第137話 交渉


「スレイン。あんたがローズたちと、何としてでも和解したい理由は解る。光の神を崇める聖王国にとって、勇者は国を纏めるための象徴だし。世界を救った勇者パーティーが母国を捨てたなんて話が広まったから、王国の信用もガタ落ちだからな」


 カイエはローズたちをはべらせる格好で――『あんたに必要なのは、こいつらの方だろう?』と、意地の悪い顔をする。


「だから、俺なんか無視してローズたちと直接話をするべきなのに。あんたは俺こそ交渉相手という感じで扱っている。おい、ジョセフ・スレイン……あんたは、俺について何を知っているんだ?」


 漆黒の瞳に見据えられて――スレインは、もはや言い逃れできないと覚悟する。


「ラクシエル殿がローゼリッタ殿の想い人であり、勇者パーティーと半年近く行動を共にしているということは元より……例えば、南の海域で魔族の残党とクラーケンを殲滅したことなどだな――ウェンドライト提督から、貴殿の活躍について報告を受けている」


 スレインの言葉に――カイエは内心でニヤリと笑った。


『騙し討ちをするような真似をするつもりはないから……カイエ、承諾して貰えないか? 私は今回のことを、スレイン国王には包み隠さずに報告するつもりだ。その方が、君のためになると思うからな』


 ジャグリーンはスレインに報告する前に、カイエに許可を求めていた。

 だから、情報が伝わっていることは、カイエも初めから解っていたが――どこまでスレインが信じたかまでは、解らなかった。


「他には……どんなことを知っているんだよ?」


「そうだな……明らかに魔法の産物である黒い塔と銀色の船、魔法生物が引く馬車を所有していること。あとは情報源に信憑性が高くないため、憶測が含まれるが……アルペリオ大迷宮を上位魔法を連発して一日で制覇したこと。それと、街道沿いに現れた百人を超える盗賊団を、未知の魔法で囚えたこと」


 自分で言葉にしながら、スレインは苦笑する。


「初めは私も、これらは賢者ラファン殿の所業だと考えていたが……宮廷魔術師にも、魔術士協会にも確認してみたが、幾ら賢者殿でもあり得ないという回答だった。そうなれば……ラクシエル殿。貴殿の仕業と考えるしかないだろう」


 つまりスレインは――カイエが聖王国で行ったほぼ全てを把握しているという事だ。


 カイエ自身は、何かを隠すつもりで行動した訳ではない。だから、調べようと思えば誰でも調べられる情報には違いないが――検証しなければ、全てのピースを繋ぎ合わせることは不可能だろう。


「なるほどね……あんたが俺について知っている事は解った。だけど、それがローズじゃなくて俺と交渉する理由になるのか?」


「そうだ……ラクシエル殿は強大な力を持つだけではなく、勇者殿たちへの影響力も絶大だ――今の光景を目にすれば、誰もがそう確信するだろう」


 今でも四人と密着しているカイエに、スレインは真顔で応える。


 スレインに指摘されて『当然でしょ!』と何故か勝ち誇るような笑みを浮かべる彼女たちに――何だかなと、カイエは苦笑する。


(まあ……スレインが俺の力を理解してるなら、次の交渉もやり易いけどな)


 今回の謝罪の件で、スレインは手の内を晒さざるを得なかった。

 カイエとしては初めから狙っていた訳ではなく、ローズとアイシャの事で本気で怒っただけなのだが――勿論、もし展開が違っていたら、別の手を使っただけの話だが。


「それじゃ、俺たちの用件の方に移るか……聖王国の北にある辺境地帯を、俺の支配下に置いたんだけどさ。そこで狩った怪物モンスターの素材を、ローウェル騎士伯と取引することを、国王として正式に許可して貰いたいんだよ」


