第136話 理由


 精神をへし折られたエドワードが退席すると――


「大変見苦しいところを見せて申し訳ない……貴殿たちの用件が、まだだったな。どうだろう、そちらが構わなければ、場所を変えてゆっくりと話をしないか?」


 スレイン国王が申し出た。


「まあ……一応、謝罪は受け入れるけどさ。だからって……上手くいったとは思うなよ?」


「……ラクシエル殿。それは、どういう意味だ?」


 訝しげな顔をするスレインに、カイエはしたり顔で笑う。


「どういう意味って、そのままだけど? まあ、良いや……とりあえず、場所を変えようか?」


※ ※ ※ ※


 スレインが案内したのは国賓用の特別応接室で――向かい合うように並ぶ二つの玉座のような肘掛椅子と、その周囲に豪華な革張りの長椅子が幾つも置かれていた。


 二つの肘掛椅子は、スレインと相手国の王が座るためのものであり、長椅子は、互いの王族や家臣が座るようにセッティングされている。


 カイエたち七人は全員部屋に通されたが、聖王国側はスレイン一人だけで、侍女も八人分のお茶を用意すると、一礼して部屋から出て行ってしまった。


「それでは……ラクシエル殿。早速だが、貴殿たちの用件を聞こう」


 スレインは当然肘掛椅子に座るが――カイエたちは誰も肘掛けには座らず、全員が長椅子のところに集まっていた。


 理由は簡単で……ローズがカイエの腕を放そうとしなかったからだ。


「おい、ローズ。そろそろ……」


「駄目よ、カイエ。私は今、凄く嬉しいから……一緒に居たいの!」


 上目遣いに見上げてくるローズに――カイエが仕方ないかと、ローズと二人でスレインの正面に位置する長椅子に座ると、エストが便乗して、反対側に肩を寄せる。


「ズルいよ、エスト……私だってカイエの隣が良い!」


「エマ、止しなさいよ……こういうやり方だって、あるんだから」


 そう言ってアリスが、カイエの後ろから背中に密着すると――


「あー! だったら、私も!」


 エマもアリスの隣から、強引にしな垂れ掛かった。


 聖王国を敵に回しても良いと覚悟を決めた彼女たちは、もはや国王の前であろうと遠慮などしなかった。


 そんな彼女たちを尻目に……ロザリーとアイシャは疎外感を感じながら、彼らの両側の長椅子にチョコンと腰を下ろしていた。


「……」


 そんな予想外の状況下でも、スレイン国王は戸惑いを隠して、何とか話を進めようとしたのだが――完全に無視されて今に至る。


「あのなあ、ジョセフ・スレイン。俺たちの話をする前に……さっきの話の続きをしようか。おまえたちの謝罪には二つの欺瞞があるって、俺たちが気づいていなと思っているのか?」


 不意の言葉に、スレインが視線を動かすと……カイエの漆黒の瞳が笑っていた。


「騎士たちの前で謝ったのは、公の場で謝罪したって演出だろうけど……広間に居たのは全員あんたの騎士だよな? だったら奴らの口を封じるくらい、国王の力があれば簡単だから……あんたが考えているほど、俺は謝罪に価値があるなんて思っちゃいないよ」


「ラクシエル殿……私は、そんなこと考えては――」


「そして、もう一つ。アイシャの件も知ってるって、エドワードに事前に伝えてなかったのは……あの馬鹿を、生贄エスケープゴートにするためだろう? あんたは第一王子を切り捨ててでも――勇者パーティーと和解する方を選んだ」


 謝罪をすることを優先するなら……アイシャに対してしたことを問い詰めて、最初から彼女に謝罪させるべきだった。

 それをしなかったのは――スレインが、カイエと勇者パーティーしか見ていなかったからだ。


「あんたが何を考えてるかなんて……バレバレなんだよ。うちのアイシャに……舐めたことをする奴を、俺たちが許す筈がないだろう?」


「そうよね……私たちだって、本気で怒ってるんだから!」


 ローズはカイエに寄り添いながら――褐色の瞳で、スレインを見据える。


「ああ……私たちと本当に和解するつもりなら。もっと方法を選ぶべきだったな」


 エストの碧眼が――冷ややかな光を放つ。


「ホント、スレイン国王……あなたも、私たちを見くびってくれたわね?」


 アリスは黒い瞳に、したたかな殺意を込める。


「国王陛下……アイシャを馬鹿にするなら、私だって許さないんだから!」


 エマの瞳が青い焔を燃え上がらせる。しかし――


「……そうだな、確かに私は浅はかだった。だから、今度こそ……誠心誠意謝罪しよう。アイシャ殿、貴殿と父君と貴殿たちの領民に、心から謝罪する……そして後日になってしまって申し訳ないが……シルベーヌ子爵領に赴いて、全ての領民に謝罪しよう」


 スレインは深々と頭を下げる――第三者の視点に晒されている訳ではないが、国王は本気だとカイエは見抜いていた。


「カイエさん……そして、皆さん。私のために……本当に、本当に……ありがとうございます」


 ボロボロと涙を流すアイシャを――エマが優しく抱きしめる。


「アイシャ、私たちはアイシャのことを……大切な仲間だって、思ってるから。だから……アイシャのことを悪く言う人は、絶対に許さないんだから!」


「エミーお姉様……」


 そんな二人を横目に――


「なあ、スレイン……もう一つ、教えてくれよ。あんたは俺について、何処まで知っているんだ?」


 カイエは面白がるように笑う。


「あんたが勇者パーティーの機嫌を取りたい理由は解るけど。俺を対等に扱う理由なんて、勇者パーティーの後ろ盾とか、アルジャルスが同胞だって言ったことくらいだろう? それだけが理由だって……あんたは最後まで、言い張るつもりか?」

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