第134話 王都再び


 今回のゼグランとの一件について、エリザベスが王都に報告に行くということなので――カイエたちは先回りして、スレイン国王に会うことにした。


 久々の王都ということで、アイシャも誘うことにする。

 『伝言メッセージ』でヨハンとクリスに伝えたところ……ちょっと口にするのも恥ずかしいような文句を言ってきたので、カイエは完全に無視スルーした。


「さてと……ローズの家に来るのも、久しぶりだよな」


 あらかじめ登録マーキングしておいた地下室に、七人は転移する。

 ある程度の大人数でも転移できるようにと、地下室にはほとんど何も置いていなかった。

 ガランとした室内は、長く留守にしていたにも関わらず、埃がほとんど落ちていない。


「へえー……さすがって感じだな。ローズがいなくても、全然手を抜いてなんだな」


「当然でしょ。誰に管理をお願いしていると思っているのよ」


 自慢げなローズに、カイエも同意する。

 そして彼らが階段を昇って、一階に出ると――白髪の老婦人と鉢合わせになった。


「これは……ローゼリッタ様。お戻りになられたのですね」


 落ち着き払った態度で、穏やかな笑みを浮かべる彼女こそ――ミシェル・クラーク。ローズの屋敷の管理人だった。


「ラクシエル様、ラファン様、ルーシェ様、ローウェル様……皆様も、お久しぶりでございます……そちらのお二方は?」


「アイシャに、ロザリー。私の新しい友達よ……ミシェルさん、ただいま! 私がいない間、何か……ううん、ミシェルさんが居るんだもの、問題なんて起きる筈がないわよね?」


「そのように言って頂けて、大変嬉しく思います……ローゼリッタ様の仰る通り、特にご報告するようなことはございません」


 主人の邪魔にならないようにと、普段から目立たないように努めていたので空気と化していたが――ミシェルはローズたちが王都を出発する前から、屋敷を取り仕切っていたのだ。


 食事や風呂などの身の回りの世話から、食料品の調達や掃除まで。ローズが屋敷にいるときは全てミシェルの指示で行なわれ、彼女が不在の間は、王都に残した財産の管理を任されていた。


 ちなみにローズが旅に出るまでは、他にも使用人を何人か雇っていたのだが――屋敷の管理以外の仕事がなくなった今は、


『ローゼリッタ様よりお預かりしたお金を、無駄にする訳にはいきません』


 と、ミシェルは彼らに別の仕事先を紹介して、残っているのは彼女と、もう一人だけだった。


「あの、ミシェル叔母さん、どうしたの……あ! ロゼリッタ様だ、お帰りなさい!」


 大きな声を上げて近寄って来たのは、ミシェルと顔立ちが似た二十代半ばの女性――彼女の姪であり、唯一残した使用人であるメイ・クラークだ。


「これ、メイ! 失礼でしょう!」


「あ、ごめんなさい……ローゼリッタ様、皆様……大変失礼しました!」


「メイも……ホント久しぶりね! 元気そうで何よりよ!」


 ミシェルと比べれば、メイは空気と化すのが余り得意ではないが……余計な詮索や口出しはしないなど、そういう所は徹底している。


 人に命令することも、取り巻きに囲まれるのも好きではないローズにとって、黙々と仕事をこなすミシェルとメイは打って付けの人物だった。


 彼女たちは『何か御用はございませんか? 何なりとお申し付けください』などとは言わずに、黙って控えている。

 本当に必要であれば、ローズの方から言って来ると解っているからだ。


「ミシェルさん……今日は立ち寄っただけで、またすぐに出発するつもりよ。だから、悪いけど屋敷の事は、また当分お願いすると思うわ」


「畏まりました、お屋敷の事は全てお任せください。それでは……私どもは仕事に戻りますので、皆様はごゆっくりお過ごしください」


 メイと一緒に頭を下げて、ミシェルは足早に立ち去る。

 主の邪魔にならないようにと、彼女は気を遣っているのだ。


「ホント……ミシェルさんは、相変わらずだよな」


 ローズの屋敷を初めて訪れたときから。彼女の嗜好に合わせて完璧な仕事をするミシェルに、カイエは秘かに感心していた。


「ローズさん、あれは……本当に人族ですの?」


 ミシェルと初めて会ったロザリーも、同じような感想を懐いたが――言い方が悪かった。


「ロザリー……ミシェルさんを『あれ』とか……そんな失礼なことを言うのは許さないわよ!」


 冷ややかな視線を向けられて――ロザリーは震え上がる。


「ロ、ローズさん、ごめんなさいですの! あ、あたしは……別に悪気があった訳じゃ……」


「そうだな。ロザリーが言いたかったのは、ミシェルさんが凄いって事だけで。別に悪意が会った訳じゃないよな?」


 カイエの予想外のフォローに――ロザリーは目を丸くする。


(カイエ様が……ロザリーちゃんのことを……)


 仄かなピンク色に染まる少女に、他の五人の女子は――


「カイエさん……ロザリーさんが私と違うって、そういう事なんですか?」


「あのね、カイエ……どういう事か、説明して貰える?」


 涙目のアイシャに、笑顔だが目が笑っていないローズ。


「ああ、そうだな……私も、物凄く興味があるな」


「……所詮、カイエは○リコンってことでしょ?」


  憮然とした顔のエストに、呆れ顔のアリス。そして――


「うーん……何だか、ズルいよね?」


 エマは釈然としない様子で、ジト目をする。


「あのさ……おまえら? もう少し冷静になって、話し合おうか……」


 王都に戻って来た初日――カイエは想定外の危機に陥った。


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