「辺境を支配下に……ラクシエル殿ならば、当然のことだろうが。しかし……不可解な申し出だな」


 スレインは探るような視線を向けてくる。


「ラクシエル殿が仕留めた怪物モンスターを取引することは、王国がとやかく言うような話ではない。どうして、私の許可が必要なのだ?」


「いや、実際に怪物モンスターを仕留めるのも、ローウェル騎士伯と取引するのも俺じゃなくて魔族だ。旧魔王軍の第七師団長だったドワルド・ゼグランと奴の部下を、俺は支配下に置いているだよ」


 しれっと言うカイエに、


「何……ドワイト・ゼグランだと?」


 スレインは思わず声を荒げる――魔将ゼグランは、旧魔王軍の重鎮として広く知られており、彼の第七師団は、聖王国に最も近い地域まで侵攻した部隊だった。


 多くの兵士が、第七師団との戦いで命を落としており、ジャグリーン率いる連合艦隊の活躍がなければ、聖王国本土まで侵攻を許していた可能性すらある。


「辺境地帯に魔王軍の残党がいることは知っていたが……まさか、ゼグラン将軍とは……」


「まあ、今は魔王軍でも将軍でもなくて、俺の庇護下にあるだけどな?」


 カイエは最後の部分を強調する。


「しかし……ゼグランは、多くの将兵の命を奪ったのだ」


「ああ、戦争してたからな。だけど、もう戦いは終わっただろう?」


 カイエは真顔でスレインを見る。


「ゼグランたちに仲間や家族を殺された者たちに――恨みを忘れろなんて言わない。奴らに復讐するのだって、当然の権利だろう。だけど、それは個人の話で、聖王国が国として追撃するなら話は変わってくる」


「だが……奴らが人を襲うのを、国として見逃す訳には……」


「その話だけどな? 少なくとも戦争が終わった後は、ゼグランたちが一方的に人を襲った事実はないし。俺が支配した以上は、そんなことは絶対にさせない」


 タリオ村の件は、未遂に終わったから馬鹿正直に言うつもりは無かった。後日エリザベスの口から伝わったとしても、後の祭りだろう。

 それに、辺境を根城にしていた盗賊を殺した可能性もあるが『一方的に襲った』訳ではないから、それも除外した。


 カイエの言葉の意味を、スレインは熟考する。


 ジョセフ・スレインは『賢王』などと称えられる優れた為政者でも、聖人のような心を持つ善人でもないが――決して愚かでも、利己主義でもなかった。

 

 自分と王家の地位を維持と、貴族や教会との勢力争い。そして国民の富と命を守ること……あらゆる条件を天秤に掛けて、答えを出す。


「聖王国の国王として、私が正式な許可を出すには条件がある――辺境地帯をラクシエル殿の所領とし、貴殿を王国貴族として迎え入れることだ」


 所領にすることで、カイエには領内の問題に対処する公的な責任が生まれるし、そうなれば貴族同士の取引きだから、第三者が異論を挟むのも難しくなる。


 さらには――これがスレインにとって最も重要なのだが、勇者パーティーと深く繋がりのあるカイエを、聖王国に留めることができるのだ。


 ドワイト・ゼグランという脅威が、聖王国内で活動することを認めるという大きなデメリットはあるが……それも本当にカイエが支配するならば問題はないし、仮に支配できなくても、ローウェル騎士伯という防波堤がある。


「そうか、条件としては悪く無いな……」


 笑みを浮かべるカイエに、スレインは一瞬、交渉が上手くいったかと胸を撫で下ろすが、


「でも駄目だな、話にならない。どっちが条件を出せる立場か理解しろよ」


 漆黒の冷徹な視線が――地面に叩き落とす。


 アイシャとローズの件がなかったら、もう少し譲歩しても良かったが。

 今さら都合の良い条件を出してきた相手に対して、カイエはゴリ押しする気満々だった。


「俺がゼグランたちの責任を取るって言ってるんだ、それ以上は無しだ。聖王国で魔族に活動されると国王としては困るだろうが。実害は出さないんだから、後のことは自分で何とかしろよ。それとも……俺が完全に手を引いて、ゼグランたちの好きにやらせた方が良いのか?」


 最後のは完全に脅しだったが――スレインには、もはや選択肢などなかった。


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