罪の発生を未然に防ぎ、発生した場合も自らの国が裁く事で恨みの連鎖を断ち切る事が狙いだ。
しかし、罰で縛るだけでは両者が歩み寄る機会を奪う事にもなるから、エマは毎日のように聖王国各地を周っては、人々にガルナッシュの良さや、魔族も人族もさして違わないと伝えている。魔王軍と最前線で戦って来た彼女が、ガルナッシュで実際に見聞きした事を笑顔で語るのだから、その言葉には説得力があった。
「まあ、聖王国の事はエマとエストに任せておけば大丈夫だろ。ジャグリーンやエリザベスさんだっているんだし、魔族に対してはゼグランたちも牽制になるからな」
聖王国北部辺境にあるミシェル・クラークが治める辺境伯領では、魔王軍の元魔将ドワイト・ゼグランたちが人族と共に暮らしており、ガルナッシュの魔族たちも彼らの存在を無視する事は出来ないだろう。
「それに比べてチザンティン帝国の方は……まだ手探りの状態だからな。仕掛けの考えるところから始めないと」
皇帝マルクスの首根っこは押さえたし、バルバロッサたちを
聖王国とガルナッシュの場合と同じように、チザンティン帝国とヴァルキリア北部の魔族の氏族との間にも、犯罪を犯した者が自国の法律によって裁かれるように協定を結ばせるつもりだが。まだ下地すら整っていない状況だから、下手な方向に転がらないように手を打つ必要があった。
「なあ、カイエ……チザンティン帝国の件については、私とエマも協力できると思うよ。カイエが言ったように聖王国には味方が多いから、全部私たちだけでやる必要はないだろう?」
エストがカイエの腕にしな垂れ掛かりながら、悪戯っぽく笑う。反魔族である事を政治的に利用して来たチザンティン帝国の貴族が相手であれば、彼らの思惑を上手く誘導して立ち回る自信がエストにはあった。そして、さらに本音を言ってしまえば……ローズとロザリーだけに、いつまでもカイエを独占させたくないのだ。
「聖王国の事もしっかりやるから……私だってカイエと一緒にいたいよ!」
エマの方はストレートに本音をぶつけてくる。
「ああ、そうしてくれた方が助かるよ。チザンティン帝国は広いから、抑えるべき相手も多いしな」
そんな二人にカイエが優しい顔をすると、
「私も二人にお願いしようって思ってたところよ」
ローズも二コリ笑って同意する――カイエを独占している自覚はあったから、自分の幸せをみんなにも分けてあげたいと思っていたのだ。
「ローズ、ありがとう。だが、その前に……」
「うん……目の前の課題の方を先に片づけておかないとね」
エストはエマと顔を見合わせて微笑むと。
「聖王国で
エレノアの人外の
「当然でしょ。奴らは一週間以内に……もう少し正確に言えば、五日後から七日後までの間に攻めて来るわよ」
アリスは様々な情報を分析して、
「ならば、私かカイエが動いた方が良いんじゃないのか? 大量の
「エスト、ありがとう……でも、大丈夫よ。私とメリッサだけで問題ないわ」
アリスとメリッサは二人とも魔法が得意ではないが。
「いや、それは解るんだけどさ……アリス、俺から一つ頼みたい事があるんだ」
全部承知した上で、カイエはアリスの瞳を覗き込む。
「チザンティン帝国でも聖王国でもロザリーはそれなりに活躍したけど、担当した事があまりにも地味過ぎたから。今度の
アルバラン城塞の戦いでロザリーは防御魔法を展開したが、攻撃役は結局カイエとローズであり。その後も下僕である
「カ、カイエ様……ロザリーちゃんは凄く嬉しいですの! で、ですが……」
ロザリーは一瞬顔を輝かせるが、すぐに言葉を濁す。カイエの心遣いは有難いが、アリが問題ないと言っているのに自分がしゃしゃり出る事に気が引けるのだ。
しかし、そんな幼女の肩を――アリスがポンと叩く。
「もう……ロザリーのためなら仕方ないわね。良いわよ……カイエの甘言に乗ってあげるわよ」
ロザリーに活躍の場を与えたいというのも理由の一つだが、下僕たちを召喚出来る彼女がいた方が集団戦では有利になる――カイエもアリスの実力なら十分に勝てると思っているが、敵の戦力を完全には把握していないのだから保険を打っておきたい。つまりカイエはアリスたちの事も心配して、ロザリーの参戦を申し出たのだ。
そのくらい解るに決まってるでしょと、アリスは妖艶な笑みを浮かべる。
「ああ、アリスには敵わないな……だけどさ、万が一にもおまえが傷つくような状況を作りたくないんだよ」
「カイエのくせに……生意気なのよ」
この瞬間だけは、他には誰も存在しないかのように互いを見つめると――二人は貪るように唇を求め合う。
そんな彼らをローズとエストとエマは微笑ましく想いながら、ちょっと羨ましそうに眺めいていたのだが……
(カイエ様もアリスさんも、ロザリーちゃんの事を考えて……くれたんですよね?)
いつの間にか放置されている状況に、ロザリーは何だか釈然とせずに顔を引きつらせる。
(えっと……もしかして僕は、途中から完全に忘れられてる?)
ガルナッシュの件では、主役の一人の筈なのに――メリッサは自分の存在感の薄さに気づいて、もっと頑張ろうと健気に誓うのだった。
こうして――アリスたちによる二度目の
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