第188話 聖教会


 聖教会の本部は、王都イクサンドルの中心街にある大聖堂スペクトロヘイムにある。


 高い天井まで伸びる煌びやかなステンドグラス。白い石造りの荘厳な建物は、全体が外光を取り入れる開放的な構造になっていた。

 ここは世界中に信者を抱える聖教会の聖地であり、王国各地や国外から沢山の参拝者が毎日のように訪れる。


 参拝者の表情は明るく、彼らの相手をする修道士たちも穏やかな笑みを浮かべる。

 同じ光の神を崇める組織の中心だというのに、王宮や聖騎士団本部とは対照的に、鎧を纏い武器を持つ騎士や兵士の姿など、何処にも見当たらなかったが――


(こっちが、本当・・の教会本部ってやつだな)


 関係者以外は決して立ち入る事が出来ない大聖堂の地下は、地上部分とは真逆だった。

 分厚い石壁で囲まれた空間は、まるで地下迷宮ダンジョンのような複雑な構造になっており。祭服の下に鎖帷子を着こみ、鋼鉄のメイスで武装する修道士たちが、そこかしこで目を光らせている。


(それにしても……意味もなく手の込んだことをするよな)


※ ※ ※ ※


 カイエたちの来訪の知らせを受けた聖教会の重鎮たちは、彼らを控え室で一時間ほど待たせた。


 待たされている間、お茶やお菓子を持ってきた修道士たちは素知らぬ顔をしていたが。隣りの隠し部屋に教会関係者たちが入れ替わり立ち代わりやって来て、覗き穴から観察していたことは、当然カイエたちも気づいていたが――


「ねえ、カイエ……もっとギューとして!」

「あ、ローズだけズルいよ! 私も!」

「私は……こうしているだけで、安心するんだ」

「エストはもっと大胆にならないと……こんな風にね……」


 見せつけるというよりも、日常行為として彼らは部屋の中でイチャついていた。


 世話役の修道士たちが目のやり場に困り、控え室を出るなり仲間と噂話をしている様子や。隠し部屋の教会関係者たちが舌打ちや咳ばらいを我慢して、渋い顔をしている姿を。カイエは感知系魔法を発動させて、逆に観察していたのだ。


※ ※ ※ ※


 上級司祭の服を着た男に案内されて、カイエたちは長い階段の先にある最下層まで降りてきた。


 わざと複雑な経路を使った上に、移動式の壁によって通路の構造自体を変えられる仕掛けになっているから。普通なら案内無しでは、再びこの場所に辿り着くことは出来ないが――


(転移魔法の登録マーキングをするから、必要ないけどさ)


 カイエは当然、仕掛けを含めた経路の全てを記憶している。


「どうぞ、中へお入りください」


 金属製の両開きの扉が開かれて、カイエたちは重鎮たちが待つ部屋の中に入って行く――堂々と密着する五人と、それを羨ましそうに見るギリギリ美少女(人族バージョン)。そして素知らぬ顔で澄ましている幼女という、いつものスタイルで。


「ようこそ、勇者パーティーの皆さん。本当に久しぶりですね」


 聖教会の枢機卿である白髪の老人は、彼らを取り囲むように配置したテーブルの中央で、慈悲深い笑みを浮かべる――目の前に広がるピンク色の空間にも、まるで動じていなかった。


 聖王も教皇もいない聖教会では、枢機卿が事実上のトップだ。この部屋にいる他の十一人の聖職者たちも、各地の教会を治める大司教よりも格上の存在ばかりだった。


「そして貴方が、噂の神聖竜様の同胞カイエ・ラクシエル殿ですね? 初めまして、私が聖教会の枢機卿、ユクドル・オルガーナです」


 ユクドルの慈悲深い表情も、丁寧過ぎる口調も、偽りの仮面で――


(愛欲に溺れる愚かな娘のフリをしても……私は誤魔化されませんよ)


 彼の本質は神の威光を借りる権威主義者であり。王宮や聖騎士団、そして勇者パーティーに対しても対抗心を燃やしていた。


「貴方方が昨日王宮に行かれたことは、私も聞いていますよ……スレイン国王と、魔族に関わる件で少々トラブルがあったようですね」


 自分は全て知っていると、いきなりユクドルはプレッシャーを掛けて来る。

 教会の間者は王宮内にも多数おり、彼は騒動の一部始終を把握していた。


「そちらのお嬢さんが偽りの姿をしているのは、我々を驚かせないためでしょうが……遠慮することはありませんよ、魔族の姫君。そしてカイエ・ラクシエル殿……『混じり者』の貴方が、如何にして神聖竜様の同胞になられたのか。じっくりとお話を聞かせてください」


