第100話 想いの行方


「そういうことで……ナイジェル・スタット、取引きしようか? おまえのことを見逃してやる代わりに――俺が出す条件は二つだ」


 カイエは意地の悪い笑みを浮かべて――ナイジェルを眺める。


「まず一つ目は……イルマを利用することを、きっぱり諦めることだな。『魔王の啓示』を受けた奴を利用したいなら――他の奴を当たるんだな。少なくとも、こいつは……魔王になることを望んでいない」


「カイエさん……」


 イルマは潤んだ瞳でカイエを見つめる――そんな彼女の態度に、ローズたちは嫌な予感を覚えてジト目になるが……カイエはお構いなしで話を続ける。


「二つ目は……他の魔族たちもイルマに一切手出しないように――おまえの責任で、どうにかしろよ?」


「何だと……他の奴が何をしようが、俺が関与できる訳が無いだろう!」


「いや、そんな事はないよな……魔将筆頭の命令なら、大抵の魔族は聞く筈だ」


 エレノアの人外の情報網を使って――カイエは、ナイジェルの正体を掴んでいた。

 六代目の魔王が滅ぼされた今……魔将筆頭が、魔族の頂点だった。


 いとも簡単に看破されて、ナイジェルは憮然とした顔をするが――カイエは冷徹な顔で笑う。


「おまえの命の対価なんだから――安くないのは当然だよな。俺が殺そうと思えば簡単だって……おまえにも解っただろう?」


 外堀を埋められて――ナイジェルは押し黙る他はなかった。


「それと、先に言っておくけどさ……後で適当なことを言って、約束を反故にするのは無しだからな? もし、そんなことをしたら……世界の果てまで追い掛けて、必ず責任を取らせてやるからさ」


 カイエが本気で言っていることに――ナイジェルは気づいていた。

 この男なら、本当に何処までも追い掛けて来るだろうと……背中に冷たいものを感じる。


「解った……その女のことは諦めよう。そして……他の魔族の誰にも、手出しさせないと俺の名に賭けて誓おう!」


 ナイジェルの覚悟に――カイエは揶揄からかうような笑みを浮かべる。


「まあ……このくらいで許してやるよ。俺の用件は済んだからさ……あとは、おまえの好きにしてくれよ?」


「その言葉に……二言はないな?」


 ナイジェルの警戒心に満ちた視線に――カイエはしたり顔で頷く。


「心配するなよ。俺だって、約束は守るからさ?」


 そんな台詞も――ナイジェルは完全に信用した訳ではなかったが……これ以上言葉を交わしたとしても、確証など得られない事は解っていた。


「貴様が言った言葉を――決して忘れるなよ!!!」


 そう言うとナイジェルは――闇に溶け込むように、姿を掻き消した。


「とりあえず……終わったな」


 カイエは悪戯っぽく笑って――イルマを見る。


「あの男……ナイジェルは、たぶん約束を守ると思うよ。それでも奴が裏切ったら……俺が滅ぼしてやるから、こいつで呼んでくれよ」


 ポケットから無骨な指輪を取り出して――イルマとガゼルに渡す。

 その指輪は……一月ほど前にアイシャに渡したのと、同じモノだった。


「カイエさん……ありがとうございます。そして……面倒を掛けて、本当にごめんなさい!」


 イルマは心底申し訳なさそうな顔で、カイエを見つめるが――そんな気持ちなど放置して、本人は苦笑する。


「そういうの……面倒臭いから止めてくれよ。そうじゃなくたって……うちの連中は、俺のことを疑ってるんだからさ?」


「あら……そんなことは無いわよ。カイエのことは……本当に信頼してるからね?」


 そんなことを言いながら――ローズの目は笑っていない。


 そして、エストもエマも……アリスさえも……ジト目で見ていた。


「カイエ、あんたねえ……自分がナチュラルな女たらしだって、そろそろ自覚しなさいよ?」


 アリスの冷たい視線を受けて――カイエは意味ありげな笑みを返す。


「俺が本気なのは……アリス、おまえたちだけだからな?」


 漆黒の瞳に見つめられて――アリスは真っ赤になる。


「ホント、あんたって……実は馬鹿なんじゃないの? 私たちの気持ちとか……本当に解ってると思ってる?」


「いや、俺はそこまで己惚れてないから……おまえたちには敵わないって、本気で思うよ」


「へえー……どうだか!」


 台詞とは裏腹に――アリスは嬉しそうに笑う。


「そうだよね……カイエは嘘つきだから!」


 エマも瞳をキラキラと輝かせて、カイエを見る。


「まあ……結局のところ、カイエはカイエってところだろう?」


 エストは頬を赤く染めながら――嬉しそうに笑う。


「そうね……つまり、カイエって――素直じゃないのよね!」


 ローズの褐色の瞳は……だからって、あなたを好きな気持ちに、みんな変わりはないんだからと――熱い想いを伝えるように、カイエを見つめていた。


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