第138話 回答
「解った。ラクシエル殿が私的に制圧した者たちと、ローウェル騎士伯との交易を正式に認めよう」
スレイン国王は、カイエの要求を呑む他は無かったが――せめてもの抵抗として、魔族やゼグランの名を出すことは避けた形だった。
彼が言うように、旧魔王軍の重鎮である魔将ゼグランを野放しにする方がリスクが高いのは事実だが……魔族との交易を聖王国の国王が認めれば、貴族や教会に、絶好の糾弾の機会を与えることになる。
「まあ……今回は、それで許してやるよ。だから、今の内容でローウェル騎士伯宛に書簡を書いてくれ」
カイエは了解を得て――スレインは安堵する。この文章であれば、デメリットは、魔族が聖王国で活動する姿を国民に見られた場合の風評くらいだろう。
もし、ゼグランたち魔族によって実際に被害が出れば――普通に討伐の命令を出せばいいのだ。スレインが彼らの活動を認めた証拠は無いのだから。
「では、すぐに書簡を用意しよう……侍女に羊皮紙とペンを持って来させるから、少しだけ待ってくれないか」
スレインが侍女を呼ぶために『伝達』の魔法を込めたベルを鳴らそうとするが――
「だけどさ……忘れるなよ? あんたがリスクを負わない選択をしたって事実を、俺たちは憶えているからな」
カイエの漆黒の瞳が――冷徹な光を放って念を押す。
「そうよね……アイシャのことは全面的に認めたみたいだけど。魔族のことについては、自分の責任にならないことを、優先したわよね?」
「ああ、そうだな……聖王国の人々の安全を優先するなら、カイエの要求を全否定するという選択もあった」
「でも……勇者パーティーとカイエとの友好関係を築きたいから、それは黙認したのよね?」
「えっと……つまり、国王陛下は全部自分の都合で決めたってこと?」
最後のエマの発言は疑問形だったが――結果としては最も深く、スレインの心臓を抉ることになった。
「エマ……良く言ったな。おまえの台詞はクリティカルヒットだ」
カイエに頭を撫でられて――エマは嬉しそうに頬を染める。
「えへへ……カイエに、褒められちゃったよ。それで、ご褒美とか……期待しても良いのかな?」
「ちょっと……待ちなさいよ、エマ。もう十分、楽しんだでしょう? だから……今度は私たちの番だから……」
妖艶な笑みを浮かべて――カイエの背中に密着するアリスに、
「そんな……抜け駆けはズルいだろう? 私だって……」
エストは隠れ巨乳の身体を――恥ずかしさを懸命に我慢しながら、カイエに押し付ける。
「私は、みんなが幸せなのが一番だから……でも、カイエなら……私の気持ちを解ってくれるわよね?」
うっとりとした瞳で、唇を寄せて来るローズに――カイエは舌を絡ませてから、再びスレインを見据える。
「そういうことで……あんたに逃げ道なんて無いから。せいぜい国王としての役目を、必死に果たしてくれよ」
漆黒の瞳は――残酷な光を宿していた。
※ ※ ※ ※
「これって……どういうことよ?」
カイエが持ち帰った書簡を開いて、エリザベスは眉を顰める。
スレイン国王へ報告をするために王都へ向かう準備を進めていた彼女の元に――当の国王から、報告済みの書簡が届いたのだ。
「いや、エリザベスさんに任せると時間が掛かりそうだから――先回りして、手を打っただけだよ」
しれっと応えカイエに……エリザベスは肩を震わせる。
「でも、ゼグラン殿との次の打ち合わせは……一ヶ月後の筈よね? 別に急ぐ必要はないでしょう?」
「いや……一ヶ月後って言ったのは、エリザベスさんを直ぐに王都に行かせないためだから。すぐに出発されて、行違えになると面倒だから言っただけで。本当のことを言えば、ゼグランとの取引の件で、そこまで時間を使うつもりは無いよ」
何食わぬ顔で言うカイエに、エリザベスは血管が切れそうなほど、蟀谷をヒクつかせたが――
「でもさあ、お母さん……問題が全部解決したんだから、怒る理由なんて無いよね?」
心から嬉しそうに――満面の笑みを浮かべるエマに……エリザベスは言葉を失う。
「まあ、エリザベス……エマが幸せなら、私は構わないと思うが……どうだね?」
気遣わし気なフレッドの言葉に――エリザベスは、視線を逸らして、
「そんなこと……あなたに言われなくても解っているわよ。でも……私はエマが可愛いのよ……だから、理屈じゃなくて……」
感極まって走り去ろうとするエリザベスを――
「ありがとう、お母さん……」
エマはギュッと抱きしめる。
「私はね……カイエと、みんなと一緒に居ることが幸せなの……でも、それはお母さんやお父さん、兄さんたちと一緒に居たくない訳じゃなくて……私が見つけた一番大切なものを、家族のみんなにも解って貰いたいの……」
愛娘の予想外に強い腕に抱かれて――エリザベスは、彼女の想いを知る。
「……エマ……私の娘のくせに、生意気よ……だけど、解ったわよ……エマが本気でカイエを……みんなを好きだって……」
泣き崩れるは母親の肩を――優しく叩く。
そんなエマの姿に……
「……エ、エマ……あんたね……ホ、ホントに……な、生意気になったわね……」
号泣するアリスを――ローズとエストは、優しく抱き寄せた。
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