 これだけの情報を把握しながら――ユクドルはカイエとメリッサを脅威だとは思っていなかった。

 何故ならば、『神聖竜の同胞』も『魔族の姫君』も傀儡であり、全ての仕掛け人は勇者パーティーだと見抜いて・・・・いたからだ。


 勇者パーティーと王家の不仲は周知の事実であり、すでに何度も事件を起こしている。その背景にあるのは――王家と勇者の権力闘争だ。


 次期国王であるエドワード王子との婚姻によって、勇者の血を我が物にしようとした王家に対して。勇者ローズたちは賢者エストの魔法を使い、神聖竜の幻影・・を王都の上空に出現させて、勇者の独立性を宣言させた――その狙いは、王家から権威を奪うことだ。


 わざわざ『神聖竜の同胞』としてカイエ・ラクシエルなる傀儡を立てたのは、大衆の目を分散させるためと、状況が悪化した際に全てを押し付ける捨て駒を用意するため――おそらく賢者エスト・ラファンの入れ知恵だろう。


 しかし、それでも王家の失墜までには至らず、今回勇者パーティーが撃った手が、国王に魔族の入国を認めさせることだ。

 たとえ勇者パーティーの提言だとしても、最終的に入国を認めるのは国王なのだ。入国させた魔族が虐殺事件でも起こせば、王家の権威など地に堕ちるだろう。


 あとは生贄として用意した『魔族の姫君』と共に魔族を殲滅して、『混じり者』として悪役に仕立てた『神聖竜の同胞』を始末すれば――勇者こそが光の神の代行者だと大衆に認めさせて、新たな『聖なる女王』として聖王国に君臨することも容易だろう。


(我々聖教会も巻き込んで、教会の権威も失墜させるつもりでしょうが……そうはさませんよ。この機会を利用して権力を手中にするのは……私の方です)


 揺さぶりに対して何も答えないカイエを前に。ユクドルは『所詮は傀儡など相手にしても仕方がない』と、視線をローズの方に向ける。


「どうやら、カイエ殿は気分が優れないようですね……どうでしょう、勇者ローズ殿。あとは私と勇者パーティーの皆さんで、今後の話をするというのは? 貴方たちの本当の狙いを全て承知した上で……私は協力関係を築きたいと思っているのですよ」


 世界中に信者を抱える聖教会のトップに立つのは自分であり――たとえ相手が勇者ローズや賢者エストであろうと、権力闘争では誰にも負けないという自信エゴがユクドルにはあったのだが……


「あのさあ……このクソ爺が、何を勘違いしてるんだよ」


 突然罵られて――それが自分に向けられたものと理解するまでに、数秒が必要だった。


「カ、カイエ殿……貴方は、いったい何を……」


「だから、俺が何も言わなかったのは、おまえに呆れてただけだから」


 まるで夜の帝王のようにローズたちを抱き抱えたまま、カイエは蔑むように笑う。


「き、貴様……オルガーナ猊下に、何と言う無礼を……」

「そうだ……幾ら神聖竜様の同胞であろうと……」


 取り巻きの重鎮たちが騒ぎ立てるが、完全に無視して……


「おまえが俺たちを利用したいのは解ったけど。下らない妄想に付き合ってやるほど、俺たちは暇じゃないんだよ。神の権威とか権力とか、興味ないけどさ……あんまり好き勝手に言うなら、おまえら教会自体を潰すからな!」


 漆黒の瞳が冷徹な光を放つ――それだけで、ユクドルと取り巻き立ちは動けなくなった。


 別にカイエは、魔法を使って探った訳ではないが。事前に調べた情報とユクドルの言動から、彼の思惑が手に取るように解った――聖教会が一番の障害になることなど初めから解ていたから、準備は全部済ませてある。


「ちょっとカイエ、あんた……さすがに、過激過ぎない? でも、私だって……相当頭に来てるけどね」


 フォローする気のないアリスに、


「本当だ。このような者が教会のトップだと思うと、情けなくなるな」


 エストが続いて、冷ややかな視線を向ける。


「それもそうだけど……私はカイエを馬鹿にした態度の方が、もっと許せないわよ!」


 ローズが怒りの焔を噴き上げると、


「そうだよね! ホント、私だって怒ってるんだから!」


 頬を膨らませたエマが、ユクドルを睨み付ける。


 もはや体裁など完全に無視して、交渉する余地など無いという感じだが――そもそもカイエは、初めから真面まともな交渉が出来るとは思っていなかった。


 権威と権力にしか興味が無い連中は――同じ力で脅すしかないのだ。


「おい、ユクドル……おまえに選ばせてやるよ。魔族を拒絶して、俺と勇者パーティーを敵に回すか。それとも魔族の入国を認めて、魔族というだけで敵視しないと誓うか……どっちを選んでも、俺たちは暴力で聖教会を潰したりはしないから。暴力ではね……」

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