第129話 カイエのやり方


 漆黒の瞳に見据えられて――魔将ドワルド・ゼグランは動きを止めた。


 魔法の類で拘束されたのではなく、ましてや数々の修羅場を潜り抜けて来た猛者ゼグランは、恐怖など感じてはいなかった。しかし――


 カイエが放つ底の知れない力を感じて、動く事ができなかったのだ。


「まあ……おまえが馬鹿じゃなくて助かったよ。下手に動かなかったのは正解だな」


 カイエは惚けた感じで続ける。


「それに、おまえは勘違いしてるみたいだけど……俺は誰も殺してないからな?」


「……殺してない、だと? ふざけるな! これだけ数を仕留めておいて!」


 カイエはボロボロになった上級魔族たちを引きずっており、ゼグランの後方には、大木に叩きつけられてピクリとも動かない副官グレミオ・サウジスが転がっていた。


 さらには、恐怖に退いた魔族たちが空けた道の先には――大量の魔族と怪物(モンスター)が倒れ、文字通り山積みにされている。


「いや、ホントだって。話をするだけって言った以上、まさか殺す訳にもいかないだろ? まあ、ちょっと面倒臭かったけどな」


「あんたねえ……この惨状を見て、殺してないなんて誰も信じないわよ。まったく、私たちが出ると戦闘になるから、一人で交渉するとかと言ってた癖に」


 背後からの声に、ゼグランが驚いて振り向くと――黒い革鎧レザースーツの少女が呆れた顔で、サウジスの前に立っていた。


「確かに息はあるけど……ボロ雑巾みたいじゃない」


「でも、こんなに短時間で制圧しちゃうなんて……やっぱり、カイエは素敵よ!」


「ホントだね……さすがに、私にはちょっと無理かも」


 赤い髪の白銀の鎧の少女と、銀髪の白い鎧の少女が、カイエの後方から、笑みを浮かべて歩いてくる。

 二人の手には――光を放つ剣と、金色の大剣が煌めていた。


「ああ、確かに全員生きてるようだが……これだけの人数を治療するのは、相当時間が掛かるからな」


 さらに後方からやって来たのは、白いローブを纏った金髪碧眼の少女だった。


 突然姿を現わして、周囲の魔族や怪物モンスターなど物ともしない彼女たちのことを――ゼグランは知っていた。


「き、貴様たちは……勇者どもか! 魔王様の仇が、よくも――」


 復讐の憎悪に血を滾らせたゼグランは、躍り掛かろうとするが――


「おい……動くなって」


 カイエの感情のない声が、彼の動きを再び封じる。


「殺す方が……簡単なんだよ。だけど、俺は話をしに来たんだ。全部聞いてから判断したって、遅くないだろう?」


 冷徹な光を放つ瞳を前に――ゼグランは、巨大な槍をゆっくりと降ろした。 


※ ※ ※ ※


 重傷者は多数いたが――カイエの言葉通りに、魔族はおろか、怪物モンスターの一体すら死んでいなかった。


 エストの広域治療魔法によって、怪我が重篤な者だけ先に治療すると、カイエたちは、魔族の幹部と向き合うようにして対峙する。


 とは言え、意識を取り戻したサウジスと他の上級魔族たちが、警戒心剥き出しなのに対して――


「貴様……貴殿たちは、いったい何を考えておるのだ?」


 ゼグランが顔を顰めるのももっともであり……ローズたち四人は、周りの視線など視線など一切無視して、早くもカイエに密着していた。


 濃密な桃色空間の出現に――カイエはバツの悪い顔で頬を掻く。


「あのなあ……まだ話があるんだから、離れてろよ?」


「「「「え……なんで(よ)?」」」」


 それぞれ声のトーンは違うが、全員に拒否されて――カイエは諦めて、開き直ることにした。


「まあ、良いか……という訳で、ゼグランって言ったよな? いつもの事だからさ、おまえたちも気にするなよ」


 二千近い魔族と怪物モンスターに囲まれながら、魔王を滅ぼした勇者パーティーの面々を侍らせて、カイエは平然と笑っている(ように魔族たちには見えた)。


 英雄色を好むというが――その異様な光景に、ゼグランは思わず息を飲んだ。


 そんな彼の心情を見透かしたように、カイエは苦笑すると、


「そんなことよりも……おまえたちが、無謀な侵攻を始めた理由を教えてくれよ。ああ、村を占拠しても聖王国が強硬手段に出ないと知った上で、行動を起こしたのは解っているからな? 俺が訊きたいのは――情報を教えた奴らの事だ」


