第101話 次の街へ
ナイジェルとの一件から五日後――
グレゴリー・ベクターとの新たな商談を終えて、白銀の船に踏み荷を満載したカイエたちは、次の目的地へと出航の準備を進めていた。
「準備って言ってもさ……航海の間に食べたいものとか、飲みたいものを買うくらいでしょう?」
大量の肉を買い込んできたエマは、満足そうに笑うが――
「エマ……だから、あんたの女子力は、いつまで経っても上がらないのよ。カイエを悩殺する服とか下着とか……あんたのボディラインなら、効果抜群だと思うけど?」
ヘソ出しルックの露出度の高い格好で、アリスは艶やかな笑みを浮かべる。
この一週間の間に、彼女は『カイエを魅せるための服』を大量に買い込んでいた。
「私……今から、もう一回買い物に行ってくる!」
エマは決意に満ちた顔で、船から飛び出して行こうとするが――
「ちょっと待つんだ、エマ!」
冷静な声で止めたのは、エストだった。
「エマがアリスのような格好をしても……カイエが喜ぶなんて、本気で思っているのか?」
「エスト……それって、どういう意味よ? 私の服が、カイエの趣味じゃないって言ってるの?」
聞き捨てならないわねと、アリスが眉を吊り上げる。
「ねえ、エスト……私が子供っぽいから、アリスみたいな服は似合わないってこと?」
エマは俯き加減で、項垂れるが――
「いや二人とも、そうじゃなくて……アリスはアリス、エマはエマらしくして欲しいって、カイエなら言うと思うけどな?」
エストの言葉に――アリスとエマは顔を見合わせて、大きく頷いた。
「そうね……エマ、私が悪かったわよ。あんたは天真爛漫キャラのまま、チラ見せで悩殺した方が、カイエもきっと喜ぶわ」
「うん、そうか……アリスみたいなエロカッコ良さは、真似できないけど。自分らしい格好でカイエを悩殺できるように、私も頑張るよ!」
「えっと、さあ……おまえら、何を頑張るって? まさか、俺が変な趣味を持ってるとか、思ってないよな?」
いつの間にか戻って来たカイエが、呆れた顔で二人を見るが――
「へえー……カイエは私たちのことを、そういう目で見てるんだ?」
「ひどいよ、カイエ……私は変態じゃないからね!」
アリスとエマは逆にカイエを攻め立てた。
「おい、ちょっと待てって……ああ、解ったよ。俺が悪かったって」
最近では、こうしてカイエの方が折れることが増えた気がする。
「そうだな、今のはカイエが悪い。ところで……今日の私は、その……」
エストが着ている清楚ながらもボディラインを強調した服は――彼女としては精一杯、カイエにアピールするための格好だった。
だから、感想を聞こうとしたのだが……結局、途中で恥ずかしくなって、消え入るよう声になる。
「駄目よ、エスト……あなたはもっと積極的に、カイエに迫った方が良いわよ。そうじゃなかったら……私が独り占めしちゃうからね!」
最後に現われたローズは、カイエを背中から抱きしめるようにして、身体の色々な部分を密着させながら――正妻らしく、輝くような笑みを浮かべる。
「こんな風に……くっついちゃえば良いのよ。ほら……エストも!」
「そ、そうだな……そうかも知れない……」
顔を真っ赤にしたエストが、グイグイと迫って来る。
「ああ、もう解ったから。結局、俺は……おまえたちには勝てないってね」
そんな台詞を吐きながら、カイエは何処か楽しそうだった――
失われた都市アウグスビーナの遺跡で目覚めたときに、もしローズに出会っていなかったら――
そしてエストと、アリスとエマと会っていなかったら――永い眠りから目覚めた魔神である自分は、こんな風に笑えなかったとカイエは思う。
しかし、だからと言って……そんな気持ちをローズたちに話すつもりはない。
(さすがに……格好つかないからな)
ローズたちは誰一人として笑わないことは解っているが――その辺りは、カイエの男としての沽券に関わるのだ。
「ところで、カイエ……ナイジェル・スタットは、本当に諦めたと思う?」
ローズの褐色の瞳が、真っ直ぐに問い掛ける。
魔神の力を手に入れた魔将筆頭が、野望を簡単に諦めるとは到底思えなかった。
「さあな……あいつは馬鹿じゃないから、今のところは俺たちを敵に回したりしないだろうけど。自分が勝てる条件が揃ったら、確実に裏切るだろうな」
一対一でも力の差が歴然であるカイエに加えて、今では魔神とでも十分に戦えるローズたちまでいるのだ。現状ではナイジェルに全く勝算は無いだろう。
しかし、これから先もパワーバランスが変わらないとは限らない。例えば――魔神や神の化身たちは不死の存在であり、いつか必ず復活する。もし、ナイジェルが彼らを味方に付ければ、状況は一変するのだ。
「まあ、エレノアねえさんやアルジャルスが世界を見張っているんだし。俺たちだって警戒や準備は怠っていないから、大抵のことなら対処できるさ。それに――」
ローズ、エスト、アリス……そしてエマを順に見つめて、カイエは屈託のない笑みを浮かべる。
「どんな状況になったって――俺には、おまえたちがいるからな」
微塵も照れることもなく言い切ったカイエに――四人は心底幸せそうに頬を染める。
「カイエ……そうよ、当たり前じゃない!」
「ああ……そうだな、みんな……」
「あんたねえ……何を今さら言ってるのよ?」
「でもさ……カイエがそう言ってくれて、私は嬉しいよ!」
四人に密着されて――カイエの周りには、濃縮された甘い空間が出来上がった。
それから暫くして――
「あの……カイエさん、皆さん。今日……出発されるんですよね?」
恥ずかしそうに五人をチラ見しながら、イルマが声を掛けて来た。
彼女はガゼルと一緒に、港まで見送りに来たが――いきなり
それでも、いつまで経っても終わりそうにないので、悪いと思いながらも声を掛けたのだが……当のローズたちは、まるで恥ずかしがる様子もなく歓迎ムードだ。
「
「何か困ったことがあったら……いつでも呼んでくれ」
「そうよ、イルマ……きっちり報酬は貰うから、遠慮しなくて良いわよ」
「そのときは、お土産をいっぱい持ってくるからね!」
「は、はい……みなさん、ありがとうございます……」
すっかり仲良くなった彼女たちが、別れを惜しむのを尻目に――
「よう、ガゼル……おまえの役目は重要だから、せいぜい気張ってやれよ?」
「ふん……カイエ、てめえに言われることじゃねえよ!」
相変わらずのガゼルに、カイエは苦笑する。
「まあ、良いけどね……おまえみたいな奴、俺は嫌いじゃないよ」
そして、イルマたちと別れの挨拶を終えると――
白銀の船はレガルタの港を出港して、次の街へと向かった。
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