第111話 後始末


 エマが開けた大穴から九十九階層に戻ると――ジャレットたち冒険者の姿は、すでに無かった。


「この穴も……カイエ様が直してくれるんですよね? 私の地下迷宮が」


 当然のように一緒に付いて来たロザリーが、甘えるような声で言う。


「……俺が開けたんじゃないのにか?」


 カイエは嫌そうな顔で言うが――


「当然ですわ? 私の事を弄んだのはカイエ様ですから……その責任を取って貰わないと困りますわ」


「……ちょっと良い、ロザリー?」


 ローズの冷ややかな声に――ロザリーはビクッとする。


「な、何ですの、ローズさん……」


「あなたとカイエに何があったのか、まだ色々と訊きたいことはあるけど……私たちのカイエを困らせるような真似は、まさかしてないわよね?」


 褐色の瞳に見据えられて――ロザリーはコクコクと頷く。

 互いに自己紹介をしたときに……ロザリーは本能的に、ローズの危険な空気を感じ取っていた。


「そうだな。もし、ロザリーがカイエを利用しようとするなら……私が全身全霊の魔法を用いて相手になろう」


 それはエストに対しても、


「そうね。カイエを揶揄からかって良いのは……私たちだけだから」


「うん、そうだね……ロザリーも、勘違いしちゃ駄目だよ」


 アリスとエマに対しても、同じだった。

 いきなり矛先が変わったことで、ロザリーは慌てまくる。


「あ、いっけなーい!!! ロザリーちゃんは、急な用事を思い出しましたわ!!! 申し訳ありませんが、みなさん、ごきげんよう!!!」


 一瞬で姿を掻き消したロザリーに――カイエは呆れた顔で、溜息をつく。


「おまえらさ……俺のことを、もう少し信用してくれないか? ロザリーが好き勝手に言ってることくらい、解るだろう?」


「あら、カイエの事は信頼してるわよ……女の子さえ絡まなければね?」


 ニッコリと笑うローズの言葉に、他の三人は大きく頷いた。


※ ※ ※ ※


 結局、カイエは地下迷宮ダンジョンの床を完璧に修復した後――踏破の証拠であるラスボスの結晶体クリスタルを持って、コリンダの冒険者ギルドを再び訪れた。


 ちなみにラスボスの結晶体クリスタルには、それぞれの地下迷宮ダンジョンの主を示す魔法の文字が描かれており……鑑定によって、どの地下迷宮ダンジョンのラスボスのモノか判定することができる。


「だけどさ、ギャロウグラスの迷宮を攻略する事で、冒険者たちに実力を見せつけるって話だったけど……色々見せちゃったし、今さらな気がしない?」


 エマが地下迷宮ダンジョンの床を一撃で陥没させた時点で――ジャレットたちは呆然自失という感じだった。

 彼らの実力は十分伝わった筈だから、これ以上証拠を見る必要は無いように思える。


「エマ、おまえが言うか……」


 カイエが呆れた顔をする。


「まあ、ギャロウグラスは難関級ハイレベル地下迷宮ダンジョンだから、踏破記録を見せれば金等級ゴールドクラスの評価くらいは貰えるだろう?

 レガルタ所属の金等級ゴールドクラスだと、かえって面倒な事になるのが解ったからさ。とりあえず、ラスボスの結晶体クリスタルを手土産に、コリンダのギルドに鞍替えしようと思ってね」


 レガルタのギルドマスターは面倒事になる事を承知の上で、カイエたちを嵌めようとしたのだから、義理など全く感じていない。


「それにさ……あの冒険者たちの間抜け面を、しっかり拝んでやろうと思ってね」


 カイエは意地悪く笑った。


※ ※ ※ ※


 コリンダの冒険者ギルドの扉を潜ったとき――中は閑散としていた。


 理由は明白だ。カイエたちを追い掛けてギャロウグラスの迷宮に向かった冒険者たちが、まだ戻ってきていないからだ。


 カイエたちはエストの『多人数飛行マストラベル』で移動するから、街から地下迷宮ダンジョンまで数分だが、普通歩けば二時間は掛かる。


「とりあえず……先に鑑定して貰うか?」


 僅か半日ほど前に、カイエが冒険者全員を麻痺させたこと知っているせいか――ギルドの職員の対応は、これ以上ないというくらい丁寧なものだった。


 さらにはラスボスの結晶体クリスタルの鑑定が終わり、ギャロウグラスの迷宮を踏破したことが証明されると……彼らは賞賛の視線を浴びることになった。


 コリンダの冒険者ギルドへの移籍の話も、これだけの成果を見せれば、二つ返事で承諾されて――五人は白金等級プラチナレベルの冒険者として迎え入れられることになった。


「金等級(ゴールドレベル)じゃなくて良いのか? ギャロウグラスの迷宮は、最難関級トップレベル地下迷宮ダンジョンじゃないだろう?」


「いえ……カイエさんたちが持ち帰られた結晶体クリスタルは、最難関級トップレベル地下迷宮ダンジョンのラスボスに匹敵するモノでしたから」


 九十九階層までしか発見されていなかった時点では、難関級ハイレベルという認定だったが、実際はさらに上のレベルだったらしい。


「ふーん……今の時代の感覚だと、そんなモノなのか? まあ普通のレベルで考えれば、ロザリーの奴も、それなりに強いダンジョンマスターだからな」


 それから、他にも回収してきた結晶体クリスタルを換金するなどしていると――ようやくジャレットたち冒険者が戻ってきた。


「……」


 カイエたちが先にいることは想定していたようで。中の様子を伺いながら、バツの悪い顔で入って来た彼らに――カイエは意地の悪い笑みを浮かべる。


「よう、二時間くらいぶりか? ほら……証明したからな?」


 掲げた白金等級プラチナレベルのプレートに――ジャレットは息を飲む。


「じゃあ、本当に踏破しちまったんだな……いや、すまねえ。もう、あんたたちの実力を疑ってるんじゃなくて……実力の差を、思い知らされただけだ」


 九十九階層まで辿り着けなかった冒険者たちも、帰り道でエマの破壊っぷりを聞かされており、さらには白金等級プラチナレベルのプレートまで見せ付けられたら……もはや何も言える筈も無かった。


 その上、カイエたちを散々馬鹿にして、喧嘩を吹っ掛けてしまったから――格上の冒険者に対して自分たちがやらかした事に、あからさまにビビっている者が大半だった。


「おまえら……何か勘違いしてるだろう? 俺は実力を証明するって言っただけで……それ以上何かしようなんて、全然思ってないからな?」


 屈託なく笑うカイエに――冒険者たちは呆気にとられる。


「だが……俺たちは、あんたたちを……」


「俺も麻痺させたんだから、お互い様だろう? もう良いよ、酒が不味くなるからさ……とりあえず、ギャロウグラスの迷宮制覇の祝いだ。全員に奢ってやるよ!」


 カイエの言葉に、冒険者たちは喝采を上げる。


 このくらいのことで、カイエが馬鹿騒ぎするようなタイプでないことは、ローズたち四人は良く知っているが――


「おい……どうしたんだよ?」


 ローズとエストに両腕に、そしてエマには背中から抱きつかれて……カイエは苦笑する。


「ううん……何でもない」

「そうだな……別に、いつも通りだろ?」

「えへへ……そうだよね」


 そんな四人を――アリスはワインのグラスを傾けながら、楽しそうに眺めていた。


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