第126話 打ち合わせ


 聖王国セネドアの北部、辺境へと続く一帯には、広大な森林地帯が広がっている。


 かつて、森林地帯のさらに北には、魔族の帝国ガドリアが存在していた。


 魔王討伐戦争によってガトリアが滅亡した後、その領土の半分が聖王国に組み込まれたが、森林地帯と辺境の開発はあまり進んでおらず、今でも人が立ち入ることは少なかった。


 だからこそ、魔王討伐戦争で敗れた魔族の残党の一部も、この地に落ち延びて来た訳だが――

 すでに戦争は終わっており、魔族だというだけで敵対する理由はない。


 だからカイエたちも彼らの存在を知っていたが、これまでは手出しをせずに放置して来たのだが――


「さすがに……こうなると、放置はできないな」


 エストは『千里眼クレアボヤンス』を発動させて、森の奥の様子を映し出していた。

 映像に映っているのは、魔族の特徴である耳の尖った完全武装の軍勢。彼らは大型の怪物モンスターを多数引き連れている。


 勇者パーティーの四人とアイシャは、ロザリーの下僕である銀色の鱗に覆われた悪魔――銀色の悪魔シルヴァンデーモンの案内で、森の中にいた。


 森林地帯から程近い位置にあるタリオ村は、彼女たちがいる場所から徒歩で半日。

 魔族の軍勢の現地点からは、二日というところだろう。


「方向から考えて……目的地がタリオ村である確率は高いな。しかし、これだけ大規模な動きなら、ロザリーはとうに掴んでいたんじゃないのか?」


 ロザリーはグランバルトに到着する前から、下僕たちを使って森林地帯を警戒している。

 下僕である悪魔や天使たちの行動範囲は広く、数も多い。だから村から僅か二日の距離に魔族の軍勢が近づくまで、ロザリーが気づいていなかったとは思えないのだが。


「その辺りの事は、本人に訊きいた方が早いわよ。どうせすぐに、カイエを取れて来るわよ」


 白銀の鎧に神剣アルブレナという完全武装で、ローズはエストの傍らにいる。

 特に気合を入れている訳ではなく、一切手を抜かないのがローズのスタイルだ。


「まあ、ロザリーの事だから。だいたい予想は付くけどね……」


 黒い革鎧レザースーツ姿のアリスが、訳知り顔で笑みを浮かべる。


「ほら……もう来たみたいよ」


 アリスが空を見上げると、飛行魔法フライで飛ぶカイエが、ロザリーとエマを両腕に抱えていた。


 彼らが短時間で到着できた理由は簡単で――こういう事態に備えて、カイエとエストが森林地帯周辺に魔力を登録マーキングしておいたからだ。


 転移魔法を使ってから、飛行魔法フライで移動。ローズたちの居場所を特定するのには、ロザリーの下僕の位置を知る能力と、カイエの魔力感知を使った。


「もう……私を置いていくなんて、みんな酷いよ!」


 到着するなりエマは、開口一番に文句を言う。


「あら、まだエマはご両親の件が解決してなかったから、連れてくるのは不味いかなって思ったのよ。それに……カイエに抱っこして連れて来て貰ったんだから、役得でしょ?」


 アリスに意地の悪い顔をされて、エマは気づく――ローズとエストが、ジト目で見ていることに。


「まあ……うん。そうだね!」


「ロ、ロザリーちゃんは、そんなつもりは無いのよ!」


 ロザリーも二人の視線に気づいて、慌ててカイエから離れる。

 勇者パーティーの面々を敵に回す度胸は、今のロザリーには無かった。


「それで魔族は……へえー、結構な数じゃないか」


 エストが映し出す『千里眼クレアボヤンス』の映像を眺めて、カイエはしたり顔で笑う。


「ああ、村を襲撃するだけにしては大規模だな……そうだ、ロザリー? ロザリーは魔族の動きを、もっと早くから掴んでいたと思うが、どうして黙っていたんだ?」


「理由は簡単ですわ。カイエ様から、ロザリーちゃん自身が危険だと思うまで、報告しなくて良いと言われていましたの」


 ロザリーの説明に、エストはカイエの方を見るが――


「いや、何か問題あるか? 実際に仕掛けて来るまでは、魔族が森を行軍しようが、怪物モンスターを引き連れようが、いちいち目くじら立てる事じゃないし。状況が急変したって、俺たちがいるんだから、どうにでもなるだろう?」


 カイエが言いたいことも解らなくは無いが――魔族が部隊を編成して行動に出たのであれば、それだけで警戒すべきだとエストは思っていた。


「エストは納得してないみたいだけど、カイエなら本当にどうにかしちゃうでしょう? それにカイエは……できれば魔族と争いたくなかったのよね? 同族とかそういう理由じゃなくて、見方によっては彼らも被害者だから」


 カイエには魔族の血が半分流れているが――別に同族意識を持っている訳ではない。

 種族に対する拘りなどないカイエは、戦争で敗れて弱者となった彼らを、魔族という理由だけで敵視しようとは思わないだけだ。


 とは言え、魔族の残党たちが、人の国に受け入れられる訳も無く。逃げ延びた僻地で生き残るために、徒党を組んで武装し、怪物モンスターを従えて戦力を増強しようとするのも当然の行動だろう。


 だから、彼らが人に対して敵対行動に出ない限りは――カイエは干渉するつもりは無かったのだ。


「そういう事か……確かに、そうだな。カイエ、済まない……私の考えが浅はかだった」


 エストは心底申し訳なさそうに言うが――カイエはニッコリと笑って、彼女の頬を両側から引っ張る。


「あ、あにおうう(な、何をする)……」


「何をじゃないだろ、エスト? 今さら詰まらないことを言うからだよ……おまえが慎重なのは、俺だって解っているし。そういうエストが、俺たちには必要なんだからさ」


「あいえ(カイエ)……」


 カイエに引っ張られた頬を赤く染めて、エストは上目遣いに見つめるが――


「なんか……エストだけ狡いわよね?」


「うん……カイエ、私にも何か言ってよ!」


「いや、エマ……あんたはさっき、抱っこして貰ったでしょ? 私はフォローしたのに……」


 今度はローズたち三人が、二人の様子をジト目で見ていた。


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