第133話 事後承諾
フレッドに宥められて、エリザベスは渋々席を立つが――
「エマ……私はあなたとカイエのことを、認めてはいませんからね!」
帰り際に、そう宣言した。
「え……だって試練は終わったんだよね? だったら、カイエが失敗した筈はないし!」
全幅の信頼というか、余裕の笑みを浮かべるエマに――エリザベスは底意地の悪い感じの笑みを浮かべると、
「残念だけど……エマ。彼は試練をクリアしてないわ。だって、聖宝ギルニアを持ち帰ってはいないから!」
「「「「え……!!!」」」」
どうしてと――信じられないという四つの視線を向けられながら、
(……ああ。そういう話だったな?)
カイエはしれっと、完全に忘れていたことを認める。
「……だったらさ。今から、その聖宝ってやつを取りに戻るから。それで……良いよな?」
「駄目よ……カイエ・ラクシエル。あなたは試練に失敗したんだから……潔(いさぎよ)く、エマのことは諦めなさい」
勝ち誇るように笑うエリザベスに――エマが、勇者パーティー全員が、そしてアイシャもロザリーも……フレッドまでもが、残念な人を見るような目をする。
「なあ、エリザベス……もう少し、空気を読もうか?」
「何言ってるのよ、フレッド……エマが、私たちの可愛いエマが……あんな女ったらしに、奪われて良いと本気で思っているの!」
「おい……女ったらしとか、ふざけ――」
「……確かにね。カイエは女ったしだよ!」
カイエの文句を――エマが封殺する。
「でもね……それでも、私はカイエが世界中で一番好きなの! だから……お母さんにも、認めて欲しいな!!!」
満面の笑みで宣言するエマに……エリザベスは、それ以上何も言えなかった。
「……勝手にしなさい! フレッド……帰るわよ!」
エマから目を逸らして、そのまま立ち去ろうとするエリザベスの前に――カイエが立ち塞がる。
「あのさ……エリザベスさん。これだけは言っておくけど――」
このときカイエは――エマを見つめて、優しく微笑んだ。
「俺にとって、自分自身よりも大切なのはエマだけじゃなくて、ここにいる四人全員だけど……エマを絶対に泣かせないって、それだけは約束するよ」
「カイエ……」
大粒の涙を溢れさせて――嬉しさに泣き崩れるエマを、ローズとエストとアリスが優しく支える。
そんな愛娘の姿に……フレッドは感極まったのか、鼻をすすりながら言う。
「カ、カイエ君……エマのことを、お願いするよ」
「フレッド! なんで、そんな勝手な事を……」
「よさないか、エリザベス……君も、本当は解っているんだろう?」
肩を寄せ合うようにして立ち去る二人を、全員で見送ると――
「……さてと。とりあえず、終わったことだし……これから、査問委員会を開くわよ!」
アリスの宣言に……
「おい……何のことだよ?」
カイエは寝耳に水という感じで、顔を引きつらせるが――
「だって……今回はエマのためだって解ってるけど……エマだけ構って放って置かれたら……拗ねるに決まってるでしょ?」
ローズは有無を言わせない感じで、カイエを抱きしめた。
「そうだな。エマだけ特別とか……そ、そういうのは、我慢できないな……」
エストはカイエの腕を胸に抱えて――ウルウルと上目遣いで瞳を覗き込む。
「カイエ、あんたが……何を考えてるのか、解ってるけどね。それとこれとは……別なんだから……」
いきなり耳を甘噛みしてくるアリス――カイエは、自分が甘かったと自覚する。
「ああ……解ったから。俺が悪かったよ……」
「え……え……私は、どうしたら……」
始まってしまった五人の桃色空間を――アイシャは顔を両手で隠しながら、指の間からガン見する。
「そ、そんなの……あたしは知らないかしら」
ロザリーは知らん顔で、そっぽを向くが……
「あ……言うのを忘れてたけどさ。ロザリー、今回は頑張ったな」
突然のカイエの言葉に、ロザリーは目を丸くする。
「何を……カイエ様は、何を言ってるんですの?」
「いや……今回、俺たちが上手くやれたのは。ロザリーが事前に、情報収集してくれたからだろ?」
「そのくらい……カイエ様ならロザリーちゃんがいなくても、ご自身で出来ましたわよね?」
「まあ、そうだけどさ……」
ロザリーの拗ねたような言葉を、カイエは否定しなかったが――
「アイシャの事だって。おまえが守ってくれたから、俺たちは好きに動けたんだよ」
ゼグランたち魔族と対峙したときに、カイエと勇者パーティーが気兼ねなく行動できたのは――ロザリーがアイシャを守ってくれると解っていたからだ。
「まあ、あんまり己惚れられると困るけどな……おまえがいるから、俺たちは好きに動けるんだよ」
「そうよ、カイエ……ロザリーには、もっと感謝しなくちゃ!」
「そうだな。ロザリーがいると後塵の守りとか、心配しなくても良いからな」
「そうね……ロザリー? あんたが頑張ってることくらい、私も解っいるから!」
「そうだよね……ロザリー、ありがとう! ロザリーのおかげて、助かったよ!」
四人の言葉に……ロザリーは唖然となった。こんな言葉など……掛けて貰えるとは、想像もしていなかったからだ。
「あ、あの……そ、そんなの……当然ですのよ! あたしは……ロザリーちゃんなら……当たり前なのよ……」
嗚咽を隠すために――ロザリーが黙り込む中。隣りにいたアイシャは、疎外感を感じていたが……
不意に、優しく頭を撫でられる。
「おい、アイシャ……変な風に考えるなよ? 今は完全に末っ子枠だけど。おまえがヨハンの後を継ぐために頑張ってることは、みんな知ってるからさ? ロザリーに張り合ってるみたいだけど……こいつは見た目と年齢が違うからな?」
いつの間にかカイエは、アイシャとロザリーの傍にいた。
「「「「カイエ……ズルい(よ)!!!」」」」
四人の抗議を尻目に――カイエは二人の少女(?)に微笑む。
「ロザリーは頑張った。だから褒めてやるけど……アイシャが頑張ってないなんて、俺は思ってないからさ。おまえは……もう少しゆっくり、強くなることを考えろよ」
アイシャとロザリーの髪を撫でながら――カイエは悪戯っぽく笑う。
「おまえたちが……お互いに対抗心を持ってるのは知ってるけど。二人を比べるとか……そういうのは、絶対しないからな? アイシャはアイシャで……ロザリーだって、他の誰でもないロザリーだろう? おまえたちの事を……ああ、仕方ないから認めてやるよ。俺は気に入っているんだ」
「カ、カイエ様――」
このときロザリーは……初めて本気で、カイエに忠誠を誓った。
一方、アイシャは――
「……はい。カイエさん……私、頑張ます!」
カイエの胸に顔を埋める少女を――まあ、今日だけは仕方がないかと、勇者パーティーの四人は、それぞれの想いを懐きながら見守っていた。
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