「貴殿……どうして、それを?」


 ここまでの情報をカイエが知っていることは、ゼグランとって全くの予想外だった。


「おい、質問をしているのは俺の方だ……喋りたくないなら、それでも構わないけどな?」


 この場を支配しているのは自分だと――カイエはあからさまに脅しを掛ける。


 情報をもたらしたのは情報局だが……ゼグランは沈黙で応じた。たとえ殺されようとも、同胞を売るような真似はしないという意思表示だ。


「だったら……質問を変えるか? このタイミングで、おまえたちが動いた事と――『魔王の啓示』を受けた者が発見された事は、当然、関係があるんだよな?」


 この男は、どこまで魔族の内情を知っているのかと――ゼグランは目を細めて、訝しむようにカイエを見る。

 しかし、その表情は答えを言ったようなものであり……


「そうか、やっぱり関係があるんだな……だけど、一つ疑問なんだけどさ?」


 カイエは揶揄からかうような笑みを浮かべて、質問を重ねる。


「『魔王の啓示』を受けた者に今後一切手出しなし、他の魔族の誰にも手出しさせないって――魔将筆頭のナイジェル・スタットが、俺にそう約束したんだけどな? それを知った上で、おまえたちは新しい魔王を担ぐのかよ?」


「……馬鹿な! あの男が、そのような約束をするものか! 奴は魔王様にすら従わぬ……」


 そこまで言ってから、ゼグランは喋らせれたと悟った。


「貴様は……我を謀って……」


「おい、勘違いするなよ。ナイジェルに約束させたのは本当だからな?」


 ナイジェルとは別の勢力が、裏で動いているのは間違いないだろうが――素直に喋る気は無いみたいだし、もう少し揺さぶってやろうとカイエは思った。


「だけどさ、その様子じゃ……おまえたちは、ナイジェルが魔神の力を手に入れた事も知らないみたいだな?」


 ナイジェルの魔神化――その情報はカイエの思惑通り、ゼグランに衝撃を与えた。


「ま、魔神の力だと……あのスタット卿が……」


「馬鹿な……そんなことが、あり得る筈が……」


 周りの級魔族たちは、驚きと疑念が入り混じった表情を浮かべるが――ゼグランだけは、少なくとも魔神化自体を疑ってはいなかった。


(つまり、ゼグランは魔神化の技術の存在を知っているし。ナイジェルなら、やりかねないと思っているってことだな)


 ゼグランは自らの地位を告げていないが――カイエは魔力の大きさと、その態度や言動から、彼が魔将であることを見抜いていた。


 ナイジェルが特別な訳ではなく、魔将クラスであれば、ある程度は魔神に関する情報を知っているんだなと……カイエは納得して、最後に釘を刺すことにした。


「だからさ……おまえたちに情報を伝えた奴は、何も知らない只の馬鹿か、知ってながら何かを企んで、利用しようとしているって訳だ。

 そんな奴のために……ゼグラン、おまえは自分と部下の命を捨てるつもりなのか?」


 漆黒の瞳が――再び冷徹な光を放つ。


「今回は村を襲う前だったし、俺の方が一方的に押し掛けたから見逃しただけだ――さあ、選べよゼグラン……俺の敵として全員殺されるか、無謀な侵攻を止めるかだ」


 カイエが嘘を付いていない事を――ゼグランは本能的に悟っていた。

 しかし……だからこそ、訊かねばならなかった。


「我が答えを出す前に、教えて欲しい……貴殿は、いったい何者なのだ?」


 魔神化したナイジェルすら従わせた男――カイエの正体を、魔族であるゼグランは確かめる必要があった。


「ああ。やっぱり、そう来るか……」


 人に対してカイエが正体を明かすことは――デメリットでしかない。

 恐怖する者や敵対する者を増やすだけで、自分の行動を制限されることにも繋がるだろう。


 しかし、相手が魔族ならば話は別だった。


 勿論、カイエを利用しようとする者も出て来るだろうが――誰かに踊らされて、魔族が人と無意味な殺し合いをするくらいなら……

 そのくらいの面倒事なら、我慢してやるよとカイエは思う。


 黒い球体を頭上に出現させると、カイエは一気に巨大化させて、森の上空を覆った。


 内側で闇が蠢く巨大な球体は――定命のモノでは決してあり得ない、圧倒的で絶対的な魔力を放つ。


「俺は……『混沌』を司る魔神だよ」


 残酷な笑みを浮かべて、カイエは告げた。


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